2019年はF1通算1000戦イヤー。節目のレースを彩った名手列伝。

2019年はF1通算1000戦イヤー。節目のレースを彩った名手列伝。

 2019年のF1は、大きな節目を迎える。

 1950年にF1世界選手権として産声をあげたF1は、'18年の最終戦アブダビGPで997戦を終えた。つまり、'19年の3戦目がF1グランプリ通算1000戦目となる。

 F1界にとってこの1000回目のレースがいかに重要であるかは、'19年の日程を調整していた段階で、3戦目のグランプリをイギリスのシルバーストン・サーキットで開催しようと計画していたことでもわかる。

 シルバーストンは第1回F1グランプリがスタートした聖地。F1商業部門を率いるショーン・ブラッチズ(マネージングディレクター兼コマーシャルオペレーター)は「1000戦目がシルバーストンで行なわれることは、素晴らしいアイディアだ」と語っていた。

 例年、イギリスGPは7月に開催されてきた。この時期のイギリスはテニスのウィンブルドン、ゴルフの全英オープンなど、イギリスの短い夏を謳歌するために多くのスポーツイベントが行われ、伝統行事になっている。

1000回目のレースは中国GPに。

 一方、緯度が日本よりも高いイギリスの春は遅い。4月でも寒い日が続くことは珍しくなく、雨が降れば真冬のような寒さとなる。過去には'00年にイギリスGPが4月に開催されたことがあったが、週末に降った雨によってサーキットを車で訪れた観客が駐車場内で立ち往生して大渋滞が起きるなど混乱を招き、以後イギリスGPは6〜7月に開催されてきた経緯があった。

 そのため、主催者側も1000戦目のグランプリをF1発祥の地で開催することは断念。開幕戦のオーストラリアGP、第2戦バーレーンGPに続く3戦目のレースは、当初の予定通り中国GPとした。

 1000回目のレースに注目しているのは、主催者だけではない。レースを戦うドライバーたちにとっても重要な一戦となるはずだ。それは過去の節目のグランプリでは常に名勝負が繰り広げられ、名ドライバーが勝利してきたからだ。

第1回王者はアルファロメオで。

 記念すべき第1回のF1グランプリを制したのは、イタリア人のジュゼッペ・ファリーナだった。ポールポジションからスタートしたファリーナが駆るアルファロメオはそのままトップでチェッカーフラッグ。F1の歴史はファリーナのポール・トゥ・ウィンとともに華やかに幕を開けた。

 それから11年後の'61年、100戦目となった第6戦ドイツGPを制したのはロータスに乗るスターリング・モスだった。通算16勝をあげながら無冠に終わったモスにとって、これが最後の優勝であり、最後の表彰台であり、最後に完走を果たした思い出深いレースとなった。

 200戦目は'71年の第3戦モナコGP。華やかな舞台で勝利したのは通算3度の王座を獲得したジャッキー・スチュワートだった。この一戦にスチュワートはモーターレースファンとして知られる映画監督で、友人でもあるロマン・ポランスキーを招いていた。

 世界三大レースのひとつでもある華やかなモナコGPを訪れたポランスキーは、F1が単なるモータースポーツとしてだけでなく、世界最高の社交場として輝いている様子をフィルムにとらえ、『ウィークエンド・チャンピオン〜モンテカルロ1971〜』として、'72年のベルリン国際映画祭でワールドプレミア上映したほどだった。

400戦目を制した不死鳥ラウダ。

 '78年第3戦南アフリカGPで開催された300戦目のレースを制したのは、ロニー・ピーターソンだった。所属するロータスは、空気流を利用してダウンフォース(地面にマシンを押し付ける力)を得てコーナーリングスピードをあげることを可能にした画期的なマシン、グランドエフェクトカーを開発して、この年チャンピオンを獲得。しかしピーターソンはこのレースの6カ月後に行われたイタリアGPで事故に遭い、その後帰らぬ人となった。

 400戦目を制したのは、不死鳥ニキ・ラウダ。'84年第12戦オーストリアGPはオーストリア人のラウダにとって初の母国優勝となっただけでなく、オーストリア人にとっても、現時点で唯一の同国人ドライバーの優勝という、忘れられない勝利となっている。

ピケとマンセルの名勝負。

 '90年のオーストラリアで開催された500戦目のレースは手に汗握る一戦となった。優勝争いを演じたのはネルソン・ピケ(ベネトン)とナイジェル・マンセル(フェラーリ)だった。'86年と'87年にチームメートとしてタイトル争いを演じた2人のバトルは、ファイナルラップにクライマックスを迎えるが、最後まで接触することはなかった。

 前年とこの年の日本GPでは、アイルトン・セナとアラン・プロストが2年連続で接触事故を起こしていた後だっただけに、勝ったピケだけなく、クリーンなバトルを演じたマンセルにも500戦目を盛り上げた敗者として大きな拍手が贈られた。

 600戦目の'97年第3戦アルゼンチンGPを制したジャック・ヴィルヌーヴ(ウイリアムズ)に続く、700戦目のウィナーは混乱の中で誕生した。'03年第3戦ブラジルGPは、雨が降る中、クラッシュするマシンが続出。終盤、赤旗が出され、終了する。

 赤旗によってレースが終了した場合、その2周前の順位を適用するルールを巡って、現場が混乱。一度はキミ・ライコネン(マクラーレン)が勝者となったが、後日FIAが順位を訂正。翌第4戦サンマリノGPでジャンカルロ・フィジケラ(ジョーダン)がライコネンから優勝トロフィを渡された。

アロンソとハミルトンも……。

 第800戦は疑惑の一戦となった。'08年第15戦シンガポールGPを制したのはフェルナンド・アロンソ(ルノー)だったが、1年後にチームメートのネルソン・ピケJr.が、アロンソを優勝させるために故意にクラッシュしたことを暴露。チーム代表のフラビオ・ブリアトーレはF1とFIAが管轄するすべてのイベントから永久追放され、技術部門のトップにいたエグゼクティブディレクターのパット・シモンズも5年間追放されるほどの大事件となった。

 900戦目は'14年第3戦バーレーンGPだった。最新の技術が搭載されたパワーユニットが導入されたこの年、開幕から2戦目まではトラブルが相次ぎ、F1らしい迫力が感じられない序盤戦だった。しかし、900戦目となったバーレーンGPは、レース終盤にセーフティーカーが導入されたこともあって、随所でバトルが展開される迫力ある一戦に。その激闘を制したルイス・ハミルトンとメルセデスは、その後のF1界を席巻していくことになる。

 '19年4月14日、上海インターナショナル・サーキットで開催される1000回目のレース。勝者がだれになろうとも、歴史に刻まれる一戦が記憶に残る名勝負になることを願いたい。

文=尾張正博

photograph by Masahiro Owari


関連ニュースをもっと見る

関連記事

おすすめ情報

Number Webの他の記事もみる
主要なニュースをもっと見る
社会のニュースをもっと見る
経済のニュースをもっと見る
政治のニュースをもっと見る
国際・科学のニュースをもっと見る
エンタメのニュースをもっと見る
スポーツのニュースをもっと見る
トレンドのニュースをもっと見る
生活術のニュースをもっと見る
地域のニュースをもっと見る

スポーツ アクセスランキング

ランキングの続きを見る

スポーツ 新着ニュース

新着ニュース一覧へ

総合 アクセスランキング

ランキングの続きを見る

東京 新着ニュース

東京の新着ニュースをもっと見る

東京 コラム・街ネタ

東京のコラム・街ネタをもっと見る

特集

特集一覧を見る

記事検索