隣の兄ちゃん・田澤純一の挑戦。「結果が出ても上がれないのがフツー」

隣の兄ちゃん・田澤純一の挑戦。「結果が出ても上がれないのがフツー」

 ナイトゲーム明けのキャンプ地の朝は、普段より少し、閑散としている。

 3月9日土曜日、シカゴ・カブスはその日、スプリット・スクワッド=地元と敵地で2試合同時開催の日だった。全体練習はキャンセルされ、試合に出ない選手たちにとっては、自主トレーニングの日となった。

 例年よりも雨の多いアリゾナだ。せっかくの抜けるような青空がもったいない。ただし、こんな日でも投手陣は試合に出なくても入念にトレーニングを行い、体のケアをする。彼らは先発ならば中4日、救援ならば中2日で調整してきたため、「やるべきこと」に集中している。

 この日も彼らは、ベースボール・フィールドに挟まれた広大なアップ場に出てきて、キャッチボールを行い、ウエート・トレーニングルームで汗を流した。

 外での動きがなくなったのは、午前11時前後だろうか。そろそろ、こちらも引き上げようかというタイミングで、タオル片手に姿を現したのはJunichi Tazawa=田澤純一だった。

「気になるところ、とかじゃなくて」

 マイナー契約の招待選手としてメジャーリーグのキャンプに参加している田澤は、その時点でオープン戦2試合に登板し、いずれも無失点に抑えていた。

 田澤は誰もいなくなったアップ場を抜け、その向こう側にある無人の投球練習場=ブルペンに歩いていった。もちろん、シャドーピッチングのためだ。

 マウンドの傾斜の低い方から高い方へ。田澤は胸と両足をガバッと開いて、腰の位置を低くキープしながら、しっかりと体重移動をして、腕を振り続けた。

「気になるところ、とかじゃなく、確認です」

 練習後、田澤は言った。額から汗が流れ落ちる。

 たしかに、右投げ投手にとっての軸足である右足に体重がきちんと乗っているかどうか、股関節が使えているかどうかを気にする投手は多い。

「いや、こっち(前足)。前が高い方が動きがどうなってんのか、分かりやすいんです。ちゃんと使えてなければ、うまく投げる動作ができないんで」

 素人には正直分からんなー、と思いつつも、観察だけはする。

自分の骨の位置、姿勢を丁寧に確認。

 田澤は上り坂に向かってシャドーをした後、普通にプレートを踏んで下り坂に向かって投げた。上り坂という名の壁を取り除いたため、同じように強く腕を振ると前のめりになり、駆け出すようなフィニッシュになる。

 ややゆったり目にはいたユニフォームの下で、左の四頭筋がムキっと浮き上がって見えた。

 いつからだろう。例えば大股でステップする自重スクワットを始める前、彼はまるで骨盤の位置を確認するかのような仕草を見せてから、練習を始めるようになった。

「そういうことを考え出したのは、ここ数年です」

 一昨年のオフから、筑波大学で体の動きを考えながらトレーニングしている。正しい姿勢でウェート・トレーニングしなければ、本来の目的とは違った部位が動き、鍛えたい場所が鍛えられない。ウェート・トレーニングの基本であり、大事なことだ。もちろん、トレーニングだけじゃない。効率よく体を使い、しっかりとボールに力を伝える。投げる動作の中にも、それを反映させようとしている。

「そもそもがチゲーんじゃないかと」

「今よりも上に行きたいんで」

 あらためて「向上心」などと書く必要はないだろう。アスリートならば誰もが持つべきモチベーションだ。田澤もまた、2009年に新日本石油ENEOSからレッドソックスに入団して以来、そんな気持ちを持ち続けてきた。

 抑えても慢心せず、打たれたら深く反省する。簡潔に話をまとめ、虚飾的な言葉は使わない。そんな真面目で大人しいイメージはしかし、彼の素顔とは少し、違う。

 普段の田澤には「隣の兄(アン)ちゃん・横浜バージョン」みたいな部分がある。

 たとえば、3月7日のオープン戦でロッキーズを1回ノーヒットに切って取った後、今まで高温多湿のフロリダでしかキャンプを経験したことがなかった田澤に、乾燥した空気のアリゾナでのキャンプについて質問すると、こんな答えが返ってくる。

「そもそもがチゲーんじゃないかと」

 ふふん、と鼻で笑うかのような表情で、田澤はそう言った。「チゲー≒違う」の言い方が、今風といえば、今風だ。

結果と幸運に恵まれる必要がある。

「試合で使う球はサボテンのマーク(アリゾナでのオープン戦=通称カクタス・リーグ公式球のロゴマーク)が入ってるけど、練習のは入ってないんですよ。だから、だいぶ違うんじゃねーかなと思うんです」

 真面目で大人しいイメージと、隣の兄ちゃん風のコントラスト。言わば「緊張と緩和」。それは今の彼が過去にないほど、厳しい状況に置かれていることで、今まで以上に絶妙なバランスの上に成り立っているように見える。

 厳しい状況――。

 マイナー契約の田澤は、単に「結果」を出すだけではメジャーリーグに生き残れない。ベンチ入りの25人枠に入るためには、他の誰かが怪我をするか、去年の田澤のように誰かが不調で自由契約となり、25人枠が空くような「幸運」も必要になってくる。

 メジャーリーグにはそういう選手が数え切れないほどいて、彼らはキャンプ招待選手として「開幕メジャー」を当面の目標としている。その目標を達成できなければ、マイナー契約をし直して同じ球団のマイナーでチャンスを待つか、再びフリーエージェント(FA)=自由契約となって、他球団で出直しすることになる。

「結果を出しても上がれないとか、フツー」

 田澤はしかし、その逆風ですら「厳しい」と思っていないようだ。

「自分にどうにもできないことを考えたって、仕方ないんじゃないすか?」

 隣の兄ちゃん、ではなく、真面目で大人しいイメージそのままの田澤が言う。

 レッドソックスのマイナー時代、「結果」を残しながらもメジャーに欠員が出るまで昇格できなかった。他の誰かが「幸運」を掴むところも、嫌ほど見てきた。

 そんな経験を数え切れないほどしてきただけに、田澤はある意味、とても「打たれ強い」。

「結果を出しても(メジャーに)上がれないとか、そんなのフツーなんで。それに文句を言ってる選手もいるけど、言ったところで上がれるわけじゃないですから。だったら自分のやれることをやってくしかない」

 それに今の田澤にとっては、もっと大事なことがある。

「(勝負に)行くところと、慎重になるところをもっと掴みたい。今は気持ち的に、まだまだいけるのかなと思うけど、打たれ始めるとまたボール、ボールってなってしまうんで、そこは難しいところかなと思う」

アメリカでの開幕まで、あと2週間。

 まずはキャリア最低成績だったマーリンズ時代の「悪夢」を払拭すること。勝負球のフォークボールをバットに当てられ、投げる球がなくなっていく悪循環を断ち切ること。孤独なシャドーピッチングも、体の動きを気にしながらのトレーニングも、すべてはそのためだ。

 自分のピッチングを取り戻すこと。本当の勝負は、そこからなのかも知れない。

「厳しい立場にいるのは分かってるけど、先のことは本当に考えてない。そんなことより、まずはしっかり準備して、自分が投げたい球をしっかり投げるってのが大事だから」

 田澤はオープン戦5度目の登板となった3月17日までの時点で、無失点記録を5試合に伸ばした。三振は2つとも、フォークボールを空振りさせてのものだった。

「(フォークボールは)振ってもらえているんですけど、良いイメージがまだできていないと言うか、結果として、そうなったという感じが多い。今日はボールがすごい滑ってたんで、その中でワンバンを振ってもらえるぐらいの精度で投げられたってのが良かった」

 アメリカ本土でのメジャーリーグ開幕まで、残り2週間足らず。

 メジャー生き残りを懸けた戦いは、続く――。

文=ナガオ勝司

photograph by AFLO


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