高校野球が失った1人の「逸材」。日大三高で小枝守監督と邂逅した日。

高校野球が失った1人の「逸材」。日大三高で小枝守監督と邂逅した日。

「はっきり言って! はっきり言って! この場に、小枝守監督の姿がないことが、残念でなりません!!」

 1月20日、横浜商科大・佐々木正雄監督勇退の「感謝の集い」で、佐々木監督のご挨拶の中のこの一節は、ほとんど絶叫であった。

 日本大野球部の3年後輩。後輩でも“敬意”を持ってお付き合いされた数少ない傑物だったという。

 その叫びを聞いて、私は初めて、小枝監督のお加減がよくないのを知った。

 そして、その翌日の訃報。肝細胞ガン、67歳の惜しまれるご逝去だった。

40年前、小枝監督と初めて話した記憶。

 もう40年ほど前のことだ。私は小枝監督に、失礼なことをしてしまったことがある。

 当時大学生だった私は、知人の息子さんの勉強と野球の“家庭教師”のようなことをしていた。その彼が中学野球ではちょっと上手くて、日大三高から誘いの声がかかった。光栄な話である。

 しかし彼には彼なりの、高校野球のビジョンがあった。三高はお断りしようということになったのだが、ご両親は「私たちは、野球のことは何もわからないので……」と、代役として断りに行ってほしいという。

 大学生ではあるが、母校の野球部の指導をしていた時期でもあり、肩書きだけは「野球部監督」だったので、ちょうどよいと思われたのだろう。とんでもない……分不相応の大役だった。

 人に背広を借りて訪れた日大三高で、話の相手になってくださったベテランの部長先生に、ありのままの事情をお話しして、せっかくのお誘いをお断りする非礼を詫びた。

 部長先生はむすっとした顔で黙って聞いておられた。確か小枝監督は、日大三高の監督になられたばかりの頃だったと思う。その時は、部長先生の後ろで、デスクワークに忙しくされていた。

小枝監督が追いかけてきて……。

 しかたありませんな……と部長先生に送り出されて、階段を下りたところで、小枝監督が追いかけてみえた。

「悪く思わないでください、最近こういう話が続いてて、部長もちょっと神経質になってるもんですから……誘わなくても、入れてくださいって来てくれるようにならないとダメなんですから」

 20代の、たぶん真ん中あたりだったはずだ。まだぜんぜん有名でもない、新進気鋭の監督さんだったが、観音さまのような温顔とメリハリの利いた話し方がとても印象的だった。

あまりに丁寧なノックの名手。

 小枝監督は「ノック」の名手でもあった。

 私は小枝監督から、ノックとは何かを教わった。直接教わったわけではない。試合前のシートノックを見ることで教わった。試合より、シートノックを見に球場へ出かけたことが何度もあった。

 なぜあんなに上手いのか……ある時、アッと思った。小枝監督のノックは、ボールを高く上げるのだ。

 ボールを高く上げて、落ちてくるのをゆっくり待って、しっかり狙いを定めてからボールの落下位置にバットを入れてくる。

 そのリズムと間(ま)が見事だった。東海大の横井人輝前監督、横浜高・渡辺元智前監督……考えてみると、ノックの上手な指導者の方は、みんなこのリズムと間を持っている。逆に、辛そうにノックを打つ方は、ボールの上げ方がおしなべて低いように思う。

 ノックを打ちながら、打者には

「バッティングだっておんなじ。こうやって早めにタイミングを取り始めて、ボールとの距離感をもって捉えるんだよ」

 小枝監督は、選手たちにきっとこう教えていたのだろう。

 そして、これからノックを打ち込もうとする野手に向かって、

「ボールが上がっているこの間で捕球姿勢をとるんだよ。捕球姿勢をとりながら、スタートのタイミングを計るんだ……」

 きっと、そうも念じながら、ノックバットを振っておられたのだと思う。そうでなかったら、あんなに1球1球丁寧な打ち方になるわけがない。

40年前のお詫びを伝えると……。

 日大三高で6年、拓大紅陵で30年以上監督を務めた後、おととし2017年には「U-18ベースボールワールドカップ」の侍ジャパン代表監督として采配を振るった。

 取材活動の中でお話しする機会が何度かあって、その何度目かの時に、40数年前の「お詫びごと」の話を持ち出してみた。

「ああっ!」と、小枝監督にしては大きな声を出されたので驚いた。

「実は、記者たちの中に顔を見た時から、誰だったっけなぁ……と思っていたんです」

 そうおっしゃって、

「あの時の学生さんでしたか……いやね、ほら、おでこのコレが私とおんなじだったんでね、覚えてたんですよ、なかなかいませんものね」

 ひたいの真ん中あたり。色の薄くなったホクロを指差しながら、小枝監督、なんだそうだったのか! と、ノドに刺さった小骨がとれたような顔でおかしそうに笑ってくださったのが、ついこのあいだのような気がしている。合掌。

文=安倍昌彦

photograph by Kyodo News


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