修造感服!パラカヌー瀬立モニカは今の自分を「最強」と言い切った。

修造感服!パラカヌー瀬立モニカは今の自分を「最強」と言い切った。

 松岡修造が、パラアスリートと真剣に向き合い、その人生を深く掘り下げていく「松岡修造のパラリンピック一直線!」。女子パラカヌーでリオパラリンピックにも出場した21歳の瀬立モニカさんは、高校1年のとき、体育の授業で倒立前転を失敗、体幹機能障害を負い、車椅子生活を余儀なくされたが、パラカヌーを始めてわずか2年足らずでリオデジャネイロ・パラリンピックに出場を果たす。

 その大きな体験が、彼女に大きな「気付き」と、新たな目標をもたらすことになる……。

「めちゃくちゃ悔しかったです」

松岡「改めて訊きます。リオで得たものは?」

瀬立「うーん、繰り返しになるけど、ちゃんと自分を受け入れられたこと。障害を受け入れて、覚悟が持てたのが1つ大きなことでした」

松岡「良かったとまでは言えないけど、受け入れることで障害ともしっかり向き合えたり、理解できたり、このケガと共に生きていくんだという覚悟ができた」

瀬立「そう! そこ、すごくうまく代弁していただきました。パラリンピックで初めて国の代表にもなって、誇りも同時に生まれました」

松岡「初めてのパラリンピックで8位入賞という結果も立派です」

瀬立「でも、その結果にはぜんぜん満足していません。ケガをして、その3年後にパラリンピックという舞台に立てたことはすごく嬉しかった。ただ、決勝では断トツのビリですから。めちゃくちゃ悔しかったです」

松岡「でも入賞じゃないですか。みんな喜んでくれたと思いますよ」

瀬立「トップ集団とは、別次元と思うくらいスピードが違ったんです。同じ土俵に立っているのが恥ずかしく思えたほど。帰国してから何度もビデオを見返したんですけど、悔しさしか出てこないです」

松岡「でもその悔しさが、また新たなモチベーションを生む機会にもなったんじゃないですか」

瀬立「そうですね。2020年東京大会では絶対にメダルを獲りたいと思いました」

松岡「ちなみにリオの時は、どんな気持ちで大会に臨んだ?」

瀬立「リオの時は、決勝に残って、あわよくばメダルを獲りたい、というくらい」

瀬立モニカ(せりゅう・もにか)

1997年11月17日東京都生まれ。中学時代にカヌー部に所属。高校1年、体育授業中の事故で車椅子生活となる。2014年にパラカヌーを始め、翌2015年世界選手権に出場。2016年リオデジャネイロ・パラリンピックに出場し、女子カヤックシングル(運動機能障害)で8位入賞。2017年にはワールドカップやアジアパラカヌー選手権で優勝。2020年東京パラリンピックでは、金メダル獲得を目指している。現在は江東区カヌー協会に所属し、筑波大学体育専門学群で勉学に励んでいる。

松岡「変わりましたね……。オリンピックやパラリンピックを実際に経験したときの感じ方って、おそらく人によって違うと思うんです。初めて世界トップの技や力量に触れて、これはあまりにも才能が違いすぎるから自分には届かないだろう、と思うのか、頑張れば俺はトップにも行けると思うのか。僕はテニスプレイヤーだった現役時代には、『あわよくばその近くに行ければ良いな』と思ったんです。でも、錦織圭は『トップに絶対行ける』と考えた。僕と圭の違いは、そこにあるなと思っています。では、モニカさんは松岡派か錦織派か、自身をどちらだと思いますか」

「2020年のメダルという目標を」

瀬立「私は……前は、楽観的な錦織派でした」

松岡「ハハハハ(笑)。それはどういうことでしょう」

瀬立「多分、あまりにも実力差があって。正確にはわかっていないんです。3歳くらいの子が、宇宙飛行士になりたい! って言うくらいのレベルです。でも、リオからある程度時間が経って、今はより現実的な松岡さん派に変わってきている気がします。ちゃんと計画を踏んでやることをやっていこうと。今までは夢だったのが、目標に変わってきました」

松岡「でも、松岡派だとトップにはたどりつけないですよ……。錦織派に戻らないといけない。となると……『現実路線の錦織派』にならなきゃ!」

瀬立「なるほど!」

松岡「今は、どんな目標設定をしているんですか?」

瀬立「4年後の2020年にメダルを獲るという目標をまず決めました。その上で、カヌーは毎年世界選手権がありますが、選手権での成績も含めて、毎年の目標も新たに決めました。今シーズンはここを頑張るとか、この1カ月はここを鍛えるとか。練習量もリオに行く前とは比べものにならないくらい増えたと思います。体重も10kg以上増えたので」

松岡「10kgも! 練習姿勢も、より自分に対して厳しく向き合うようになったのかな」

瀬立「そうですね。今私が在籍している筑波大の体育専門学群には、各競技のトップアスリートが在籍しています。そこでいろいろな選手と交流して、練習ぶりやプレーぶりを見ると、『このままじゃいけない』と痛感するんです。彼らの影響で、練習に取り組む姿勢は180度変わりました。

 練習もリオの前は週2、3回だったのが、今は週6回とかもありますね。陸トレも工夫していますし、大学で色んな授業を学んで、選択肢も増えてきています」

松岡「アンテナが色んな方向に伸びてきたんですね」

瀬立「それに大学には特殊な器具が揃っているので、それも活用させていただいています。今までは体脂肪を測るのも、私たちは座って測るので、ちゃんと測ることができませんでした。だから、健康診断では一律5パーセントになっていたんです。でも、寝たまま測れる体脂肪計が大学の施設にあって、先生に相談したら、定期的に正確な数値を測ってもらえるようになりました。

 エルゴマシーンという舟を漕ぐ力を鍛える器具も大学が持っていて、貸してほしいという交渉をしたら先生がわざわざトレーニング部屋を作ってくださったり。みなさん、本当に応援してくださるんです」

松岡「交渉しながら、協力してくれる人をどんどん巻き込みながら、2020年につながるモニカプランを作りあげているんですね。考えてみれば、それもリオの経験と言えるんじゃないですか。覚悟を決めたからこそ、積極的に動ける。どんどん自分から探し始めたわけでしょ。その前向きな性格は以前から? それともリオで変わった部分ですか?」

瀬立「ケガをする前はそんな性格だったんです。でもケガをしてからは自信を失って、トレーニングもコーチの言いなりでした。それがまたリオを経験して、ケガをする前の自分を取り戻した。そんな気がしています。もちろん、今も自分だけでは決めずに、必ずコーチと話し合って進めていくようにしています。コーチが私の羅針盤なので」

松岡「では、今のモニカはどうでしょう」

瀬立「今のモニカは……最強です!(笑)」

松岡「すごいなあ……。自分を肯定的に見られるから最強という言葉が出てくるんですよ。今は自分らしくいられているんでしょ」

「ケンカができるようになった」

瀬立「ケガをする前って、友だちとフツーにケンカができていたんですよ。でも自分に自信がなくなったことでまったくケンカをしなくなって。モニカはいつも笑っているよねって。平穏に、なるべく波風を立てないように暮らしてきたんです。でも今はちゃんと言い合いもできるし、良い意味でケンカもできるようになりました。コーチとのコミュニケーションも、すごく増えましたね」

松岡「今日来ていただいているのは、西明美コーチと北本忍さん。西コーチは怖そうだから一番最後に聞きますね(笑)」

西「怖くないです!(笑)」

松岡「北本さんはこれまで3度オリンピックに出場しているカヌー界のレジェンドです。どんなきっかけでモニカさんを指導するようになったんですか」

北本「NHKの『めざせ! 2020年のパラリンピアン』という、先輩が後輩に教える番組で初めて会ったのがきっかけです。リオパラリンピックの半年前ぐらいでしたね。今は月に2度くらい、ここに来て気づいたことを伝えたりしています』

松岡「モニカさん、最初にあった頃と印象は変わりましたか」

北本「ぜんぜん違います」

松岡「何が変わりました」

北本「まず体の大きさが見た目にも大きくなったし、舟の上での技術もすごく進歩しています。それに、以前よりもたくさん質問をしてくれるようにもなりました。それが先ほど話されていた積極性が出てきた、ということだと思います」

松岡「東京に向けて、一緒に戦っている感じが出てきた」

北本「そうですね。私はメダルが獲れなかったので、彼女には絶対にメダルを獲ってほしい。すごく器用で、会うたびに上達していくので、私もアドバイスするのが楽しいです」

松岡「モニカさん、笑っているけど、意外とプレッシャーだね、これは」

瀬立「今、胃がキュッてなりました」

松岡「でも、メダルを獲れると信じてくれる人が多くなるのはすごく良いことだと思う。単なるプレッシャーじゃなくて、心の底から思ってくれていることはちゃんと通じるじゃないですか。そこまでコーチに言わせたことがすごいんです」

北本「彼女もメダルへの意欲を口に出して言ってくれるし、見ていて本当にできるんじゃないかって思います」

松岡「北本さんから見た、モニカさんの武器って何ですか」

北本「純粋で素直なことが一番だと思いますし、あとはすごく頭が良い。賢いので、こちらが言ったことを理解して、自分なりに実践するのが上手です」

松岡「漕ぐという部分ではどうですか。人よりも回数が漕げるとか、ここの力が強いとか、モニカさんの漕ぎに特徴があるとすれば」

北本「どこだろうな。彼女は体の中で使える部分がすごく少ないと思うんですけど、その中でもそれを最大限に生かす能力や、考える力を持っているんですね。パラカヌーを指導する前は、これまで自分がやってきたカヌーとほとんど何も変わらないと思っていたんです。でも、実際に指導してみるとぜんぜん違うし、私でも彼女のカヌーは乗りこなせない。カヌーって、実は足の使い方が重要なんですけど、彼女は胸から下を使えないから、もちろん足も使えない。その状況でカヌーを操ることがどれほど難しいか……。でも彼女はちゃんと自分で答えを見つけることができるんです」

多くの関係者に愛されている選手。

松岡「一所懸命頑張る選手はたくさんいるけれど、できることなら、正しい方向で頑張ってほしい。モニカさんはきっと正しい努力をしているんですね」

瀬立「いろいろな方からアドバイスをもらって、たくさんの選択肢を与えてもらったのが大きいです。それを自分で選べるような環境を作ってくれたのが、大学であり、西さんであり忍さん。多分、そこが一番成長できた要因ですね」

松岡「その頑張り、成長もあって、いろいろなサポートもついた。よい循環ですね。この舟にも、ちゃんとスポンサーさんの名前が入っている」

瀬立「そこにあるパラマウントベッドさんから支援していただいてます」

松岡「?? どこ?」

瀬立「土手の奥に見える、あの大きなビルの会社です」

松岡「え? ちょっと近すぎませんか。どういうつながりがあったんですか」

瀬立「同じ江東区であるということ。本社の目の前で練習している縁もあって、私がパラカヌーを始めた頃からずっとサポートして下さってます。退院したての頃に、サポートについて下さったんです。そんなことって、普通あり得ないんですけど」

松岡「そうですよ! ただ練習場所の目の前にあるからといって、サポートなんてしてくれませんよ。きっかけは何だったんですか」

瀬立「西コーチが詳しいと思います」

松岡「西さん、いよいよ出番です!」

西「もう一度言っておきますけど、私怖くないですからね(笑)。ね、モニカちゃん」

瀬立「はい(笑)。ぜんぜん怖くないです」

松岡「すみません。モニカさんのブログを見たら指導が厳しそうだったので(笑)」

西「パラマウントさんには、江東区カヌー協会の事務局長がまず、話しに行ってくださいました。小宮次夫さんといって、すごく先見の明を持った方。ただ、最初から理解されたわけではなかったみたいですけど」

瀬立「そもそもこの舟、けっこう高いんです。国産の舟がまだないので、パラの選手が使っているのはみんなポルトガル製。本体が60万円くらいします。で、このシートが約100万円。日本の職人さんの手作りです」

松岡「舟本体よりこの小さいシートの方が高いんですか。自分用だから?」

瀬立「カーボンでできていて、私のお尻の形を型にとって、オーダーメイドで十数名もの方が関わって、作ってくださっています。だから、2、3kg太ると合わなくなってきてしまう。今、新しいのを作っていただいているんですけど、型取りから調整までミリ単位で対応して下さって。このシートの腹当てが、いわば腹筋代わりでもあるので、すごく大事な相棒です」

松岡「へえ……。でも、縁もゆかりもない会社とモニカさんとを結びつけた、その小宮さんはすごい! パラマウントベッドさんも、最初からカヌー競技に造詣が深いわけではなかったと思うんです」

西「でも、小宮さんは諦めない人なんです。パラカヌーという競技がある、モニカちゃんという頑張っている子がいる。それを根気よく説明して、理解してもらった」

瀬立「舟もそうだし、今は遠征費もサポートいただいています。それにカヌーは私1人では絶対に担げないので、遠征になると必ずコーチと2人行動になる。そのことも理解してもらって、2人分の遠征費を負担いただいています」

松岡「ブログを読むと、遠征もすごく多いじゃないですか。海外の大会へは、舟を日本から持ち込むんですか」

瀬立「ヨーロッパの大会だとこのポルトガルの会社が用意してくれる舟を借りるのが一般的なんですけど、大切な試合にはやっぱり慣れた自分の舟を使いたい。そうすると手荷物が増えて、往復で30〜40万は余計にかかってしまいます」

松岡「なるほど……。ベストな環境を作るのって大変だけど、今それができつつあるんですね。でも、それって嬉しい一方で、プレッシャーではないですか。良くしてもらった分、結果で応えないといけないわけだから」

瀬立「私、すごく周りの人に恵まれて、その方々への感謝の気持ちが前に進む原動力にもなっているんです。だからプレッシャーというよりは、一緒に戦ってもらっていて、心強い。チームで戦っているような、そんなイメージです」

 北本忍さん、西明美さんの2人がモニカさんについて話す、その言葉や、彼女へと注がれる視線には、この子が可愛くて仕方がない、という、愛情がたっぷり含まれていた。

 リオパラリンピックを経験したことで、開けた新しい視野と、大きな目標。コーチや、大学の関係者、スポンサー、シートづくりに関わってくれた職人さん……その全ての思いを受け止め、モニカさんは舟に乗る。

(第4回に続く)

(構成・小堀隆司)

文=松岡修造

photograph by Yuki Suenaga


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