大坂なおみの成長とサーシャ“卒業”。成熟度で変化するコーチとの関係性。

大坂なおみの成長とサーシャ“卒業”。成熟度で変化するコーチとの関係性。

 大坂なおみがサーシャ・バインコーチの解任をSNSで発表したとき、ファンの方々の多くがそうであったように、筆者も困惑し、冗談で投稿したのかと疑った。解任の理由が思い浮かばなかったからだ。

 優勝した全豪オープンでも予兆がなく、腑に落ちない関係解消だった。

 その後、大坂が関係解消についてコメントし、続いて新コーチの就任が明らかになった。解任の意図を推し量る材料も増えたので、ここで筆者の見立て、1つの仮説を記したい。

勝利よりも大切にしたかったもの。

 サーシャの解任後、初めて出場したドバイの大会で、大坂は「幸せでいる以上の成功は望んでいないし、私を幸せにしてくれる人たちと一緒にいたかった」と話した。

 哲学的というか、判じ絵のようで、しっかり読み解かないと真意は見えてこないが、サーシャとの仕事にストレスを感じるようになったと受け取るべきだろう。

 勝っている間は戦い方を変えない、は勝負の鉄則だ。このままサーシャとやっていればより大きな成功が望めるかもしれないが、自分を押さえ付けてまでそうしたいとは思えない、そんな心情が読み取れる。「彼といると自分もポジティブになれる」と相性の良さをアピールしていたが、いまやサーシャはそういう存在ではなくなっていたのだろう。

 新コーチのジェンキンスは、昨年までビーナス・ウィリアムズのヒッティングパートナーをつとめ、今年から全米テニス協会の女子担当ナショナルコーチとなった。

 指導実績の豊富な著名コーチの誰かがサーシャのあとがまに座るという観測もあった。全仏のクレーやウィンブルドンの芝を攻略するために、戦術が指導できるコーチを招くのでは、という見方もあった。

新コーチはビーナスの元練習相手。

 だが、大坂が選んだのは、戦術指導に長けた名参謀でもなければ、強化・育成に長く携わった教育者でもない。ビーナスの妹セリーナ・ウィリアムズの練習相手だったサーシャと似たような経歴を持つ34歳。トップ選手とのかかわりは深いが、コーチとしてはまだこれからという人物だった。

 '17年にコーチをつとめたデービッド・テイラーは大坂にとって「先生」だったが、次のサーシャは「友だち」のような存在だったという。今回も大坂は「先生」を選ばなかった。

 サーシャは発展途上の大坂をうまく導いた。精神面の未熟さによく付き合い、粘り強く指導した。辛抱強く、洞察力のある、良いコーチだったと思う。大坂もこれによく応えた。

 では、なぜ、すれ違ったのか。1月の全豪でサーシャは父親との逸話を持ち出して、テニスについての哲学を披露した。

サーシャも認めていた精神面の成長。

「父が僕をテニスコートに連れて行った(テニスを手ほどきした、の意だろう)のは、自立心を伸ばすためだった。いかに問題に対処するかを学ぶため、だれも助けてくれなくても自分でやることを学ぶためだった」

 サーシャはテニスとはそういう競技だと学び、大坂にも指導した。選手をなだめ、励ますサーシャの献身的な態度が話題になったが、実際はコーチに頼らず、自分で問題を解決することが2人の理想だった。

 だから、全豪の3回戦と4回戦で、第1セットを落としながら立て直して逆転勝ちした大坂を「彼女は成熟を示した。以前よりはるかによくなった」と褒めたのだ。

「彼女は昨年、多くのことを学んだだろう。あらゆる状況から学ぶことがあったと思う。それが今の彼女につながっている」

 サーシャは指導の成果に手応えを感じている様子だった。確かに大坂はサーシャとの1年強で選手としての成熟を重ねた。試合中に起きる問題への対処の仕方を探り、成功体験を得た。そうして2人は理想の師弟関係を築いた。少なくとも、第三者にはそう見えた。

ハンドルは選手、コーチは助手席。

 サーシャは女子ツアーが選ぶ2018年の最優秀コーチであり、大坂はコンディショニングを担当するアブドゥル・シラーが感心するような「良い生徒」だ。だが、選手とコーチの関係性は、選手の成熟度によって変わっていくのものである。

 コーチの語源は「乗合馬車」であり、選手を目的地に確実に送り届けるのがその仕事だ。選手が駆け出しなら、コーチは寄り添いながら選手を先導し、目的地に向かう。だが、選手が成長すれば、ハンドルを握るのは選手自身で、コーチは助手席でナビゲーターに徹する。

 さらに選手が成長すれば、助手席のコーチは不要となり、ルートの選び方も運転もすべて選手任せ、コーチはピットインの際に助言するくらい。コーチ主導から選手主導へと関係性が大きく転換する。

 筆者はコーチと選手の関係性について、伊達公子を指導したことでも知られる元フェドカップ日本代表監督の小浦猛志氏から詳細に話を伺ったことがある。上の記述は、小浦氏の理論をもとに筆者がアレンジしたものである。

大坂の急激な成長こそ、摩擦の原因か。

 大坂は極めて短い時間で成熟の階段を上り、結果と自信を得て、今は1人で運転席に座る。その成長速度が、サーシャの想定よりかなり早かったのかもしれない。

 自分で問題を解決することは2人の理想だったが、大坂には自分1人でできることが急に増え、にもかかわらず、コーチは以前のまま保護者のように接していた――とすれば、両者の間に摩擦が起きても不思議ではない。

 大坂が自立を強く望めば望むほど、サーシャのアドバイスにも「自分で解決できるのに」と思うことが増えただろう。あたかも親子関係で過干渉が問題になるように、大坂にストレスが芽生えたとは考えられないか。

より自由に。より幸せに。

 今回、押すことも引くこともできるベテランコーチを招く選択肢もあったはずだ。経験豊富な指導者なら、大坂にハンドルを握らせ、遠隔操作のように誘導することもできる。

 だが、自分で道を拓く自信を得た大坂は、より自由にハンドルを操作する選択をしたように見える。

 コーチ交代は大きな選択だった。ただこの決断が、今の大坂の成熟度を示していると見ることもできる。選択が正しかったか正しくなかったかは、本人がこれから答えを出すだろう。

 しかし、このコーチ交代は、彼女の成長が招いたものであったことは間違いない。大坂はサーシャというコーチを卒業したのだ。願わくは、卒業が大坂のさらなる成長を促すものとなってほしい。

文=秋山英宏

photograph by Getty Images


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