プロ野球、コーチの年俸が低すぎる?なぜ「指導」の対価は上りづらいか。

プロ野球、コーチの年俸が低すぎる?なぜ「指導」の対価は上りづらいか。

 プロ野球各球団はそれぞれに陣容を整え、2月1日からスプリングキャンプを開始した。

 この時期のスポーツ新聞には、各球団の監督、コーチ、選手の顔ぶれが一目でわかる「陣容」が掲載される。

 ここ数年は名前や出身校、体のサイズに加えて、「年俸」まで載せてくれるので、ついつい見入ってしまったりすることがある。

 縦長の一覧になっているので、自然と選手同士の年俸を比べて見てしまうのだが、それぞれの金額は「推定」といいながら、近年は限りなく「実際」に近いと聞いている。

 まあ途方もない金額の選手もいれば、「ずいぶん少ないんだね〜」と、自分のことを棚に上げて、人の生活を心配したくなることもある。ファームや三軍の選手で家庭がある場合は、奥さまがパートに出ている……そんな現実もあるのだから、プロ野球選手といっても、「夢の職業」とばかりも言っていられない。

ルーキーより安いコーチの年俸。

 一覧を眺めていていつも驚くというか、つい唸ってしまうのが、「コーチ」という職分の人たちの年俸である。

 巨人やソフトバンクのように、比較的給与ベースが高くて、2000万、3000万というコーチが何人もいるチームもあるが、ほとんどの球団のコーチは1000万から1500万のあたりが“相場”になっている。

 監督、コーチの名前が一覧の上のほうにあって、そこから下に「投手」、「捕手」とたどっていくと、今年のルーキーの名前もあって、1位や2位で入団した大学生や社会人出身の選手は「初任給」が1000万を超えたりするので、まだ1球もプロで投げたり打ったりしていないルーキーのほうが、すでに10年も20年もプロのメシを食ってきた「指導者」より高給取り……という現象が普通にあるのがプロ野球という世界なのだ、ということにあらためて気づくのだ。

 これは果たして健全な現象かと考えると、そうではないように思えてならない。

 レギュラークラスなら、今は「億」が当たり前になりつつある。自分の給料の10分の1、20分の1のコーチの言うことに素直に耳を貸すのか……は横に置いておくとしても、もう少し“バランス”というものがあってよいように思う。

スター選手にとっては割に合わない。

 以前、野球ファンなら誰でも知っている方が、こんな言い方をしたのに驚かされたことがある。

「自分のことをここまで大きくしてくれた野球界に指導者として恩返ししたい気持ちはあるが、万が一うまくいかなかったとき、自分の経歴にキズがつくリスクを1000万や1500万のお金と引き換えにすることはできない」

 これぐらいの金額なら、プロ野球のコーチぐらいの年齢のサラリーマンでもそれなりにいる額だろうし、もっと言えば、コーチの場合はもちろん「終身雇用」ではなく、ほとんどが「1年契約」なのが現実だ。

 かなりショッキングな言葉だったが、功成り名を遂げた人たちの偽らざる本音と解釈すれば、理解できた。

達人たちの技術を後に伝えるために。

「適正価格」がどれほどかはわからないが、今のプロ野球選手たちが、赤星憲広から盗塁技術を教わることができ、小久保裕紀から雄大な放物線の打ち方を教わることができ、ピッチャーなら黒田博樹から「男気の真髄」を教わることができる方法が何かあるのではないか。

 そう考えて、ない頭をひねったのが、こんな「システム」である。

 いろいろ聞いてみると、今のプロ野球で「一人前」と見なされるのは、年俸でいうと5000万円がそのラインだそうだ。

 ならば、5000万円以上の年俸の選手たちが、たとえばその5%を出し合っていったん球団に返し、そのお金を頭割りにして、コーチひとりひとりに「謝礼」として年俸に上乗せしてもらうのだ。

 なにバカなことを……とお笑いの方もおられようが、大まじめに考えて、ほかに“代案”が浮かばなかったのだから、そうバカな手とも思わない。

 ちょうど新聞に「ソフトバンク」の陣容が出ていたので、それを例にとってみる。

 年俸5000万円以上の選手の年俸合計がなんと約50億円になる。その5%の2億5000万を、コーチ22名に均等に割り振ると、ひとり当たり1100万円。ほとんどのコーチが年俸1500万円のようだから、合わせて2600万円となり、「まあまあ」の水準になるのだ。

 まあまあ……ってなんだ? と言われても困るのだが、とにかく「コーチ」の待遇を上げないと、現役時代にすばらしい経験値を得て、卓越した技術論を構築した元・選手たちが、それを語り継ぐ機会を逸することにもなって、実に「宝の持ち腐れ」でもったいないことおびただしいとモヤモヤしてくるのだ。

コーチ市場は常に「買い手市場」。

 プロ野球のコーチ市場は、常に完全な「買い手市場」になっているという。

 30歳台のなかばほどまで野球ばかりやってきた者が、そこからポンと一般社会へ転身するのは難しい。いわゆる「つぶしの利かない業界」である。今は「セカンドキャリア」などと称して、一般社会への道を開いてくれるお手伝いをしてくれる組織も現れつつあるが、それでもまだ一般的じゃない。

 野球の現役を上がった選手たちのほとんどがプロ野球界での「再就職」を望むので、自然と供給が需要を上回り、コーチや球団をサポートするスタッフの待遇はなかなか向上しない。

 一方で、大きな実績を残し、指導者としての財産をたくさん得たはずのビッグネームは、あわてて再就職先を探さなくてもよいほどの“財”を残しているから、失敗のリスクを負ってまで指導の現場に出てこようとしない。こんなにもったいないことはない。

高校野球の指導者の経済状況は?

 ここで、フッとあらぬ方向へ考えが飛んだ。

 アマチュアの指導者たちは、いったいどうなのか?

 つらつら耳に入ってくる現況は、指導者の“悲哀”ともいうべき事実ばかりだ。

 たとえば、高校野球の現場においてである。

 連日暗くなるまで練習のグラウンドに立ち、土日、祝日は試合の現場で指導にあたり、教員として指導者として連日忙殺されて、それで“手当”は雀の涙。状況は、中学でも、大学でも、似たり寄ったりである。

 日本のスポーツの現場は、プロもアマチュアも、指導者の骨折りに報酬でむくいようとする「合理性」がもっとあってよい。

 特に日本という国では、お金……というと何かダークなイメージに持っていこうとし、自己犠牲とかボランティアを「美談」にしたがる。だから、よいことが長続きしない。

 誤解を恐れずにいえば、大人の世界のお礼とか感謝とは「金品」であろう。

対価が指導現場の隠れた問題?

 たとえば、野球部の指導者は部員から「部費」を集めて、その中から「指導費」として、いくばくかのお金を得ても個人的には構わないと思っている。

 部員たちが「一生の友」として大切にしていける野球という競技を教えながら、ある意味で家族、両親に代わって、もっと大切な人としての「しつけ」を施す。そんな大役を担う者が、無償でよいわけがないだろう。

 もしかして、そこのところに正当な「対価」が支払われていないことが、指導者たちのストレスの意外に大きな部分を占めているとしたら……。

 それが、指導の現場のさまざまな問題の、実は「隠れた主な要因」になっていたとしたら……。

 指導者たちの「指導」のあり方という難題の本質の“断片”が、そこに見え隠れしているような、そんな気さえしてきて、私の心はとてもモヤモヤとしている。

文=安倍昌彦

photograph by Kyodo News


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