楢崎正剛が現役引退を決めた理由。「これでは、ダメ。ダメなんよ」

楢崎正剛が現役引退を決めた理由。「これでは、ダメ。ダメなんよ」

 42歳のベテランGK。日本代表としてW杯に4大会連続出場し、J1リーグでは歴代最多となる631試合のピッチに立ってきた。リーグ制覇を果たした2010年には、GKとして初の年間MVPにも輝いた。

 あらためて、経歴を記す必要などないかもしれない。日本を代表する偉大なGK、楢崎正剛。2019年1月8日に、現役引退を発表した。

「なんか、今日いざ発表したら、『辞めたんや』という実感が湧いてきた。だって、ニュースに俺の名前がバンバン出てくるからね」

 電話の向こう側で、いつもの関西弁混じりで笑っていた。レジェンドの引退が報道されるのは当然。こんな時でも自分を謙遜するように自虐ネタを発してくるあたりが、彼の性格を表している。

 自分は二の次。決して、自らを誇示することはしない。楢崎らしさに溢れていた。

 奇しくも、日本代表で長く共に戦ってきた盟友と、同じタイミングでの引退発表となった。

「佑二と話したのは年末。発表のタイミングをあえて合わせた? そんなことなんにも話さへんかったよ。だから、たまたま同じ日にちになっておかしかった。ただ、お互いの今後の決断については、その時ちゃんと伝えあった」

 歳下の後輩DF中澤佑二は、代表でチームメイトとなって以来、楢崎を誰よりも慕っていた。引退発表後、すぐにブログで楢崎に対して愛のあるイジりを交えながらコメントしていたことからも、あらためて国を背負って戦ってきた2人の絆が感じられた。

3年前に聞いた「まだまだやね」。

 前人未到のJ1通算600試合出場を達成したのは、2015年秋。選手として1つの節目を迎えた当時、こんなことを聞いた。

「まだ、辞めないですよね?」

 ベテラン選手に引退話を振ることは、ある意味デリカシーに欠ける。ただ、直球を投げ込まれた楢崎は、落ち着いてこう返してきた。

「いつかは誰でも、辞める時は来る。ただ、体も心も、お陰様でまだその実感はまったくない。だから、(引退は)まだまだやね」

 笑顔混じりの言葉に、どこか安堵感が湧いた。「自分がどう選手を辞めるのか。その辞め方すら、想像がつかない」と話していたこともあった。

身体と心のバランスがついに。

 あれから約3年。たかが3年だが、その年月は、自分の心身にムチを打ちながら40代を迎えた経験豊富な戦士にとっては、あまりにも多くの変化をもたらしたのだった。

 30代から抱えていた膝や足首の痛みは、ここ数年どんどん増していった。手術や治療を繰り返しグラウンドに立ち続けた。

 体は否が応でも経年劣化していくもの。そこに抗うかのように、心だけはやる気で満たしていたい。その一心でキーパーグローブをつけてきた。

 しかし遂に2018年、身体と心のバランスが、楢崎の中で保てなくなっていく。シーズンを通して、試合出場は最後までなかった。プロ24年目にして初めてのことだった。練習の紅白戦にすら、入れないことも続いた。

 悔しさがないわけがないが、自分が抱く違和感も確実に存在している。

GKだからこそ大切にしてきた感覚。

 昨年末、名古屋で会った楢崎は、すでに決めていた。引退。抱いていた違和感は、選手を続ける上で、彼にとっては受け入れられないものだった。

「今年1年の(試合に出られない)流れがあって、ちょっと落ちた状態からまた次のシーズンに目を向ければ、また気持ちが上がっていくのかなと思っていた。そう自分でも期待していた。でも、ガッと乗ってこない。これは選手としてあまり良くないなと。二十数年やってきて、こんなことは初めて。

 正直に言って、俺の中ではかつての自分と今でギャップがある。みんなまだまだできると言ってくれる。それはありがたい。でも、ここからまだプレーを続けるにしても、見ている人たちは以前の自分の姿をイメージすると思う。その期待に応えられるかといったら、結構不安があるんよね。チームに貢献できるか、わからない。それは自分としても、辛い」

 なぜ、ギャップが生じたのか。年齢やケガの影響と言ってしまうのは簡単だ。

 楢崎には、GKという職人的なポジションの選手だからこそ、大切にしていた感覚があった。それが今、鈍ってきている。

力を制限してしまう自分に気づき……。

 引退発表直前まで、多くの人から引き止める声が届いた。しかし、自分に嘘をついてまで、プレーをする選択はできなかった。

「抗おうとして、ここ数年はやってきたんやと思う。今年もそうやった。常に練習から本気の100%でやっているべきやし、長い間そうしてきた。でも、日々のトレーニングで徐々に自分に制限してしまうことが多くなっていった。足が辛いとか、無理をして体自体を壊したくないとか。プレーできる状態の体に、最低限キープしようとする意識やったと思う。

 でもGKは職人でもある。そのプレーや役割を考えたら、そこは絶対に制限してはいけないものだと、俺は思っている。これが正しいかどうかはわからへんけど、間違いなく自分はそういうことは好きじゃない。自分の姿には、自分が一番気づくもの。こんな状態は、俺は好きやない」

力を抑えていてはGKは務まらない。

 GKのトレーニングは一見地味だが、ものすごくハードだ。ボールへの反応を促進させるため、常に俊敏に体を動かし続ける。大きな体格を前に後ろに、そして横に倒していく。手足を目一杯伸ばし、少しでもボールをゴール外へと追いやろうとする。

 練習から、スピードと衝撃は常にMAX状態。激しい毎日を彼らは過ごしている。

 楢崎は、「試合は1週間に1、2回だけのもの。毎日の練習や準備に、意識はより注がれていく。GKはそういう地味なところの積み重ねやから」と言う。その大事にしていた日々を、全力で全うできないGKになっていた。思い切ってボールに飛び出す瞬間、これまでよりも力を抑えて動いている自分がそこにいた。

「これでは、ダメ。ダメなんよ」

 それが、楢崎が自ら引き際を決めた、大きな理由だった。

「これは俺が決めたことやから」

 長くプレーしてきたからこそ、エピソードも多い。この引退に際して彼が感じたことは、また別の機会に記したい。

 発表日に聞いた声は、スッキリとしていた。

「年末に話したときと、自分の引退への気持ちは変わることなくここまで来たから」

 あの時、自分に抱いた違和感を吐露した時点で、その気持ちは固まっていた。

 名古屋グランパスからは、12月頭に契約満了の報せを受けていた。長年チームを支え、初のリーグ制覇にも大きく貢献した最大の功労者。彼に対するクラブの態度には厳しい意見も飛び、今回の引退話にもその1件がついて回る。

 ただ、楢崎は言う。

「そんなことは、関係ない。自分のサッカー人生。これは俺が決めたことやから」

 自らを誇らない。チームでも代表でも、味方を立ててきた。普段は口下手な一面はあるが、GKというポジションらしく、まさに職人肌のリーダーとして背中で見せ、プレーで示してきた。

 信頼、安心という言葉がここまで似合うサッカー選手は、そうはいない。

 そんな寡黙な男が、最後は自分の思いだけで、下した決断――。

 楢崎正剛にしか、わからないことがある。自らの美学は、最後まで貫き通す。

文=西川結城

photograph by Getty Images


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