栗原勇蔵「失恋じゃないんだけど」中澤佑二が抜けたマリノスを守る男。

栗原勇蔵「失恋じゃないんだけど」中澤佑二が抜けたマリノスを守る男。

 ボンバーがいない。

 そうだよな、引退しちゃったんだもんな。1月8日に横浜F・マリノスと自身のSNSを通じて発表しただけで、彼は静かに消えるようにいなくなってしまった。

 1月下旬、石垣島キャンプを取材したが、17シーズンも所属したマリノスの「22」がいないのは、どうにもこうにも違和感があった。小笠原満男のいない鹿島アントラーズ、楢崎正剛のいない名古屋グランパスもきっとそうなんだろうな、とふと思った。

 たまに取材にくる筆者ですら思ったぐらいなのだから、チームメイトはもっと感じているに違いない。2002年にユースから昇格して以来、マリノス一筋の35歳、栗原勇蔵にぶつけてみると、武骨な表情にセンチメンタルが広がっていた。プロ1年目からずっと中澤佑二は一緒にいた。同じポジション。隣にいるのが、当たり前だった。

「うん、何だろうな。これまでも先輩のマツさん(松田直樹)、同期のテツ(榎本哲也)、下の世代のヒョウ(兵藤慎剛)たち、長くこのチームに在籍した選手が退団したときもそうだったけど、家族より毎日、顔を合わせていた仲間が急にチームからいなくなるんだから、そりゃあ違和感あるよね。

 ボンバーなんて、何年? 俺がプロになってずっといたわけでしょ? 失恋じゃないんだけど、時間が今の感覚を忘れさせてくれるんだろうなっていう思いが今は一番近いかな」

 雲いっぱいの石垣の空に、彼は何気なく目を泳がせた。

「集中を切らせたこと見たことない」

 ボンバーとユーゾー。

 ボンバーは'02年の移籍初年度からレギュラーで活躍し、ユーゾーは'06年以降、レギュラーに定着する。高くて、強くて。堅守マリノスを象徴するセンターバックコンビは、まさにJリーグ最強だった。

 学ぶことだらけ。栗原にとって中澤は最高の教材だった。

「細かいポジショニングもそうだけど、一番学んだのは、あきらめちゃいけないということ。1点目取られて、2点目も取られたら守備の集中力がどうしても緩んでしまうのが普通だと思う。

 でもボンバーは関係ない。次の点を取らせないことに、あの人は集中する。いや、ゲーム中に集中を切らせたことなんて、俺は一度も見たことないよ。だから俺というかマリノスのみんなも、たとえどれだけ試合の状況が悪くても“これ以上はやらせない”という気持ちで守ることができた。守ることの何が大切かって、ボンバーを見ればよく分かったから。

 パートナーにしてもらって、結局はあの人の手のひらでうまく転がされていたのかもしれないけど、それによって俺も成長できた部分は凄くある。俺は何か言えることがあるとしたら、感謝の気持ちしかない」

栗原も中澤の引退に驚いた。

 近年の中澤はひざの痛みとも戦っていた。昨季8月の鹿島アントラーズ戦でベンチから外れ、J1フィールドプレーヤー最多連続出場記録(199試合)、同フルタイム出場記録(178試合)が途切れた。

 9月には左ひざを手術し、懸命にリハビリに取り組んでいた。最終節(12月1日)、セレッソ大阪戦の終盤に途中出場して健在を示し、クラブからも契約延長オファーを受けていた。今年41歳になるとはいえ、中澤の経験値に頼るところは大きい。それだけに引退表明は衝撃を与えた。

 栗原も、現役を続けると思っていたという。

 シーズン後の納会で「ひざの状態を考えると、(続けるかどうかは)フィフティーフィフティー」と本人からは聞いていた。

「いや、それでもやめないと思っていましたよ。あんだけサッカーを好きな人だから、はいつくばってもやるんじゃないかって。だから、引退すると聞いてびっくりした。信じられなかった。

 俺自身、見たかったというのはあります。(近年の自分は)ケガが続いたり、序列も下がって何カ月も試合に出られなかったりする。この年になると、実戦から離れるというのは体の部分でも厳しい。じゃあボンバーなら、それをどう克服するのかっていう興味も凄くあったから」

上が抜け、自分が最年長者に。

 2019年のユーゾーは、チーム最年長者となった。

 石垣島キャンプでは率先してファンサービスに応じる彼の姿も。チーム全体を気にかけたり、さりげなく目を配ったりすることも意識しているようだ。

「もしチームに何かあったら、最年長者の責任かなって俺は思っているし、自分が見ていかなくちゃいけない部分はあるから。ただ、バリバリ試合に出てピッチで引っ張れれば一番いいけど、戦力にはなれていない現状がある。最年長になって、チームのために自分ができることをやっていくしかない」

センターバックの4番手から再始動。

 もうひと花――。

 センターバックではドゥシャン、チアゴ・マルチンス、畠中槙之輔に続いて4番手だと自覚している。しかし現状を受け入れているわけではない。井原正巳、小村徳男、松田、中澤ら脈々と受け継がれてきた堅守の継承者として、「ハマのセンターバックとは何か」をプレーで示していく責任も感じている。

「ドゥシャン、チアゴ、槙もみんな力がある。みんなとの競争のなかで、チャンスをつかまなきゃいけない。出たときにはしっかりとしたパフォーマンスを出さなきゃいけない。その準備を、俺はやっていくだけ」

 ボンバーはいない、されどユーゾーはいる。

 ハイラインのスタイルにボンバーが適合して、ユーゾーが適合できないことはない。伝統と革新のミックスを、ユーゾーだから表現できるものがきっとあるはず。

 ボンバーに対する思い、感謝。そしてボンバーの思いも背負って。

 雨を降らした石垣の曇天に、目を泳がすことをやめた。

 雨過天晴。

 ユーゾーに、センチメンタルは似合わない。

文=二宮寿朗

photograph by J.LEAGUE


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