田澤純一、勝負のアメリカ11年目。アマ時代に口説かれたGMに導かれ。

田澤純一、勝負のアメリカ11年目。アマ時代に口説かれたGMに導かれ。

「まあ、いい時も悪い時もあるんですけど、こういう形でいい時もあるので、引き続き、それを信じてやっていくことが大事かなと思います」

 昨年9月中旬、当時エンゼルスでメジャーに復帰し、マリナーズ戦で1回3分の1を無失点と好投した田澤純一は、いつもと変わらない表情で自らの登板を淡々と振り返った。

 目の前の結果だけで、一喜一憂するつもりはさらさらない。

 メジャーの「酸いも甘いも」知る男は、自分の置かれている立場を踏まえ、冷静な顔でその先を見つめていた。

 その田澤が、このほどカブスとマイナー契約を交わした。春季キャンプには招待選手として参加し、オープン戦などを通して開幕メジャーを目指すことになった。

 つまり、何の保証もない。

 2009年、日本のプロ球界を経ず、レッドソックス入りした田澤は、紆余曲折を経ながらも着実に実力を蓄えてきた。右肘の「トミー・ジョン手術」を受けた一方、2011年にはメジャー復帰を果たし、'13年には勝ちパターンのセットアッパーとして大活躍。ポストシーズンでは、クローザーの上原浩治(現巨人)と一緒に毎試合のように登板し、防御率1.23と驚異的な成績を残し、世界一の立役者となった。

エンゼルス入りで変わった気運。

 ただ、その後のすべてが順風満帆だったわけではない。

 '17年に移籍したマーリンズでは、投球フォームのバランスを崩し、思うような成績が残せず、'18年5月に戦力外通告を受けた。その後、タイガースへ移籍したものの、1カ月あまりで再びリリースされた。

 だが、7月中旬、エンゼルス入りしたことで、田澤の気運が変わった。傘下マイナーで試行錯誤を繰り返す中、コーチ陣の指導、トレーニング法を吸収することで、少しずつ本来の投球をイメージできるようになり始めていた。

 その結果、マーリンズでは22試合で防御率9.00だったのが、9月にメジャー昇格したエンゼルスでは9試合で2.25。少しずつ本来の投球を取り戻し始めていた。

ダルと直接リレーの可能性も。

 初めて在籍するとはいえ、カブスとは縁がないわけではない。セオ・エプスタイン編成本部長とジェド・ホイヤーGMは、田澤がレッドソックス入りした際のGMとGM補佐。いわば、アマ時代の田沢を口説き落とした張本人たちでもある。右肘手術から復活を期すダルビッシュ有とは同学年でもあり、2人の直接リレーが実現する可能性も膨らむ。

 米国メディアによると、メジャーへ昇格すれば年俸80万ドル(約8800万円)、成績次第では最大200万ドル(約2億2000万円)となる契約内容でもあり、首脳陣の期待度は高い。

 現時点では、NPBに「田澤ルール」が存在するため、将来的に日本球界へ移籍する可能性は低い。つまり、来季以降もメジャーでプレーするためにも、今季の成績がカギを握ることになる。

 いい時もあれば、悪い時もある――。

 横浜商大高時代は全国的にはほぼ無名の存在だった田澤は、常に野球と真摯に向き合い、黙々と鍛錬を続け、ここまで世界最高峰のメジャーの舞台に立ち続けてきた。

 今年6月で33歳。まだまだ老け込む年齢ではない。

文=四竈衛

photograph by AFLO


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