ユース出身選手の帰還を実現させた、Jクラブと大学が結んだ10年間。

ユース出身選手の帰還を実現させた、Jクラブと大学が結んだ10年間。

 一度ダメでも、二度ダメでも――。挑戦し続けられる環境が、選手を育てる。

 J1からJ2へ、舞台の格下げとなるオファーを選んだ男は「自分の夢だったから、迷いませんでした」と明言した。昨季、J1湘南で28試合に出場し、ルヴァンカップ優勝にも貢献したMF石川俊輝は、J2大宮へ移籍した。

 迷わなかったのは、10年越しの夢だったからだ。

 石川は、大宮の育成組織出身。2009年、高校3年生の石川は、トップ昇格を目指して大宮ユース(今季から大宮U-18に改称)でプレーしていた。ボランチやセンターバックを器用にこなす選手ではあったが、タフさやプレーの連続性など足りない部分も多く、トップ昇格は叶わなかった。

 しかし、大宮が業務提携を結んでいた東洋大学を経て、湘南に加入。激しい定位置争いと残留や昇格をかけた戦いを通して大きく成長。そして今季、高卒・大卒のタイミングでは届かなかった“古巣”からのオファーを受け、夢を実現した。

選手が成長する可能性を消さない。

 加入後、主軸として活躍している石川は「ユースのときは、トップチームの練習では、まだ自分のレベルが足りないという実感があったし、大学でも関東選抜にすら入れなかった。プレースタイルも、大学までは、のらりくらり。それまでとは180度違うスタイルの湘南に拾ってもらって、慣れるのに2年くらいかかったけど、鍛えていただいた」と10年の変化を語った。

 石川がプロの世界で評価を大きく上げたのは、湘南での5年間だ。大宮ユース、東洋大で機能的なポジショニングを学び続け、湘南で、その力を実戦に生かすために足りなかったものが備わった。選手は、どのタイミングで評価を大きく上げるか、わからない。可能性を消さない環境作りが必要だ。

 ユース時代に全国大会で活躍したキャリアを持っていない石川にとっては、大学が可能性をつなぐ選択となったと言えるだろう。ユースでトップ昇格が見送られた当初は、埼玉県リーグを戦う大学を進路に考えていたという。

 ユース時代の恩師である横山雄次(石川が加入した際は湘南でコーチ。現在は、J3長野で監督)の母校である中央大も考えたが、強豪チームで競争率は高く、輝かしい成績を持つ選手と推薦の枠を取り合っても勝てる確率は、高くないと言われていたからだ。

Jクラブと大学の業務提携、メリットは?

 そんな折、大宮から1つの選択肢を提示された。大宮が業務提携を結んでいた東洋大(当時、関東大学リーグ2部)への進学だった。石川は「提携していなければ、東洋大という選択肢はなかったと思う。アルディージャから指導者が派遣されているから、練習の質は高いだろうと思ったし、スタッフには(ユースを卒業しても)『継続的に見ていきたい』と言ってもらえた。トップチームの練習に参加できる可能性もほかの大学より高いと考えた」と東洋大を選んだ理由を明かした。

 大宮が東洋大と業務提携を結んだのは、石川が高校1年生だった2007年のことだ。東洋大側から指導者派遣の打診を受けたことがきっかけだった。両者の業務提携には、様々なメリットがあった。

 大宮アルディージャの西脇徹也強化本部長は「クラブとしては、指導者が実戦経験を積むチームが増える。ユースの選手にとっては、場所や知名度で大学を選ぶことが多い中、アルディージャのスタイルでやっているサッカーを継続できる場所を作って選択肢の1つとして提供できる。また、東洋大に良い選手が入ってくれば、トップチームで獲得に動きやすくもなる」と提携のメリットを挙げた。

 石川が東洋大へ進学した当時、派遣されていた監督が西脇強化本部長であり、コーチが現ヘッドコーチの原崎政人である。

活動拠点を移転、交流は活発に。

 東洋大は、群馬県邑楽郡の板倉キャンパスを拠点に活動していたが、提携後は埼玉県さいたま市に隣接する朝霞市の朝霞キャンパスに人工芝グラウンドを新設して拠点を移した。大宮ユースが拠点とするNTT東日本志木総合グラウンドと、東洋大朝霞キャンパスは5kmほどしか離れておらず、大宮はユースやジュニアユースの活動でグラウンドを借りられるというハード面のメリットも得た。

 また、距離が近くなったことで、現在も多くのクラブスタッフが大学へ視察に訪れている。試合の際には相手選手も含めて大学サッカー界の情報を収集し、派遣した指導陣とチーム作りや選手育成について意見を交わすことができるからだ。

強化が実り始めた東洋大、プロ選手も。

 大学側にもメリットがある。

 プロの指導を受けられるだけでなく、大宮がスカウト対象としていた高卒選手の情報を得ることが可能になり、よりハイレベルな選手の獲得がスムーズになった。東洋大は、石川が3年生だった2012年に関東大学2部を優勝して1部へ昇格(その後、降格と再昇格を経たが、今季も1部)。昨季は、全日本大学サッカー選手権で初勝利を挙げるなど強化に成功。卒業後にプロへ進む選手も増えている。

 選手にとってのメリットとして、プロクラブの目に留まる可能性が拡大することも挙げられる。石川は、大学4年になる前の春休みに大宮のキャンプに参加したことについて「僕らは当時、関東2部で優勝したばかりで、1部の常連ではないのに、東洋大から数人で参加させてもらった。提携しているから実現したことだと思う。プロのレベルを肌で感じられた経験は大きかった」と話した。

トップ昇格は両想いでもタイミング次第。

 プロクラブにとって理想の育成は、トップチームへの直接昇格だが、それだけが選手育成ではない。高卒で即戦力ではなくても、将来の可能性は秘めている。また、戦力補強の際には、チーム全体の年齢やポジションのバランスを考慮しなければならず、両想いでも、タイミングが合わないこともある。

 大宮は、2014年シーズンに東洋大から石川と同期のDF藤井悠太(横浜FC)を獲得しているが、このときは、センターバックが補強ポイントだった。

「高卒、大卒でタイミングが合わなくても、頑張り続けて成長した選手に声をかける可能性はあるし、常に気にかけている。一方で、私たちは、声をかけたときに『行きます』と言ってもらえるクラブであり続けないといけない。グラウンドとかクラブハウスだけでなく、多くの選手と『人が関わり続けている』環境作りをクラブ全体でやっていくべき」

 今季、大学時代の教え子である石川を即戦力として獲得した西脇強化本部長は、東洋大との提携を含め、クラブとして幅広い選手育成を行う意味を訴えた。

石川は育成選手たちの希望。

 大宮にとって石川の台頭と帰還は、東洋大と提携し、より多くの選手に目を配り、可能性を広く与えたことのひとつの成果だ。

 今季のJ2開幕前、オレンジのユニフォームを身にまとい、本拠地のNACK5スタジアム大宮でファン、サポーターの声援を受けてプレシーズンマッチを戦った石川は、当たり前のことを聞かないでほしいと言わんばかりに「そりゃ、張り切りますよ」と笑っていた。

 彼の姿は、育成年代の選手にとって希望にもなる。

 石川は「ジュニアユースやユースでくすぶっていても、エリート街道を通っていない選手でも、表舞台に立てる可能性があるということを、僕は示していかないといけない。誰がどこで見てくれているか分からない世界だから、試合に出られないときの練習や、練習試合で腐ってはいけない。まだ目標となるレベルにはなっていないけど、そういう道を示していけるように頑張りたい」と覚悟を示した。

 ユースから昇格できなかった選手が、即戦力に成長して帰ってきた。その背景には、クラブ、選手の双方が可能性を捨てずに追い続けてきた軌跡がある。

文=平野貴也

photograph by J.LEAGUE


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