ファンの「期待外れ」を覆すため、整い始めたダルビッシュの体と心。

1月18日、金曜日の夜。シカゴ市内の一流ホテルでカブスのコンベンション(日本風に言えばファン感謝祭)が行われた。
外は氷点下。中は暖房が利きすぎて乾燥しているぐらいだ。そんな中で旧知の地元記者とお互いに年始の挨拶をする。彼は続けてこう尋ねてきた。
「……で、今日は何しに来たんだい?」
参加選手のリストに「Yu Darvish」があるから、とは言わなかった。「ファン感」参加は選手にとっての義務ではないし、過去にリストに名前があっても参加しなかった主力選手もいるからだ。最適な答えは「Just in case.」、つまり「念のため」だ。
そもそも、日本人選手がいてもいなくても取材している。そんな日本人記者に「何しに来たの?」と訊くということは「皮肉」である。長年の付き合いだ。そういう人だと知っているから怒らず、「How about you(あんたは)?」と返す。
それも彼が躍起になって追いかけるカブスがこのオフ、大きな補強をしなかったことに対する「皮肉」である。
ダルビッシュの来場に驚いた。
ダルビッシュ有が姿を現したのはそんな時だった。ネクタイこそしてないが、パリッとしたスーツを着ている。「皮肉屋」が思わず「Oh? He really is here.(おっ? 彼、本当にいるじゃないか)」とつぶやく。
そう、私を含めた地元メディアの何人かは、驚いたのだ。
「家族の用事があったんで来ない予定だったんですけど、来た方がいいかなと思って」
ダルビッシュはそう言った。他の選手同様、シーズン中とは違って穏やかな表情だった。自宅のあるテキサス州ダラスから「日帰り」で来たという。
出席するのも欠席するのも自由の“ファン感”はしかし、選手たちのファンに対するスタンスを少し明確にする。言わば「べつに来なくても怒られはしないけど、なるべくなら来た方がいい」イベントである。
ファンからの率直な意見。
そんなコンベンションのロビーで、カブスのファン歴が長いとみられる白髪の男性に「あなたは去年のダルビッシュを期待外れだと思っているのか?」と質問すると、こんな率直な返答に出くわした。
「もちろん期待外れだ……俺は嘘はつかない。でも去年は終わり、2019年はもう始まっているんだ。大事なのは今の彼(ダルビッシュ)が健康で、シカゴに帰ってくるということだと思うよ」
祖母の影響でカブス・ファンになったという彼は、「6年1億2600万ドル」や「1勝3敗、防御率4.95」という数字を口にした一方で、「I don't like negative bu☆☆s▲△t.(ネガティブなことは嫌いなんだ)」と言った。大事なのは「今」なのだ、と。
「マインド的にも凄く良い」
ダルビッシュの「今」――。
それは“ファン感”での彼自身の言葉を借りると、こうなる。
「ボールを投げ始めたのが12月10日ぐらいで、明日、120フィート投げます。ピッチングは来週の金曜日から。予定で行けば3、4回ぐらいブルペン(投球練習)で投げてキャンプインなので、みんなと同じように普通の状態で入っていける」
実際、彼はその数日後に自身のツイッターで室内での「軽め」の投球練習を披露している。このコラムの配信時には、もっと本格的な投球練習も始めているはずだ。
「去年、今までの人生でもトップクラスの痛みがあったのに、ずっと我慢して投げていたから(今回)最初にキャッチボールした時は怖かった。でも、投げるにつれて痛くないってことが分かってきたし、今では怪我する前と変わらないって分かっている。マインド的にも凄く良いから、今は早くスプリングトレーニングが始まって欲しいなと思っている」
マインド的に、というのは少し説明が必要かも知れない。
理由は2つある。1つはここ何年か「トレーニングをすると、なぜか体がおかしくなっていた」こと。疲れやすくなったり、イライラしたり、ネガティブな気持ちになっていた。ところが今オフ、リハビリのために長期間トレーニングを休んでみると、以前のような感覚がなくなっていたという。
「日常生活でも体調が良くなってきたなという気がします」
KIDの訃報、負傷の連鎖。
もう1つはようやく、悲しみを乗り越えつつあること。
「あの時期、いろいろ重なっている中でKIDさんが亡くなられたのはすごくショックが大きかった。今でもやっぱりKIDさんのことを思い出すし、彼のお子さんとか見るとすごく悔しい気持ちにもなる」
KIDさんというのは昨年9月、41歳の若さで亡くなられた格闘家の山本“KID”徳郁さんのことだ。妻・聖子さんの実兄で、ダルビッシュにとっては義理の兄にあたる。
当時、ダルビッシュ自身も右腕の怪我と格闘している最中だった。リハビリしては痛みが再発する繰り返し。それが「筋組織に異常なし」という最初の診断に基づいて行なわれたため、「メンタルがそうさせているんじゃないか?」と自分を追い詰める。
右腕がS.O.Sを発しているにも関わらず、「ここでリハビリを止めたら、根性なしやとか言われる」とかなり無理をした。「健全な精神は健全な肉体に宿る」の真逆である。それを貫いた結果が「ストレス反応による疲労骨折の可能性あり」。そしてシーズン絶望だった。
家族がいたからこそ抜け出せた。
最悪だったのはその後、チームが宿敵ミルウォーキー・ブルワーズに最終戦終了時点で同率首位に並ばれ、「1試合のみ」の順位決定戦でも敗れてナ・リーグ中地区3連覇を逃したことだ。
その直後、ダルビッシュは「期待されてここに来たのに何の力にもなれていない。それがずっと自分の中に刺さっていた」と話している。これについては多くを語る必要がないだろう。
なぜなら、「ダルビッシュの活躍」に誰よりも期待していたのが彼自身なのだから。
野球的には、ほとんど何も良いことがなかったシーズン。そして、それに追い打ちをかけるような親族の死。しかし、そこから抜け出せたのもまた、家族の存在だった。
「自分にも自分の人生があって、守らなければならない家族、守らなければならない存在がいっぱいいる。だから、頑張んなきゃなという気持ちになっている」
結婚式で得た、ある感覚。
1月にセドナで行われた聖子さんとの結婚式。KIDさんの死とは直接、関係ないというが、今になって振り返ってみると違う感覚もあるという。
「皆を勇気づけるとかそういうつもりはなかったけど、子供たちもいっぱい来るから、彼らにもスポットライトが当たるような、参加してくれた1人ひとりが全員楽しめるような、誰もが主役になれるような結婚式がしたかった。
それで最終的に皆が楽しんでくれたようなのでやって良かったなと。僕自身、すごく落ち込んでいる時期だったっていうのもあるし、そういう意味でも良かったと、あとになって感じました」
そこでようやく、気がつく。
怪我にしろ、成績にしろ、いつまでも過去にこだわっているのは「周り」であり、ダルビッシュ本人はすでに前を向き、かなりの距離を進んでいることに。
どうせ進むならポジティブに。
たとえばこのオフのこと。「プロ・ツイッタラー」を自称するダルビッシュに、応援しているような感じでアプローチしつつも「ツイッターするのは成績を残してからだろう?」というような曖昧なメッセージが届いた。それに対して本人はきっぱり、こうリプライしている。
「結果残しとけば叩かれないんだから今は黙っとけみたいなことを言っている人に教えてあげる。結果出した年でも変わらず同じようなリプが来ることを。」(原文ママ)
その人に見えている風景や住んでいる世界が違えば、考え方も違う。そして時間の過ごし方そのものも、違う。
前進している者と、立ち止まっている者。両者が相容れないのは当然だ。
ダルビッシュはもちろん、前者だ。
去年ほど心身ともに傷つき、自分に対する期待と失望のギャップが大きかったシーズンは、今までそうなかっただろう。時には立ち止まって考えることもあっただろうが、いつまでも、うつむいているわけにはいかない。
顔を上げ、前を向いて、一歩一歩、進んでいくしかない。そしてどうせ進んでいくのなら、悲壮感を持ってやるより自分らしくポジティブに、楽しくやっていく――。
このオフ、彼のツイッターに触れた人々の多くは、そういう感覚を共有しているのではないか。
怪我前と変わらない状態に。
件のファンが言ったように、2018年が「期待外れ」だったというのは誰もが分かっていることである。
だが、「negative」は何も生み出さない。
大事なのは今のダルビッシュが健康で、これから何が起こるのか、である。
「投げるにつれて痛くないってことが分かってきて、今では変わらないと分かっている。まったく不安はないです。ゼロですね」
ダルビッシュがそう言ってからおよそ半月後、シカゴはこの冬、最低のマイナス29度を記録した。
メジャーリーグのキャンプ(投手、捕手組)が始まるまで残り2週間。アメリカに球春が訪れる頃、ダルビッシュはどれぐらい、先を行っているのだろう――。
文=ナガオ勝司
photograph by AFLO
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