武豊が'19年開幕週6勝と絶好調。天才騎手の技術は今も衰え知らず。

武豊が'19年開幕週6勝と絶好調。天才騎手の技術は今も衰え知らず。

 2019年の中央競馬は例年通り1月5日に幕を開けた。中山競馬場では中山金杯、京都競馬場では京都金杯といった重賞がそれぞれ行われ、翌6日との連続開催で開幕週を終えた。

 若手の武藤雅騎手が開幕日にいきなり2連勝したり、短期免許で来日中のオイシン・マーフィー騎手が3勝を挙げたり、初日の中山金杯でウインブライトに騎乗して優勝した松岡正海騎手が2日目のパドックで出走馬に蹴られて骨折してしまうなど、悲喜こもごもあった各ジョッキーだが、何と言っても元気な姿を見せてくれたのは武豊騎手だった。

 意外にも「初めて中山競馬場で開幕を迎えました」と言うように、初日は初めて中山金杯に騎乗。ここのマウントゴールドは残念ながら12着に敗れたが、直前の特別競走、カーバンクルSをモズスーパーフレアで好時計勝ちするなど、この日は2勝。上々のスタートを切った。そして、それに輪をかけて素晴らしかったのが翌日のことだった。

騎乗機会4連勝を含む6勝。

 京都競馬場へ移動したJRA唯一の4000勝ジョッキーはこの日の第1レースを8番人気のモーニングサンで優勝。単勝18.0倍の穴をあけると勢いに乗った。

 第2レースを元メジャーリーガーで武豊騎手の知人でもある吉井理人オーナーのマゼに騎乗し、1番人気に応えて連勝。更に第4レースを2番人気のゴールドラグーンで勝つと、続く第5レースも4番人気のメリーメーキングを先頭でゴールへいざなう。

 なんとこれで騎乗機会4連勝。前日と合わせた勝利数は6。開幕週を終えてトップの座についてみせた。

 武豊騎手が唯一無二のレジェンドジョッキーであることに異論をはさむ人はいないだろう。

 ターフの魔術師と呼ばれた元騎手で元調教師の故・武邦彦氏の三男として、騎手デビューを果たしたのが1987年。その年に、1年目の騎手としては当時のレコードとなる69勝を挙げると、2年目の1988年には早くも初のGI制覇となる菊花賞を優勝(スーパークリーク)。関西リーディングの座に輝くと、3年目の1989年には133勝をマーク。デビューからわずか3年で初の全国リーディングの座を射止めた。

記録づくめの“平成の盾男”。

 その後の活躍も枚挙にいとまがない。天皇賞はイナリワン(1989年春)やスーパークリーク(1989年秋、1990年春)、メジロマックイーン(1991、1992年春)にエアグルーヴ(1997年秋)、スペシャルウィーク(1999年春秋)などで制し、ついたニックネームは“平成の盾男”。

 先出のスペシャルウィークで1998年に自身初となる日本ダービー制覇を飾ると、その後、アドマイヤベガ(1999年)で連覇を達成したのを始めタニノギムレット(2002年)、ディープインパクト(2005年)、キズナ(2013年)で最多勝記録となる日本ダービー5勝を記録してみせた。

 また、ディープインパクトとのコンビでは他に皐月賞、菊花賞(いずれも2005年)を優勝し、3冠ジョッキーとなった後、先述の天皇賞の他に宝塚記念、ジャパンC、有馬記念(いずれも2006年)を制覇してみせた。

雲行きが変わった2010年。

 もちろん、制したのは大レースばかりではない。リーディングジョッキーになったのは1992年からの9年連続、2002年からの7年連続など、計18回に及び、2003年にはJRA史上初となる年間200勝超えの204勝。翌2004年には211、更に翌2005年には212勝と毎年記録を更新。212勝という数字は昨年C・ルメール騎手に更新されるまで、長らく燦然たる記録として輝いていた。

 その活躍は日本国内だけにとどまらず、海外でもJRA所属の日本人騎手最多となるGI勝利数、通算勝利数など、次々と記録を更新してみせた。

 そんなジョッキー界の絶対王者の、雲行きが変わったのが2010年の事だった。

 3月の最終週。例年ならドバイへ行く時期だが、この年に限ってお手馬の遠征がなかった。一方、藤田伸二騎手(当時)はドバイへ遠征。そのため彼のお手馬で重賞に出走した武豊騎手だが、不運な事にその馬がレース中に故障を発症。馬場に投げ出された天才騎手は右手関節亀裂骨折や頭部打撲、腰部打撲など、デビュー後、初めてと言ってよい大怪我を負ってしまった。

 これにより長期間、戦列を離脱せざるをえなくなった彼は、患部の可動域が通常通りに戻るまで時間を要したこともあり、以前のように勝てなくなった。

技術、年齢的な衰えはない。

 もちろん現在では怪我は完治し、先述したキズナでの日本ダービー制覇の他、近年では有馬記念や天皇賞、ジャパンCなどを勝利したキタサンブラックとのコンビで大活躍。2018年にはJRAの通算勝利数を史上初めて4000の大台に乗せるなど、キラリと光る手綱捌きを数々披露している。

 しかし残念ながら勝利数という分野では、全盛期の数字には遠く及ばない。大手馬主の有力馬が外国人騎手へ依頼するケースが日常化したことなども要因の1つと思われ、技術的、年齢的な衰えは微塵も感じられないだけに、気をもむファンも多いことだろう。

 それだけにリーディングの座に戻って来た彼の活躍に快哉を叫ぶ声は多い。今年は“帰ってきた武豊”を見られることを期待しよう。

文=平松さとし

photograph by Satoshi Hiramatsu


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