「祐希の妹」を脱却し、プロの道へ。東レ石川真佑の笑顔が弾けた1本。

「祐希の妹」を脱却し、プロの道へ。東レ石川真佑の笑顔が弾けた1本。

 少し緊張気味にコートへ。

 見慣れたえんじ色のユニフォームではなく、青とオレンジ、背には「17」の背番号と「MAYU」の文字。スターティングメンバーが会場にコールされ、最後に石川真佑の名が告げられると、会場からも歓声が起こる。

 セッター対角の位置に入り、サーブレシーブに入る。下北沢成徳高校での3年間は、常に世代を代表する選手として注目され活躍してきた石川が、Vリーグの東レアローズでどんな姿を見せるのか。

 多くの期待が集まる中、さっそく洗礼を受けた。

 なぜなら相手は「ファイナル8」という8チームでのプレーオフを全勝、1試合を残してファイナル進出を決めることになる久光製薬スプリングスだ。個人技、組織力も抜群で、特にサーブ力は随一。エリアや選手、狙う場所へ的確に、伸びたり、落ちたり、工夫を凝らしたサーブで東レの出鼻をくじく。

石川が受けたVリーグの洗礼。

 初スタメンの石川がターゲットになるのは、むしろ想定内だ。

 試合開始直後、久光製薬の岩坂名奈が打った1本目のサーブは石川がレシーブし、東レが1点目を挙げる。最初のプレーはそつなくこなすも、1−1で久光製薬のサーバーは新鍋理沙。アンダーハンドでレシーブしようとするも横に弾いて1−2。続く2本目のサーブはオーバーハンドでのレシーブを試みたがそのまま後方に弾き1−3。2本のサービスエースを献上した。

 これから飛び込む世界は、そんなに甘いものじゃない。

 11−15と点差が開いた中盤に交代を命じられたが、下を向くわけではない。新たな未来を切り拓く挑戦はまだ始まったばかりで、いくらでも挽回のチャンスがある。

 そう、あの時とは違って。

春高準決勝、相手は東九州龍谷。

 2019年1月12日。春高準決勝。

 高校生のバレーボール選手ならば一度はその場に立ちたいと思う舞台が春高で、出場することができた選手にとって憧れは、準決勝以降、1面で試合が行われるセンターコートに立つことだ。

 その憧れの場所で、三冠をかけて戦った。

 戦前の予想ではインターハイ、国体を制した下北沢成徳が優勝候補の大本命。それを阻む相手がいるならばおそらく、前年の覇者であり、互いが「ライバル」と認め合う金蘭会だろう。

 だが、そんな両者の前に立ちはだかったのが、東九州龍谷だった。

 かつて何度も全国を制し、多くの選手を日本代表やVリーグに輩出したバレーボール界では名門と呼ばれる強豪校。どちらかといえばスピードやテクニックを武器とするのだが、下北沢成徳との準決勝は明らかに戦い方が違った。ネットに近いところで素早く動いて低いトスを打つ従来のパターンではなく、しっかり下がって助走を取り、高く跳んでボールをハードヒットする。

フルセットまでもつれ込む接戦に。

 下北沢成徳・小川良樹監督が「東九州龍谷が素晴らしいバレーをした」と感服したように、エースの石川に対してもブロック、レシーブを連携させたディフェンスで徹底マーク。ブロックに当てたボールも後方で拾われ、間を抜けばそこにレシーバーがいる。試合はフルセットまでもつれた。

 そして迎えた最終セット。石川がブロックの指先を狙ったスパイクがアウトと判定される。決まった、と思う攻撃が決まらず、相手に得点を与える。

 記録上はたった1点なのだが、石川にとっては重い1点だった。

 結果、セットカウント2−3で敗退。

「負けたくないっていう気持ちもあったし、自分に(ボールが)上がって来た時に『決めなきゃ、決めなきゃ』と思っていたけど決まらない。セットの入り方がすごく大事なことがわかっていたし、みんなが信頼して上げてくれたのに、決めきれなかった。あそこで決められないのが、自分の弱さなんだと思いました」

兄・祐希「僕よりもずっとエリート」

 下北沢成徳に入学前、裾花中でも1年時からレギュラーとしてコートに立ち、長野選抜としても含めれば3度全国優勝を成し遂げた。そこから春高に3年連続で出場し、そのすべてでセンターコートに立った。それだけでも十分すぎるほどの戦績だが、1年時には全国優勝している。

 華々しいでは片づけられないほどの輝かしすぎる実績を持ち、兄で日本代表のエースでもある石川祐希も「妹のほうが僕よりずっとエリート」と評するほど。

 だが、真っ直ぐすぎるほど真面目な性格で、時にそれが仇となったと小川監督は振り返る。

監督も危惧していた“脆さ”。

「(黒後)愛や、(木村)沙織は、いい意味で図太い。だから強いんです。そういう選手にはむしろ、こちらが厳しくハッパをかけながら、時には鼻をポキっと折ることも必要です。でも真佑は違う。中学時代はトップダウン式に『こうしなさい』と言われた通りにやってきたこともあり、とにかく真っ直ぐ、ストレートにすべて受け止めてしまう。実は脆いんです。だから彼女には一度も、厳しい言葉をかけたことはありませんでした」

 勝たなければならない。自分が勝たせなければならない。

 春高が近づくにつれ、過剰なプレッシャーを背負っていることを小川監督も危惧していた。大会中に発熱し、準々決勝まではまともにプレーできる状況ではなかったことも、東九州龍谷戦との最終セットでサーブが入らなくなったことも、すべて「そうなる可能性も含んでいた」と振り返る。

 だからこそ、問われるのはこれから。小川監督はこう言った。

「小学生の頃や中学生の頃、指導者に押さえつけられてきた子供たちは、どうしても人の顔色をうかがいがちです。実際、真佑もそうでした。でも、これからより高いレベルで戦うにはそれでは戦えない。自分で考える力、そういう強さをここからの生活、人生で彼女には育んでほしいです」

成長するために選んだ下北沢成徳。

 いくつも声をかけてくれる学校がある中、石川が下北沢成徳を選んだ理由もまさにそこだった。

「やらされてやっているだけではうまくならないし、成長しないと思ったので、自分でこのプレーができるようになりたい、と思うことをやってみたいなって。成徳は選手自身で考えてやっている印象があったし、バレー自体も中学までは速いバレーだったので、オープンもしっかり打てるようにしたかった。

 自分で考えて動けるようにならないと世界や、この先も通用することはないと思ったし、自分で考える力はここでしか身につけられないと思って成徳に決めました。最後に勝つことができなかったのは悔いしかないけれど、でも、成徳に入ってよかったです」

 高校入学時には23%を越えていた体脂肪率も、3年間のトレーニングと食生活で体も変わり、筋力がついた今は16%をキープ。スパイク時の打力も、強く叩けるようになった手応えがある。

プロ選手としての自覚。

 記念すべきVリーグでの初得点も、まさにそんなスパイクだった。

 3セット目の6−10の場面で黒後に代わって再び石川がコートへ立った。

 前衛に上がり、13−16の場面でコート後方から上がって来た高いトスを、助走でうまくタイミングを合わせながらハードヒットするもレシーブで拾われ、再び返って来たボールを今度はレフトから2枚のブロックに当てて豪快に飛ばし、14−16。

 ようやく、笑顔が弾けた。

 今はまだ“石川祐希の妹”と言われ、大きな大会のたびに「お兄さんからアドバイスはありましたか」と飽きるほど聞かれる。

 だが、高校も卒業し、これからは1人のバレーボール選手として、新生活が始まる。

「私、バレーしかないんです」

「私、バレーしかないんです(笑)。“あそこに行ってみたい”とか“これがやりたい”とか全然思い浮かべられない。この先を考えても、ホントに、どうなるんだろうって(笑)。ずっとバレーをやっているだろうし、出来る限りずっと、バレーをやっていたいです」

 日本一を目指した日々から、次の未来へ。

「いつかは全日本に入ってあのコートで戦いたい、活躍したいという気持ちはあるんですけど、その前にまずVリーグでしっかり活躍して、自分のプレーができるようになりたいです」

 どんな進化や成長を遂げるのか。胸躍らせる日々は、これからだ。

文=田中夕子

photograph by Kiichi Matsumoto


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