藤田菜七子が乗り替わりGI初騎乗。名手マーフィーから学べること。

藤田菜七子が乗り替わりGI初騎乗。名手マーフィーから学べること。

「藤田菜七子騎手のGI初騎乗が実現!!」

 1月28日のスポーツ新聞各紙にはそんな見出しが躍った。

 騎乗するのは前日にフェブラリーSの前哨戦である根岸S(GIII)を快勝したコパノキッキング(セン4歳、栗東・村山明厩舎)。同馬に騎乗していたオイシン・マーフィー騎手が短期免許の期間を終了したため藤田騎手への乗り替わりとなるのだが、今回はそのマーフィー騎手に焦点を当ててみたい。

 今回、初来日だったマーフィー騎手。昨年の12月15日からこの1月27日まで、約1カ月半、日本で騎乗した。1995年9月6日生まれだから23歳の一時期を日本で過ごした事になる。

 彼が生まれたのはアイルランドのキラーニーという街。父・ジョン、母・マリア・カロッティーの下、2人の妹シブとブリシンと共に育てられた。

 実家は牛の牧場。スポーツ好きなマーフィー騎手はラグビーやサッカーなどに興じながら乗馬も行っていた。

「4歳ですでにポニーに乗り、その後、ショージャンピングに出場していました。馬に乗るのは大好きだったので物心がついた時にはジョッキーになりたいと考えていました」

17歳でのデビュー年に42勝。

 16歳でかの地のトップトレーナーであるエイダン・オブライエン厩舎で調教に騎乗。その後、イギリスへ渡り、17歳だった2013年5月、正式にジョッキーとしてデビューした。

「初勝利を挙げるまでには2週間を要しました。13戦目だったはずです。同期のアプレンティス(見習い)は僕を含め9人いたのですが、僕の成績は一番悪かったので、正直、どこまでやっていけるのか不安だらけ。だからとにかくガムシャラに乗りました」

 それが良かったのか、1年目が終わってみればいきなり42勝も挙げることができた。さらに2年目の5月にはテンプルS(GII)をホットストリークに騎乗して優勝。重賞初制覇を飾った。

 '16年には飛躍的に勝利数を伸ばし自身初めて100勝を突破。最終的に116勝もすることができた。

22歳の初GIも「長かった」。

 さらにその翌年、'17年には念願のGI制覇も果たす。凱旋門賞の行われた同じ日、同じ場所で行われたフォレ賞(GI)をアクレイムに騎乗して優勝。22歳での初GI制覇だったが、騎手デビューしてから5年目という年月は本人にとって「長かった」そうだ。

「GIを勝つまでに随分と時間がかかってしまったと自分では感じました」

 ところが、その1勝が引き金になったかのように、その後はGIを勝ちまくるようになった。

 フォレ賞から2週間後にはカナダのE・P・テイラーS(GI)をブロンドミーに騎乗して優勝した。'18年にはベンバトルでドバイターフ(GI)を勝利。このレースには過去に同レースを勝ったヴィブロス(2着)やリアルスティール(3着同着)、ディアドラ(3着同着)ら日本勢も出走していたので記憶に残っているファンも多いのではないだろうか。

 そして何よりも彼を不動のトップジョッキーとして知らしめたのはロアリングライオンとのコンビで残した数々の実績だろう。

 ダービーこそ3着に惜敗したものの、その後、エクリプスS(GI)、インターナショナルS(GI)、アイリッシュチャンピオンS(GI)、クイーンエリザベスII世S(GI)とビッグレースを次々制覇。ヨーロッパの'18年度における年度代表馬に選出される活躍を、支えてみせたのである。

「ユタカ・タケは素晴らしい」

「日本の競馬はいつもウェブサイトでチェックしていました。ユタカ・タケが素晴らしいジョッキーである事もよく分かっていますし、いつか日本で乗ってみたいという気持ちも強く持っていました」

 そんな願いをかなえたのが、今回の短期免許取得だった。

 滞在中には2人の妹も日本に呼び寄せ、彼女達の前でも見事に1着でゴールするなど、1カ月半の中で実に25もの勝ち鞍を記録してみせた。

 とくに最終日となった1月27日は5勝。ラストの3鞍となった10、11、12レースをいずれも勝利でしめてみせた。

 第11レースが冒頭でも記した根岸S(GIII)。マーフィー騎手にとって初めてとなるJRA重賞制覇で、コパノキッキングをGIフェブラリーSへといざなったわけだ。

藤田菜七子へ“アドバイス”。

 本番でバトンを受ける藤田菜七子騎手へ向けて、というわけではないが、マーフィー騎手は同馬に対する印象を次のように語る。

「今回は1400m戦を勝ってくれましたけど、この距離でも少し長い印象を受けました。多分、1600mはこの馬にとっては少し長過ぎる。おそらく1200mがベストの馬だと思います」

 また、日本を発つ前に、今回の来日について改めて伺うと、笑顔で次のように答えた。

「沢山の人にサポートしていただき、25ものレースを勝利することができました。日本のジョッキーは皆、フェアーだし、上手。その中でこれだけ勝てたのはとても嬉しいです。また、さらに上手になって日本に戻ってきたいです」

「この後はイギリス、そしてドバイでも騎乗をする予定」と言い、日本を後にしたマーフィー騎手。若いながらも世界中を飛び回り、積んだ経験が、今回の好成績と強い結びつきがあった事は疑いようがない。

 外国人騎手の活躍で、日本人の若手騎手が育たないという声が囁かれる昨今。マーフィー騎手のような世界のトップジョッキーが日本へ来て乗ることで、乗れなくなってしまう日本人騎手が出て来るのは、限られたレース数でやっている以上、事実である。

 しかし、考え方次第では、優秀なジョッキーが向こうから来てくれるのは、ただで教科書を与えてもらえているようなものなのだ。

 外国人ジョッキーの活躍に苦言を呈すばかりでなく、彼のような世界レベルのジョッキーから影響を受けた日本の騎手レベルが、さらに上がってくれることを期待したい。きっと藤田菜七子騎手も、マーフィー騎手のコパノキッキングでの騎乗ぶりをしっかりとチェックしていることだろう。

文=平松さとし

photograph by Satoshi Hiramatsu


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