錦織圭の最終セットは「世界一」。BIG4級の精神力を示す数字と歴史。

錦織圭の最終セットは「世界一」。BIG4級の精神力を示す数字と歴史。

 地面に両膝を落とし、両手を前につき、しばらく動けなかった。

「負けるタイミングが2、3回あった。そこから挽回して、気持ちを切らさず最後までプレーできたのがうれしかった」

 全豪オープンテニス、2回戦。211cmというツアー1の長身を持つイボ・カルロビッチとの3時間48分の戦いは、我慢とか気力とかそんな言葉では表しきれないほどの神経戦だった。

 2セットを先取してから2セットを奪い返される展開。息詰まるファイナルセットは両者のサービスキープが続く。

 相手はテニス史上1、2を争うビッグサーバーだ。チャンスであれピンチであれ、ほかの試合とはまったく重さが違う。このチャンスを逃せば二度と訪れないかもしれない。このピンチをしのげなければ負けたも同然……。

「博打のような試合」と錦織はたとえたが、最終的に59本に達したサービスエースを容赦なく浴びながら、そして高まり続けるプレッシャーにさらされながら、勝負強さが究極に試される10ポイント・マッチタイブレークに突入した……。

“プレッシャーに強い”錦織の証拠。

 ATPの公式サイトに、〈プレッシャーのかかる場面での強さ〉を数字で表したランキングがある。

 ブレークポイントでの成功確率、ブレークポイントのセーブ率、タイブレークの勝率、ファイナルセットでの勝率という項目で弾き出した数字によるものだ。

 全ての項目を総合したランキングで錦織は歴代4位。

 上の3人はノバク・ジョコビッチ、ピート・サンプラス、ラファエル・ナダルで、すぐ下にいるのがロジャー・フェデラーとアンディ・マレーである。昨年に限ればトップ。

〈精神力〉や〈勝負強さ〉を数字で表したともいえるこのデータで、錦織はグランドスラム・タイトルを複数持つカリスマ、レジェンドたちと互角かそれ以上のものを放っているのだ。

奇跡のような再逆転劇の末の勝利。

 カルロビッチ戦でも2つのタイブレーク、そしてファイナルセットを制し、このデータを裏付けた。

 ブレークポイントをセーブしたのは5回中3回と決して高い数字ではないが、数字よりも印象で勝るシーンだった。

 最終セット、4オールのサービスゲームで直面した0−40の大ピンチ。そこまでに26ゲームあったカルロビッチのサービスゲームを1度しかブレークできなかったことを考えれば、トリプル・マッチポイントに等しい場面だった。しかしここから3本連続でファーストサーブを入れ、ラリーを制してデュースに戻すと、さらに2ポイントを重ねてキープに成功。ここをしのいだのが最大の山場だった。

 マッチタイブレークでも4−1のリードを覆されたが、6−7から2本連続のミニブレークという奇跡のような再逆転で勝利の糸をたぐり寄せた。

「5セットマッチ」の過酷な歴史。

 先ほど紹介した「プレッシャーのかかる場面での強さ」の項目の中でも錦織が突出しているのは、最終セットの勝率だ。

 キャリアを通して76.5%という数字は歴代トップを誇る。

 錦織にとって5セットマッチの歴史の始まりは、グランドスラムではなくデビスカップだった。

 2008年、センセーショナルだったデルレイビーチでのツアー初優勝後、まだ18歳だった錦織は日本のトップランカーに躍り出て、デビスカップのアジア・オセアニアゾーン2回戦の代表に選出された。

 デ杯初出場がいきなりエースという立場で、しかも敵地インドでの戦いだった。

 6−7(2) 、6−3、 4−6、 6−2、 3−6。

 タイブレークに敗れ、ファイナルセットに敗れた。

「(錦織は)とにかくおとなしかった」

 そのときのチームメートのひとりだった岩渕聡は、一昨年の春からデ杯日本チームを率いる監督だ。

 今大会も予選から視察に来ている43歳は、当時の錦織の様子をよく覚えているという。

「とにかくおとなしかったです。めちゃくちゃ緊張していて、ほんとにかわいそうでした。

 周りはみんなかなり年上だし、なかなか打ち解けることもできないところで、いきなり頼られる立場ですから。

 食事もとれていなかったし、眠れてもいなかったと思います。あれだけの才能で、ツアー優勝のあとでもあったので、もうちょっと強気な、生意気なくらいのところも出てきているのかと思っていましたけど、全然違いましたね。

 試合に入ればスイッチが入るようなところは当時からありましたが、(苦手の)芝でしたし、ボコボコのコンディションということもあって、力が発揮できる状況じゃなかった。初めての5セットマッチで、最後は体力切れという印象でした。

『僕らが頼りなくてごめん』って、そんな気持ちでしたね。圭にとって一番タフなデ杯だったんじゃないでしょうか」

デビスカップでの異常なプレッシャー。

 ジュニア時代からメンタルの強い選手だと言われていた。しかし、チーム戦のプレッシャー、エースのプレッシャーは別物だった。

 責任感が強い分だけ苦しさは増す。このときから錦織は大変なものを背負う運命だったのだろう。デ杯ではデビュー戦黒星のあと白星を重ね、2011年にはシングルス2勝を上げて日本を27年ぶりのワールドグループ復帰へと導き、2014年には1回戦で単複3勝を挙げて当時のフォーマットでは日本初の8強入りも達成させた。

「デビスカップではツアーとは違うチーム戦の重みやプレッシャーがある。それを力に変えることも必要だけど、平常心でプレーすることを心がけている」と何度も語っていた。その中で、プレッシャーを感じず怖いもの知らずの性格が強みだった10代の頃から、強烈なプレッシャーの中で持ち堪え、打破していく大人の精神力に変化を遂げてきたように思う。

「かわいそうっていうか、悔しさとか」

 重荷やプレッシャーという点にまつわり、今大会の開幕前、引退を示唆したマレーについての質問の中で錦織はこうコメントしている。

「グランドスラムを持ってるイギリスのプレッシャーとか、ファンのテニスへの思いは日本よりも大きいと思います。でも、そうですね、自分も近いものは感じていました。

 すごく努力家でもあったし、かわいそうっていうか、悔しさとか、いろんな気持ちがあります」

 マレーが2013年のウィンブルドンでイギリス人として77年ぶりの男子シングルス・チャンピオンとなったことは、後世にいつまでも語り継がれる伝説のひとつだろう。

 日本には確かにグランドスラムもマスターズもないが、チケットの売れ行きもスポンサー収入も全て錦織の肩にかかっている状況が続いてきた。テニスへの人々の思いは『イギリス>日本』かもしれないが、たとえばテニスへの理解の乏しいマスコミや人々が巻き起こすフィーバーの中で、マレーとは異質の葛藤もあったはずだ。

 2014年、全米オープンで準優勝して日本中が大フィーバーとなった中での楽天ジャパンオープン、優勝した錦織は勝って初めて泣いた。

世界一のものが何か1つでもあれば……。

 前哨戦のブリスベンで約3年ぶりのツアー優勝を果たした錦織への日本の期待は、また大いに高まっている。

 グランドスラムで8つのタイトルを手にした元王者のアンドレ・アガシが、昔こんなことを言っていた。

「サーブでもレシーブでもボレーでも、そのほか何でもいい。世界一のものを何か1つでも持っていれば、グランドスラムで優勝できるチャンスがある」

 錦織は〈一番〉を持っている。

文=山口奈緒美

photograph by AFLO


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