1年に守護神を奪われた3年がJ内定。流通経済大柏GKのドラマ性が凄い。

1年に守護神を奪われた3年がJ内定。流通経済大柏GKのドラマ性が凄い。

 第97回全国高校サッカー選手権大会はベスト4が出そろい、1月12日の準決勝を控える中、ある選手のJリーグ内定が発表された。

 今季J2に昇格したFC琉球に流通経済大柏のGK猪瀬康介が加わるのだ。

 前年度の選手権準優勝校でもある流通経済大柏は、今大会も順当に勝ち上がり、2年連続のベスト4進出を決めた。しかし大会記録を見ても、流通経済大柏のゴールマウスに立っているのは1年生の松原颯汰で、猪瀬はベンチ。つまり、1年生に正GKの座を奪われた3年生GKがプロ内定を果たしたのだ。

 当然この内定を勝ち取るまでの道のりは平坦ではなかった。それは彼の立場を考えれば容易に想像できるだろう。

 GKのポジションはたった1つしかない。一度その座についたら、めったなことがない限り、その序列が入れ替わりづらい。

 例えば、試合中にGKが交代するのは、負傷か退場の2つ以外はほとんどないと言っても良いだろう。もしGKが毎試合変わるようなチームがあったとしたら、それは安定感のなさにつながりかねない。

鹿島から流経柏へと入学して。

 全ポジションでGKは一番、レギュラーと控えの線引きがはっきりとしている。さらに第2GK、第3GKという明確なヒエラルキーが生まれる。

 猪瀬は中学だけでなく高校でも、このヒエラルキーの厳しさを味わった。鹿島アントラーズつくばジュニアユースでプレーしていたもののユースに昇格できず、高校サッカー屈指の強豪の門を叩いた。

「8月にユースに上がれないことを明言されました。そこから『アントラーズユースを倒したい』と強く思うようになった。高校でアントラーズユースと戦うには(高円宮杯)プレミアリーグに所属するチームしかないと思った。そのタイミングで熱心に誘ってくれたのが流通経済大柏で、そこしかないと思いました。選手権で日本一にもなりたかったですし」

 周りを見返そうと、名門の門を叩いたが、当然そこにも分厚い選手層があった。

「中学と高校のレベルがこんなにも違うのかと衝撃を受けたし、高校サッカーの厳しさを知った1年だった」

 それでもルーキーリーグでは不動の守護神としてプレーし、2年になると、トップチームに入れた。だが、薄井覇斗と鹿野修平(ともに現流通経済大)のハイレベルな争いに割って入れず、第3GKの立場だった。

 それでも昨年度の選手権では鹿野の怪我により、第2GKとしてベンチ入りを果たした。薄井の活躍で1試合も出場できなかったが、準優勝メンバーとなり、2018年度は正GK候補だった。

即戦力のGKが入るらしいぞ。

「選手権をベンチから見ていて、2年生でこの舞台を間近に経験できることはありがたかった。でも(関川)郁万、熊澤(和希)、西尾(颯大)は試合に出ていて、うらやましいと思っていた。だからこそ、来年は自分がピッチに立って優勝したいと思ったし、ベンチだけど選手権を経験したメンバーとして、自分達がチームの中心になって、どうチームを引っ張っていくかを考えていた」

 守護神として1年を過ごすために。猪瀬は相当な気持ちを持って臨んでいた。副キャプテンにもなり、自分だけでなく、チームのことにも気を配らないといけない立場になった。

 しかし、スタートの段階でいきなりピンチが訪れた。

「即戦力のGKが入って来るらしい」

 高2秋の段階でその噂は部内に飛び交っていた。

 伊佐GKコーチからも「危機感を持ってやらないと、試合に出られなくなるぞ」と言われていたが、その時は猪瀬も新入生加入の話に「背はそんなに大きくはないと聞いていたし、自分も中学から高校に上がって、慣れるのに時間がかかった。さすがにいきなり出るほどの力はないだろう」と思っていた。

負傷と松原の抜擢が重なる。

 だが松原が入学すると、猪瀬は自らの考えの甘さを痛感した。

「選手権後(松原は)何度か練習に参加していたのですが、いきなりみんなの前でびっくりするようなセービングをした。決定的なピンチもスーパーセーブをする姿を目の当たりにして……。キックでは負けていないけど、GKとして一番大事なのは、失点をしないこと。その面で自分より上だと感じた。伊佐さんの言葉は本当だったと痛感したんです。とんでもないのが入って来るぞと……」

 それと同じ時期に、猪瀬は高校に入って2度目の怪我となる左足骨折を負い、手術も経験した。復帰間際の3月には福岡でサニックス杯があったが、猪瀬は大事を取って千葉に残り、代わりに松原が遠征に帯同された。

 そのサニックス杯では松原がゴールマウスに立ち、全国の強豪と堂々と渡り合った。筆者も新入生GKのレギュラー抜擢、そして落ち着きぶりとセービングの上手さを見て驚いたほどだ。その活躍は当然、猪瀬の耳にも届いた。

「松原がスーパーセーブを連発していることを聞くたびに、これ以上聞きたくないという気持ちになったし、言葉では言い表せないくらい悔しかった。サニックスから帰って来たAチームの選手達が部室で『松原すごいな』、『あいつ半端ないわ』という会話を何度もしていて、自分の無力さというか『俺は一体何をしているんだろう』と……。まさかまだ入学前の松原にスタメンを取られるとは予想もしていなかった」

スタメン復帰と手術の連続。

 心の中では“俺の方が良いプレーができる”という思いを持っていた。しかし、周りの評価は松原に対する賛辞ばかり。

「自分が周りを認めさせられていないと感じたし、存在意義を見失いかけた」

 しかし、ここから猪瀬は奮起した。サニックス杯後に茨城で行われたオーシャンカップ。本田裕一郎監督からは「この大会を見て、プレミアリーグのメンバーを決める」と言われ、彼は「命をかけてでも、ここでスタメンを獲らないといけないと思っていた」と危機感をもって臨んだ。そして全試合スタメン出場し、優勝に貢献。プレーも大きな手応えを得た。

「足のステップやシュートストップ、フィジカルの安定とキックもかなり練習しました。身体の回旋にもこだわって、キックも飛ぶようになったし、コントロールできるようになって来た。キックの種類も増やして、コーチにも『よくなった』と褒められて、プレーも上向きでした」

 プレミアイースト開幕戦、続く第2節の市立船橋戦でもスタメン出場を果たした。しかし、この試合直後、再び左足に激痛が走った。すぐに検査に行くと、手術の跡から細菌が入り込み、化膿していることが判明した。

 大事を取って第3節の青森山田戦、第4節の富山第一戦は松原にスタメンを譲ったが、第5節のFC東京U-18戦でスタメンに復帰した。そして、第9節の鹿島ユース戦。これまでの想いをぶつけるべく、気迫あふれるプレーで鹿島ユースの攻撃を封じ込み、1−0の勝利に貢献すると、その直後に再び左足に痛みが走った。

 細菌がまだ残っており、再び手術箇所が化膿し始めたのだ。結果、彼は再び手術を強いられた。

高卒J入りにこだわる理由。

 2週間の入院を強いられ、その間に再び松原がスタメン出場。リハビリから8月中旬に復帰したが、それ以降に猪瀬がスタメンに復帰することはなかった。

 1年生の松原が正GKで、3年生の自分が第2GKという図式。高校生活があと半年程度で終わるという状況で序列がはっきりと決まってしまった――。

 それでも「なんとかこの状況を打破したい」と猪瀬は必死にトレーニングに打ち込んだ。

 彼がここまで正GKにこだわるのは、ただ試合に出たいだけではない。彼の中には、どうしても高卒でプロにならないといけない理由があった。

「家計的にも、さんざん親に迷惑をかけておいて、大学でサッカーを続けるわけにはいかないと思っていた。サッカーを続けるなら、きちんとお金をもらって、プロとしてサッカーに打ち込みたかった。それが無理だったら、就職するしかないと思っていた」

勝手に諦めてしまっていた。

 大学進学も薦められていたが、彼の意思は非常に固かった。だからこそ、彼はレギュラー奪取に向けて、必死でトレーニングした。しかし9月の終わり、張りつめていたものが、一度切れた瞬間があった。

「ずっと頭の片隅に抱えていたものが、突然自分の前に現れたんです。『もうサッカーを諦めて、就職した方が良い』と思うようになって。もともと僕はサッカー以外に競技用自転車が大好きで、“自転車整備士の道に進もう”と思ったんです。それもあって監督や榎本コーチ、伊佐コーチにもその意思を伝えて、いろいろ自転車関係の会社を調べて、行きたいと思った3社に履歴書を送りました」

 しかし、高卒で資格すら持っていない猪瀬を採用するところはなかった。現実をも突きつけられた彼だったが、そこで本当の自分の想いに気づいた。

「現実はそこまで甘くないと思ったし、何よりこのまま高校サッカーが終わってしまったら、自分は一生後悔するんじゃないかと思うようになったんです。サッカーが嫌いになったわけではないのに、就職を考えたのも、試合に出られていないという現状に勝手に折れてしまっていたんじゃないか……と。勝手に自分で諦めてしまっていたんです。

 やっぱり僕はサッカーをしたいし、正GKとしてプレーしたい。その想いが湧き上がって、監督とコーチに『サッカーがやりたいです。やっぱりサッカーでプロになりたいです』と言ったら、すぐに受け入れてくれた。だからこそ、もう一度心を入れ替えて、絶対に正GKを奪ってプロになってみせると、練習に取り組むようになった」

コーチから見ても急成長。

 このタイミングから猪瀬は劇的に伸びた。間近で接して来た伊佐コーチは、そう証言する。

「普通だったら、もうとっくに気持ちが切れていますよね。でも、アイツは違った。もう一度サッカーを続けると決めてから、トレーニングに取り組む姿勢がガラッと変わった。もともと真面目に取り組む選手だったけど、よりストイックになったというか、貪欲な姿勢が出た。そこからの短期間で急激に伸びた部分が数多くあった。

 まずセービング面で『ここは止めなきゃダメだよ』というボールを触れるようになったことが一番大きい。あと相手と味方の状況を相対的に見て、ポジションがとれるようになった。今『どっちを使う?』と聞かれたら、松原と猪瀬は五分だと思います」

松原のサポート役に徹して。

 猪瀬自身も成長を実感していた。「とにかくシュート練習でも紅白戦でも、全ての練習で、1本、1本のシュート、セービングを意識した。これまでは何気ない1本のシュートでも、触れるはずのボールを触りにいかなかったりした。でもそれを“何が何でも止めてやる”という気持ちで、とにかく食らいついた」

 この気持ち1つで、守備範囲がどんどん広がっていくと実感した。それは精神的な成長にも繋がった。松原に対しての接し方だ。選手権予選はすべて松原が先発だったが、猪瀬は彼のサポート役に徹した。

「これまでは、周りが松原を認めている現実を認めたくない気持ちがあって、チームが勝って嬉しい気持ちはあっても、悔しい気持ちの方が大きかった。でも同じGK、同じチームなので、一緒に戦っていかなければ、という気持ちが芽生えました。チームの勝利を第一に考えて、松原がいい雰囲気で試合に臨めるように心がけたんです。

 彼はまだ1年生なので控えめな部分もあるけど、『お前は流通経済大柏の看板を背負っているんだから、堂々と戦え』と声を掛けましたね。また松原がミスしたさいに僕は声を掛けてこなかったけど、選手権予選以降は真っ先に声を掛けるようになりました。でも、それは当たり前のことで、これまでの自分が子供だったんですが」

練習参加と関川からのエール。

 そんな猪瀬に朗報が届いた。12月5日から7日の3日間、猪瀬は琉球の練習に参加することになったのだ。沖縄に発つ前日、すでに鹿島加入が内定している関川から猪瀬はこんな声を掛けられた。

「明日頑張ってこいよ。掴んだチャンスは絶対に放さないこと」

 猪瀬の努力と苦悩を知っている関川からもらった言葉は、大きく背中を押してくれた。

「これがラストチャンスだと思ったし、『ここで掴めなかったら、本当にサッカーを辞めよう』と懸けていた」

 猪瀬以外にも2人のGKが練習参加していた。ゲーム形式での3日間で、彼はわずか2失点と安定感を披露した。最終日には琉球の監督やGMなど関係者の前で無失点のプレーを見せ、見事に内定を勝ち取った。

「今までで一番良いプレーができた。それは腐らずにきちんと準備していたから。チャンスが来ても腐っていたり、現実から目を背けているままだったら、このプレーは絶対にできなかった。(内定の)連絡が来た時は凄く嬉しかったし、涙が止まらなかった。やっぱり試合に出ていなくても、とにかく腐らずに頑張れば良いことがあるんだと痛感しました」

控えは恥ずかしいことじゃない。

 そして迎えた高校最後の選手権。猪瀬はベンチから松原をサポートしている。準々決勝の秋田商戦、スタメンが選手入場と集合写真を終えると、猪瀬は松原のもとに駆け寄り、ベンチコートを受け取る。そしてこう言葉をかけた。

「今日も頼むぞ」

 ベンチでは真剣な表情でピッチを見つめ、アップも黙々と入念に行う。弱かった過去の自分はもうそこにはなかった。

「3回戦の星稜戦で松原がビッグセーブしていなかったら、結果が違ったかもしれない。松原が良いプレーをできるように試合前やハーフタイム、練習で積極的に声を掛けている。毎日松原と深く話すようになりました」

 これから先、GKを続ける以上は避けて通れない現実。ましてや彼はこれからプロの世界に飛び込むのだから、より残酷さは増す。だが、高校でこの経験を味わい、苦しみながらも立ち振る舞った期間は、間違いなく彼の大きな財産になる。

 1年生にレギュラーを奪われた控えGKがプロになる。

「恥ずかしいことではないと思っています。どんな状況になっても諦めないでプレーすれば良いことがあるし、突然来たチャンスをつかめる。僕を通して後輩にそれを感じてもらいたいです。それにまだ選手権は残っていますから、まだまだ諦めませんよ」

 選手権はまだ続いている。残り2試合、彼がピッチに立つ可能性だって十分にある。それが訪れようが、訪れまいが、彼は彼のままであり続ける。

 それがこの3年間で学んだことの“真実”だからだ。

文=安藤隆人

photograph by Takahito Ando


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