日本ハム広報が王柏融取材で接した、台湾メディアの情熱と温かなお礼。

日本ハム広報が王柏融取材で接した、台湾メディアの情熱と温かなお礼。

 なじみのないパイナップルケーキを一生分、堪能したかもしれない。年明けから、ラッシュのように頂戴する機会に恵まれた。今では、甘酸っぱい思い出である。

 台湾では、そのスイーツを「鳳梨酥」と記す。定番中の定番の手土産だそうである。

 プロ野球の開幕に合わせて、大挙して海外メディアが北海道を訪れた。3月29日からの札幌ドームでの開幕カード、オリックス・バファローズ戦。台湾から10人以上のメディアが、慣れない極寒の地まで足を運んでくれたのだ。

 お目当ては、王柏融(ワン・ボーロン)選手である。

 中華職業棒球大聯盟(CPBL)で打率4割超、首位打者、MVPを2度ずつ獲得し、三冠王も1度達成。25歳の若さで、台湾球界NO.1の注目選手となった英雄の新天地でのスタートを、詳報するために来道した。

「ボーロン」語りが止まらない。

 一番乗りした新聞社は、開幕2日前の練習取材から参戦した。その記者とカメラマンのコンビは気合十分だった。開幕当日には、台湾でも1面で準備していることを教えてくれ、発行を予定している紙面を少しだけ見せてくれた。

 見慣れた日本のスポーツ紙とは違う独特のデザインとレイアウト。ベテランの男性カメラマンは「台湾のみんなが注目しているんだ。彼は、これくらいすごいんだ」と、少し自慢げだった。微笑ましかった。

 報道陣の方々は、皆が「ボーロン」と呼んでいた。その口調や語感には、確かな愛情と思い入れが潜んでいた。誰もが「ボーロン」を語り出すと、止まらない。そして、うれしそうである。台湾の誇りなのだ、ということを、こちらもあらためて認識したのだ。

 開幕戦当日。試合前にも、心がほっこりするようなシーンを目にした。2019年シーズンの記念すべき節目の一戦の来場者を入場時、球場の各ゲートで選手が手と手を合わせて出迎えるハイタッチセレモニー。王選手も参加した。広報として台湾のメディアの方々を、実施場所へと事前に誘導した。

女性記者が王のグッズを……。

 札幌ドームの球場内には、いくつかの巨大なコンクリート造りの柱がある。そこに選手がデザインされている。セレモニー対応をするゲート近くで、王選手をモチーフにした1本を見つけると、台湾メディアの方々は代わる代わる記念撮影である。

 照れることなく、恥ずかしがることもなく皆、笑顔で収まっていた。

 女性記者の1人は、その足で近くにあるグッズ販売エリアへ。わずか1分足らず、だっただろう。即断で、王選手のグッズを1万円分ほど数点、購入したのである。

 大げさではなく、私が目にしてきた経験の中でもトップクラス、胸がすくような「衝動買い」だった。そんな行動の1つをとっても、王選手への思い、期待がにじみ出ていた。こちらも手に取るように、分かった。再認識した。

陽岱鋼との縁で親交のある記者も。

 私がスポーツ紙の記者時代、少しだけ親交があった記者の方々も同行しており、再会した。読売ジャイアンツの陽岱鋼選手関連や、また国際大会の際によく現場でお会いしていたのだ。そんなキャリアのある記者のほか、また王選手と同世代の記者、カメラマンの方々も多数いた。

 現在はインターネットなどの環境が整った情報社会。台湾にいても試合の詳細などは収集できるが、わざわざ来日してくれていた。それほど王選手は大きなトピックであり、また各社も正当な価値判断をして、日本での現地取材を選択したのだろう。

 多くのメディアの方々は、その3連戦だけで台湾への帰路に就いた。

 開幕2カードを終えると、その姿はなくなった。日本のメディアは大リーガーを1年間、ほぼ密着するのが担当記者らのオーソドックスなスタンスである。台湾では、その慣例の有無は分からないが、節目だけを取材して、まず一区切りをつけたのである。

 次回の来日取材のタイミングはあるのかと問うと「分からないです。何も決まっていません」と、少し寂しそうだった。

栗山監督や中田らにもアタック。

 精魂込めた、歴史的な海外取材。米国での日本人記者も同じだろうが、懸命で粘り強かった。栗山監督へ、王選手に関する取材機会を要請して、連日アタックしていた。面識がない中田翔選手や近藤健介選手にも、ぶつかっていった。王選手に関する記事、ニュースを台湾へと届けるために、全力だったのである。

 開幕戦。王選手はスタメンで出場したが、無安打だった。台湾メディアの方々も、少し気落ちしているように見えた。2戦目。初安打をマークすると、報道陣の雰囲気はやわらいだ。

 クライマックスは3月31日の3戦目。王選手は適時打を放ってヒーローインタビューに登場した。札幌ドーム、ほぼ満員に埋まったスタンドを見渡しながら、北海道のファンの方々へ挨拶代わりのお披露目である。台湾メディアの方々、そして王選手の関係者が、じっとグラウンドレベルでその勇姿を見ていたのが印象的だった。

 メディアにとっても翌日、台湾へと戻る前に、最高の舞台だっただろう。現地では各紙が大きなスペースを割き、その中心で王選手が躍っていた。王選手が見どころのある活躍をしてくれ、広報という立場としては、ホッとした。活躍に比例して原稿量などの仕事の負荷はあっただろうが、それも幸せな大変さだっただろうと推察した。

沖縄キャンプで始まった関わり。

 少し、話を巻き戻す。

 台湾メディアの方々との関わりは、春季キャンプから本格化した。米アリゾナ州での1次キャンプを終え、沖縄入りすると多数、訪れた。

 私は英語が拙いため、堪能なA広報が英文の取材申請に丁寧に対応。全力で取材を希望してくる先方に、最前線でA広報は全力で対応してくれていた。可能な限りリクエストにも応え、対処していた。またビジターでの練習試合、オープン戦では、相手球団の広報の方々にも、快く受け入れてもらった。

 そんな思い出が、開幕3連戦を終えると甦ってきた。

広報部に届いたお礼のメール。

 台湾に戻った後、広報部に数通メールをいただいた。お礼の言葉が添えられたメッセージだった。札幌ドームに訪れてくれた台湾メディアの方々からだった。取材現場でも、とても律儀で礼節があった。

 2月からお土産でパイナップルケーキを数え切れないほど、いただいた。開幕から10試合以上経過した今、甘酸っぱい思い出である。

 台湾メディアの方々の情熱に触れ、また伝え聞いた台湾での熱狂ぶりを聞き、王選手の存在意義をあらためて理解した。

 ファイターズというチームにも、選手にも溶け込んでいる。周りからも能力だけではなく、人間性も認められ、生き生きとプレーをしている。CPBLから海外移籍制度を行使しての日本球界移籍は初めての挑戦であり、価値がある。

 台湾の誇りである「ボーロン」を、スタッフも一丸でサポートしていくのが2019年の使命の1つである。

文=高山通史

photograph by Kyodo News


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