福永祐一が語った自らのダービー史。積み重ねた挫折、父と周囲への感謝。

福永祐一が語った自らのダービー史。積み重ねた挫折、父と周囲への感謝。

ついに壁を破った。誰よりも渇望し、もがき苦しみながら果敢に挑み続け、
デビュー23年目、激闘の末に掴み取ったダービージョッキーという栄誉。
新境地に達した41歳が、収穫の季節を迎えた己の競馬道を大いに語った。
Number964号(2018年10月25日発売)の特集を全文掲載します!

 先頭でゴールラインを切った時、天にも昇る気持ちって、こういうことなのかと思いました。ウイニングランでは気持ちも体もフワフワして、漫画の主人公のような感情の昂ぶりに、自分でも戸惑うほどだったんです。

 もちろん、人生で今まで味わったことのなかったもの。スタンドからのすべての声援が一身に注がれているのも最高だったんですが、それを抜きにしても、体が感動の渦の中に入ったようでしたね。

 僕はスポーツが好きで、どちらかというと、することよりも見るほうが好き。見て感動するのって映画でもありますけど、圧倒的にスポーツのほうが多い。ですから、スポーツの存在意義って大きいなってずっと思ってたんです。

 でも初めてでしたね。自分が成し遂げたことで、こんなに感動できたのは。

 それは家に帰ってもしばらく続き、何日間もずっと感動した状態でした。あとでインタビューを見返しても、とても高揚している自分がいるんです。ああいう自分を見たのも初めてで、新鮮でした。両親には実家に帰って報告しました。その時だけはちょっと違って、照れくさくもあるので、つとめて普通にいきましたけど。

皐月賞で犯した過ち。

 平成最後のダービージョッキーに輝いた福永祐一騎手。ワグネリアンを駆り、逃げた皐月賞馬エポカドーロを好位から差し切った。'96年のデビューから19回目の挑戦にして手に入れた待望の初タイトル。そして迎えた秋競馬開幕、ダービー制覇にまつわる秘話が、情熱を伴って一気に噴出した。感動は彼の中で冷静に整理されながらも、うねりとして続いていたのだ。

 ワグネリアンが頭ひとつ抜けている――。皐月賞のメンバーを見回して、そう過信したのが何よりの過ちでした。

 4戦全勝のダノンプレミアムが回避して、エポカドーロにしても、僕が乗って未勝利戦(1月21日、京都芝1600m)を勝った馬。皐月賞はどんな展開になっても、まあ、負けないだろう、と。

それでもダービーはチャンス。

 しかし僕が見込んでいたほど、ワグネリアンは抜けた存在ではなかった(結果は7着)。過信を大いに反省しました。ダービー前、友道(康夫)厩舎のスタッフから「しっかり攻めた騎乗をしてください」とオーダーが入ったのも当然のことでしょう。

 ただ、皐月賞で敗れても、ワグネリアンはダービーを勝つチャンスがある馬だという認識は変わりませんでした。ただし、僕がうまくレースを運べば、の条件付き。枠が決まる前は、内枠を引き当ててインで上手に脚をため、直線で中から割って出てくるイメージをスタッフとも共有していました。ところが、当たった枠が大外(18頭中の17番)だった。

 コースの違いや馬場状態や気候など様々な条件にもよりますが、どの枠に入るかで勝利への難易度が変動します。ダービーの東京2400mという条件においては、感覚的に外枠はかなり不利ですし、データにもそう出ています。

 新しいプランはスタッフたちとのディスカッションで立て直し、共有できていました。外枠からスタートしたなりで進めると、もともとスタートが速い馬ではないので、中団から後方のポジションになって末脚勝負になる公算が高かった。

 出走メンバーからして、前半のペースが速くなるとも考えられない。勝ち切るためにはある程度いいポジションを取りに行って、そこで折り合いをつけることが必須条件となりました。

スタートに全神経を集中。

 だから、スタートに全神経を集中させたんです。馬もよく集中していました。難しいのは折り合い。そこが一番のポイントでしたが、向こう正面でリラックスさせることができました。

 ゲートに入る直前は、いい天気だなあ、最高だなあって。こんなにお客さんがいて、こんなに状態のいい馬に乗れて、本当に幸せだなあって思いながらゲートインしたのも初めての感覚でした。今振り返っても最高に集中できていましたね、スタートからゴールまで。

「ダービー勝ったから(騎手を続けるのは)もうええやろ」って、冗談めかして言われることがよくあります。悪い気持ちはしなくて、心配してくれてる人はそうなのかなって思っています。父親のこともありますからね。藤原(英昭調教師)さんは何回もそう言ってくるんです。

真っ先に祝福してくれたのは……。

 実は、ダービーを勝って検量室に入って、真っ先に祝福して迎えてくれたのが藤原さんでした。僕はまだ2着がエポカドーロだと知らなかったので、あとになって、あれはなかなかできないことだと。ダービーで2着の調教師と調教助手の荻野仁さんが、負かした僕を満面の笑みとハグで迎えてくれたんですよ。一番悔しい立場の人のはずなのに。そこに僕はすごく愛を感じました。

 ダノンプレミアムに乗っていた(川田)将雅も、ゴールに入った後すぐに祝ってくれたんです。彼は1番人気で負けたわけですが、彼は彼でやりきったんでしょう。ベストを尽くした自負がなければ、他人を祝福する気持ちにはなれなかったと思うんです。

今までで一番楽しんで乗れた。

 '99年桜花賞でGI初勝利を挙げ、'01年の香港マイルで海外GI初制覇。'05年にはアメリカンオークスで日本馬初のアメリカGI優勝を達成。昨年7月には武豊に次ぐ早さでJRA通算2000勝を記録した。すでに日本競馬界が誇る第一人者でありながら、ダービー勝利により、「これまで見たことのない境地に達した」という。

 19回目の挑戦に、特別な感慨は持っていませんでした。回数をこなせば勝てるものではないことはわかっていましたから。

 でも今年のダービーは、今までで一番楽しみながら乗りましたよ。何から何まで楽しまなきゃ損だなって臨んだ、初めてのダービーだったんです。

 僕も41歳になりましたから、今後、そう何度もダービーに乗れるとは限らないことは、十分に自覚しています。勝つ、勝たないは別として、10万人を越えるお客さんの前で乗れる機会って、もう数えるほどしかないじゃないですか。騎手をやめた後、同じような緊張感、同じようなプレッシャーを感じる瞬間ってあるかなって考えたら、次に何を仕事にするかは自分でもわからないけど、このシチュエーションはそうそうないだろうと。

 福永洋一の息子として生まれた縁で騎手になり、父親の縁でサポートしてくれる人がたくさんいて、一人前にしてくれて……。ダービーで勝てるチャンスのある馬との出会いに今年も恵まれたわけですよ。これで緊張して、上手く乗れなかったらどうしようとか、負けたらどうしようとか思いながら乗るのって、めちゃくちゃもったいないなって。

 だからとことん、緊張感さえも楽しまないと損だと思ったわけです。そう思えたのも、ワグネリアンが5番人気ぐらいだったからかもしれません。胸のあたりに来るざわついた緊張感も、いつ来るかなって心待ちにしていたぐらいです。結局、最後まで来なかったんですけどね(笑)。

エピファネイア2着での失望。

 これまでのダービー挑戦で経験した数々の挫折なくして、福永祐一はここまで大成しなかったかもしれない。自らのダービー史を語り出すと、もう止まらない。

 エピファネイアに乗ったダービー('13年2着)……。最後にキズナに外から来られた時は、自分の不甲斐なさに相当落ち込みました。人生で一番の無力感を感じましたね。ゴール寸前まで勝ったと思っていましたから。

 ただやっぱりそれも、自分の至らなさ。あのレースは自分のせいで落としたとはっきり言えるんです。だからこその無力感……。いや、無力感じゃないな。自分への失望ですね。

 その落ち込みは今回の感動のように長く続きました。特にエピファネイアに関しては、秋に同じ過ちを繰り返すようなら、進退も考えなきゃいけないと思ってました。崖っぷちに立って、神戸新聞杯、菊花賞と勝てたので、僕の中でひとつ殻を破れたところはあったんですけど。

キングヘイロー、エイシンチャンプ。

 騎手人生で一番大きな失敗をしたのもダービーでした。キングヘイロー('98年14着)に乗って、それまで味わったことのない緊張感に襲われて、それに飲まれてしまった。

 '03年には選択を迫られました。ネオユニヴァースか、エイシンチャンプか。どちらも自分が乗っていて、瀬戸口(勉)厩舎の馬。先にGIを勝ったというのもあって、僕はエイシンチャンプを選び……。結果的にネオユニヴァースがダービー馬となった。

 今ならネオユニヴァースを選択するか? それはわからないですね。でも、もし僕がエイシンチャンプに乗らないと決めていたなら、恩師の北橋(修二)先生と瀬戸口先生のお二方は、絶対に異を唱えたはずです。だから間違った選択ではなかったと、今でも思っています。

 もちろん、どっちが勝つかということなら間違っていましたが、僕はエイシンチャンプで朝日杯を勝って、弥生賞も勝って、皐月賞も3着。ネオユニヴァースはミルコ(・デムーロ)で皐月賞を勝ったけど、はたしてどっちに乗るのが筋なんだ、と。僕はエイシンチャンプに続けて乗るのが筋だと思ったし、その選択に、お二方は何もおっしゃらなかった。

 そりゃ後から言われましたよ。ネオユニヴァースが2冠馬になって、「アホやな、なんであっち乗らへんかってん」って。そう言う人がいる一方で、「見てる人は見てるよ」って言ってくださる人もいました。

 僕は北橋先生と瀬戸口先生に、騎手としての土台、基盤をつくってもらった人間です。自分ひとりの力ではここまで来れませんでしたから。生まれからしてもそうですし。筋を通す選択が、自分が進むべき道だと。そこからダービーとは全然縁がなくて、このまま勝てずに終わるかもしれない、とも思いましたが、後悔はなかったですね。そういう人生だったんだなって、後で振り返るだけだろうなと。

 まっ、勝ってみて思うことです。勝ってわかったことがたくさんあるし、勝ったからこそ語れることもありますね。

落馬による負傷という試練。

 ダービー馬ワグネリアンは、惜しくも天皇賞を回避した。神戸新聞杯の勝利後疲労が抜けず、友道師は「先のある馬だし、今は無理をする時期ではない」と判断。短期放牧を経て、有馬記念の出走を目指すという。

 福永にもこの秋、大きな試練が訪れていた。9月16日、落馬による頭蓋骨骨折と気脳症というケガ。振り返れば、デビュー4年目に左腎臓を摘出し、最も速いペースで勝ちまくった'15年には、右鎖骨など複数の骨折を負って残り2カ月を棒に振った。今回は幸い2週間の休業で復帰できたが、母・裕美子さんの心配が尽きることはない。

 それはもうね、ずっとですよね。ケガしたからとかではなくて、騎手を続けている限りずっとそうなんで。母親もそうですし、妻も娘も同じ気持ちでしょう。

 今回の件に関しては、「頭蓋骨骨折」と発表したことを反省しています。正確には、側頭骨骨折なんですね。「頭蓋骨骨折」って、字面も語感も、何かすごく一大事な感じがするじゃないですか。

 ニュースで大きく扱われて、それこそ父親のこともあったし、友人たちがみんな心配して連絡をくれたんですけど、「全然大丈夫なんで」って何回も説明するのが大変でした(笑)。大勢の方々にご心配をお掛けして本当に申し訳ない限りですが、僕はもう大丈夫です。

 でも、ケガだけは気をつけてとか、ケガはしたくない、みたいなことを言うと、逆に引き寄せちゃうこともあるのかなって思うようになって。これからはあまり口に出さないようにしようと決めました。あとは自分が「もういい」と思うまで、騎手生活をまっとうしたいですね。

フランキーを観察し続けると。

 '10年春から動作解析の専門家である小野雄次氏のコーチングを受けることで、福永は騎乗技術を格段に向上させ、大きな飛躍を遂げた。トップクラスの実績を積み上げた騎手が、技術の基盤をゼロから作り直す取り組みをしたこと自体が異例中の異例だが、悲願のダービータイトルを獲得したことで、その自信をより深めている。そして、さらなる向上も忘れない。

 小野メソッドは今も進行中です。基礎技術の修得はほぼ終わりましたが、この後は自分のオリジナルを追求するのが課題です。たとえば、フランキー(ランフランコ・デットーリ)の騎乗を観察し続けていると、バージョンアップを繰り返しているのがわかります。

 だから、あの年齢(47歳)で世界のトップに居続けている。海外トップクラスの騎手が何をしているか、何がトレンドなのか、それを取り入れながら自分の技術として身につけられるかが今の取り組み。ホント、面白いですよ。

今はジョッキーが楽しい!

 調教師ですか? 選択肢の一つとして常に頭にはあります。まだ41歳なので、年齢的にはまだかな、と。大体45歳くらいでみんな考えるのかなっていうイメージです。次に自分がしてみたいことは調教師も含めていくつかあるんですけど、そのしてみたいことが今していることより気持ちで勝った時に、そちらを考えるんだと思うんです。

 だけど、今はなんといってもジョッキーが楽しい。素質ある馬に乗ってこそ楽しさがあるのが、騎手目線で見た競馬という競技。「馬に乗ってるだけで楽しいです!」というのは、自分の中にはありません。レーサーはいいクルマに乗らないと、その楽しさってわからないだろうし。

 そういう意味では今、素質ある有力馬の騎乗依頼を途切れることなくいただけている幸せな状況。ジョッキーとしての最高の醍醐味も、ダービーで味わったばっかりというのもありますからね。

(Number964号『福永祐一「最高の醍醐味をもう一度」』より)

文=片山良三

photograph by Kei Taniguchi


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