思考すら振り切る「大坂なおみ時代」。なぜ彼女だけが達成できたのか。

思考すら振り切る「大坂なおみ時代」。なぜ彼女だけが達成できたのか。

 大坂なおみ時代の到来。もう遠慮もためらいもなくそう言っていいだろう。全米オープン優勝からわずか5カ月足らず、南半球唯一のグランドスラムで連続2大会目のメジャー優勝を果たした大坂は、史上26人目の世界ランキング1位となった。

 2002年以降、グランドスラムで2大会連続優勝はセリーナ・ウィリアムズ以外に誰も成し遂げていない。そのセリーナでさえ、17歳の全米オープンでのグランドスラム初優勝に続く翌年の全豪オープンは4回戦敗退だった。しかし20歳のときに全仏とウィンブルドンを連覇すると、そのまま全米、全豪も勝って4大会連続優勝。「セリーナ・スラム」と自ら名付けたその偉業を、2014年から2015年にかけて再びやってのけた。

 こうして23のグランドスラム優勝を重ねたセリーナの功績は偉大すぎるが、そのセリーナ以外に17年間誰もできなかったことを、なぜ大坂ができたのか。なぜプレッシャーに負けることも、燃え尽きることもなく、成功を重ねることができたのか。そうした疑問を解くには、サーシャ・バイン・コーチのこんな言葉がヒントになるかもしれない。

「人間は成功したときに2つのタイプに分かれると思うんだ。ひとつはやり遂げた満足感にしばらく浸るタイプ、もうひとつは次に目の前にあることに向かってすぐに進み出すタイプ。僕にとって幸いだったのは、なおみが後者のタイプだったことだ」

メジャー優勝直後に、来週の話。

 夢にまで見た全米オープン制覇のあと、大坂は次の目標を聞かれて

「来週の東京でいい成績を残すこと」と言った。東レ・パンパシフィック・オープンはツアーの中では格が高いほうだが、予想していたのは「次はナンバーワン」とか「ウィンブルドン優勝」といったビッグな目標。あるいは、膨大な疲労と達成感から、「これからゆっくり考える」とか「しばらくはこの喜びを噛みしめたい」といった答えも想定できた。

 記者会見場に小さな笑いが起こったのは、大坂のその返答があまりにも意外だったからだ。

 2度目のグランドスラム優勝を手にしても、こう言っている。

「テニスプレーヤーなら誰もがグランドスラムに勝つこととナンバーワンになることが、二つの大きな原動力だと思う。でも私はUSオープンで優勝して、そのあと1位になることはあまり気にしていなかったの。出場する大会で優勝することが、いつも私の一番の目標」

コーチを救う、大坂の特別性。

 そうはいっても出る大会、出る大会全て優勝することなどできないのだが、大坂の場合はこれまでの3つの優勝が『プレミア・マンダトリー』のインディアンウェルズ、そして『グランドスラム』の全米オープンと全豪オープンなのだから、天性の大物としか言いようがない。

 しかし、優勝と優勝の間には必ず“谷”もある。それでも大坂がポジティブであろうと努力することに、サーシャは「コーチとして救われる」という。

 これまで彼の口から「僕にとって幸いだったのは……」という表現を何度聞いただろう。今大会中にはこんな話もした。

「練習でできるということと、それを試合で使うのはまったく別の話だ。でも彼女はそれをやる勇気がある。しかもかなり成功している。これはコーチとしての僕にはかなりありがたいことだ。やってみても失敗ばかりだと、それを練習している意味を理解させるのが難しいからね」

 オフシーズンに取り組んだドロップショットを、何度失敗しても試みる姿は印象的だった。今年はもっと幅広いプレーができる選手になるのだという大きなビジョンが、チームにはある。そのために一丸となって取り組んできたことの象徴だったからだろう。ペトラ・クビトバとの決勝戦でも何度か試したが、ミスするか、あるいは相手のチャンスボールになった。ウィンブルドンで2度の優勝を誇るクビトバのドロップショットが、やけに巧妙に、洗練されて見えたものだ。

 しかし、あの緊迫した勝負の中で振り絞った勇気は、長い目で見て大きな収穫をもたらすに違いない。大坂自身にも、チームにも。

新たなものを学習する意欲。

 昨年の3月からフィットネス・コーチについているアブドゥル・シラー氏も、大坂をサポートすることを「ありがたい」と語る。セリーナのフィットネス・コーチとして長く手腕を発揮していた彼は、セリーナと大坂の共通点を指摘する。それは“運動神経”と“学習能力”だそうだ。学習能力とは、謙虚さや素直さにもつながるのだろう。

「なおみはとても謙虚に僕たちの意見に耳を傾け、質問もしてくる。もっと強くなるために何をすればいいのか、それを知ることに貪欲で、それを実行することに迷いがない」

 そうシラー氏は語っていた。大坂とセリーナは体型も違うし、去年の全米オープンの決勝での事件が浮き彫りにしたようにキャラクターも正反対のように見えるが、プロアスリートとしての資質の類似性をサーシャもアブドゥルも知っている。

思考がついていかないほどの状況。

 大坂は以前、「私はネガティブな考えになりやすくて、たとえば0−30になったらそのゲームはどこかでもうあきらめてしまっている」と言っていたことがあるが、この決勝戦では0−30どころか0−40からキープした大事なゲームがあった。台湾のシェイ・スーウェイとの3回戦でも、ほとんど負けを覚悟した場面で相手のサービスゲームを40−0からブレークした。切れそうで切れない、崩れそうで崩れない。その執念と気迫は、0−6、0−5からでも試合をひっくり返すイメージのセリーナと重なる。

 やっと現れた“ポスト・セリーナ”はこの先、その背中にどこまで近づくのか。“なおみスラム”はもちろん、セリーナさえ成し遂げていない年間グランドスラムも可能性はある――正直言ってそんな状況に思考がついていかない。楽しみというよりむしろ恐怖に近い感覚である。

文=山口奈緒美

photograph by AFLO


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