平成28年、川崎宗則は野球を愛し、成長する喜びを全身で感じていた。

平成28年、川崎宗則は野球を愛し、成長する喜びを全身で感じていた。

平成の30年間、野球取材の最前線に身を置き、「Sports Graphic Number」に寄稿を続けてきた石田雄太さんが、これまで手がけた作品を「1年1人」のコンセプトでピックアップした『平成野球 30年の30人』が発売中。今回は、その30本の中から平成28年(2016)の作品を特別公開する。
その溌剌としたプレーと底抜けに明るいキャラクターで、野球界の「太陽」のような存在だった川崎宗則。イチローを追いかけてメジャーリーグに移籍してもその姿勢は変わらず、現地のファンにも愛された“ムネリン”は、アメリカで「自分の知らなかった野球」に触れた喜びを率直に語った――。(Sports Graphic Number903号 収録)

 マイナーリーグの日程は過酷だ。

 20連戦と20連戦の合間の貴重な休日を前に、川崎宗則は3Aアイオワ・カブスのチームメイト、一人一人にメールを送った。

「今度の休み、みんなで食事に行こうぜ。タコマのレストランで、午後6時に!」

 ワシントン州タコマ。シアトルから車で1時間ほど南へ下ったところにあるこの街には、マリナーズの3A、タコマ・レイニアーズが本拠地を置いている。川崎はかねてから、この街へ遠征に出向いたタイミングで休日があることを見据え、チームディナーを主催しようと目論んでいたのだ。

「タコマには美味しい日本食のお店があるからね。そこにみんなで行きましょう、ということ。久々の熱燗、楽しみだね」

「英語? わかんないよ(笑)」

 そんな川崎の誘いに応じて、仲間が次々とやってくる。テーブルを囲んで座敷の掘り炬燵に座ったのは、全部で11人。中には、約束があってすでに食事を済ませたのに「カワが誘ってくれたから」とやってきた選手もいた。「スシを食べに行くなんて聞いてない、おかげでランチにスシを腹いっぱい食べちゃったじゃないか」と、冗談半分、川崎に絡む選手もいる。チームメイトには元阪神のマット・マートンもいて、そこだけは関西訛りの日本語が飛び交うものの、それ以外はすべて英語でのやり取りだ。そして英語ができないはずの川崎は、なぜかいつも会話のど真ん中にいる。

「英語? もちろん何言ってるか、わかんないよ(笑)。おれ、人の話を聞くのは好きだからちゃんと理解したいって思うんだけど、訊かれたことに対してちんぷんかんぷんなことを答えたりもしちゃう。でもそうやって一緒にメシを食ってると、いつの間にか2、3時間は経ってるんです。だからけっこうわかり合えてると思いますよ」

 改めて、たいしたものだと思う――。

 日本から来た選手が、英語に自信もないのにアメリカ人のチームメイトを食事会に誘うなんて話は、聞いたことがない。アメリカ人の選手たちに囲まれて、川崎はホストとしてみんなを盛り上げていた。速射砲のような英語が川崎に浴びせかけられる。川崎は相手の目をじっと見ながら話に聞き入り、絶妙のタイミングで合いの手を入れ、何やら返事をする。そこでドッと笑いが起こった。確かにわかり合えているようだ。

いつのまにか川崎が祝われていた。

 やがて、店の人がでっかいケーキを運んできた。つられてみんなが“Happy Birthday”を唄い出す。今日はいったい誰の誕生日なんだと訊かれた川崎は、こう言った。

「今日はジョバンニのバースデイだよ」

 チームメイトの一人、ジョバンニ・ソトがちょうど食事会の日に誕生日だということを知り、川崎はサプライズのお祝いをしようと店にケーキを発注した。しかし残念ながら、ソトはこの日、不参加。するとマートンがすかさず川崎に突っ込んだ。

「カワサキさんのタンジョウビ、めっちゃ近いでしょ。OK、じゃあ、今日はカワサキさんの誕生日をお祝いしましょう」

 用意されたパーティハットをかぶって、川崎はマートンのノリに付き合う。いつしかその日は半月先の川崎の誕生日を祝うという、摩訶不思議な食事会になっていた。

「カブス、よう、おれを獲ったな」

 アメリカの野球に身を投じて5年目。

 川崎が5年連続でマイナー契約を交わしたことも驚きなら、5年連続でメジャー昇格を勝ち取ったことも異例だ。とかく誤解されがちだが、アメリカでメジャー球団とマイナー契約を交わすことは決して容易なことではない。まして若い選手の台頭が後を絶たないこの世界で、30歳を過ぎてからの5年連続でマイナー契約のオファーがあった事実は、川崎の評価がいかに特別なのかということを物語る。カタコトの英語でも物怖じせず、むしろ積極的に仲間の中へ飛び込み、チームに一体感をもたらす川崎の得難いキャラクターが彼の評価を高めていることは間違いない。カブスとのマイナー契約を交わした直後、川崎はこんなふうに言って、おどけていた。

「カブス、よう、おれを獲ったな。目のつけどころは悪くないぞ、カブス(笑)」

 今シーズン、開幕から快進撃を続けるカブスの内野陣には役者が揃う。去年の新人王を獲得したサードのクリス・ブライアントは24歳、ショートを守るアディソン・ラッセルは22歳。セカンドのベン・ゾブリストは35歳だが、同い年の川崎が「おれが目指すべき」だと言って憚らない、スキのない選手だ。とはいえシーズンが始まればブライアントは外野を守り、ゾブリストは内外野、どこのポジションもこなす。マイナーでショートを守る川崎にもメジャー昇格のチャンスがないわけではない。

「でも、おれはチームに合わせないよ。カブスがおれという選手を必要とすればいいだけの話で、おれは一人の選手として野球技術を磨いて、上手くなる努力をするだけ。時が来たらメジャーに呼ばれることもあるだろうし、マイナーでずっとプレーしているかもしれない。『たくさん試合に出られるのになぜ日本じゃないの』とか『なぜマイナー契約なのにアメリカなの』ってよく訊かれるんだけど、マイナーでもメジャーでも、おれ、毎日、試合には出てるからね。メジャーが野球で、マイナーが(実家が営む)電気工事なら、そりゃ、メジャーへ行きたいって必死になるけど(笑)、メジャーもマイナーも、どっちも野球だからね」

体が違うから、ではない。

 日本の球団からの誘いに応じれば今の10倍の年俸を手にしてもおかしくないのに、FA権を手にした川崎は、あえて茨の道を選んできた。そうまでして彼がアメリカにこだわる理由は、じつにシンプルだ。それは、日本では教わったことのない野球がアメリカにあったからだ。今まで知らなかった野球に出会い、勉強するうちに、もっともっと野球が上手くなりたくなった。川崎の中にあるのは、その一念だけだ。

 たとえば、アメリカにはこんなプレーがある。三遊間の深いところのボールを逆シングルで捕る。一塁へは下からのランニングスローで投げるか、あるいは体をひねりながらのジャンピングスローで投げる。そこで川崎は疑問を抱く。あんな投げ方でなぜあそこまで強いボールが投げられるのか。日本にいたときの川崎なら、『アイツらは肩が強いから』『体が違うから日本人にはムリだ』と思い込んで、諦めていた。

 しかし、そうではなかった。

 アメリカの野球がそのプレーを可能にするのは、肩の強さのせいでも体つきのせいでもない。いかに体を上手く使えるか。いかにそういう捕り方や投げ方が子どもの頃から体に染みついているか。その違いなのだということに川崎は気づいたのだ。

「メジャーの選手はリストが強いとか身体能力が違うとか、それ、違うよ。騙されたらイカンです。日本人は大きな勘違いをしています。メジャーから帰って来た先輩たちも言うもんね、『明らかに違う、無理だ』って……だからおれも最初はそう思ってた。でもやろうかなと思って1年経つと、100回のうち2回はできるようになる。もう1年経つと、50回のうち3回はできるようになるんです。ずっと日本の考え方でプレーしてきていきなりは変われないけど、5年かかって、やっとポコポコと脳みそが沸騰し始めた。今までの固定観念が崩れてきて、新しいプレーをするための脳みその改修作業がついに始まったんです」

日本ではしない練習がある。

 さらに日本では、強いボールを投げるには上から、ボールにスピンをかけて、タテ回転で、と教わる。しかし川崎は、下から投げても横から投げても、タテ回転のボールは投げられるのだと言った。

「日本では下から投げる練習はしない。タテ回転が大事だって教わります。でも、下にも横にも縦があって、どこからでもタテ回転のボールは投げられるってことを、おれはアメリカで覚えました。これは技術の一つとして、もうおれの辞書に書いてあります。何しろ、呪文を覚えるかのように何度も何度も脳みそに言い聞かせたからね」

 逆シングルでゴロを捕ったあと、日本ではグッと踏ん張って、力を入れて上から投げる。しかしアメリカでは逆シングルで捕ったあと、踏ん張る間もなく投げる。もちろん上からとは限らない。横からでも下からでも、ときに走りながら、あるいは飛び上がりながら、臨機応変に一塁へ投げる。しかも力を入れるのではなく、力を抜いたほうが強いボールが行くのだという。

脳みそを騙して、力を抜く。

「だから、脳みそを騙さなきゃならんのです。たとえば身体を鍛えることで、おれは強いと脳みそに思い込ませれば、力を抜くことができるようになる。鍛えて身につけた力を使うんじゃなくて、その力をいかに使わないようにするか。力を抜くために、力をつける。それを脳みそに教える。アメリカでのプレーは、そういう考え方が大事になってくるんです。じゃないと、勝てない。プロ17年目、今年、35歳になるけど、今、野球がめちゃくちゃおもしろい。やっとここまで来た。やっと閃いた。捕ったあとに力を抜く。これができる脳みそになれば勝ち。それは日本では誰からも教わったことはなかったし、おれがアメリカの野球に教わったことです。だから、もっと早く来たかったし、もっと早く知りたかった。子どもの頃からアメリカでプレーしてたら、おれ、どんな選手になってたんやろ(笑)」

 川崎が今、マイナーで守っているのはショートだ。ノックを受けるときも、試合でショートゴロを捌くときも、捕ってからが早い。サッカーで言うところのワントラップがないのである。ノートラップで、ポンと送球が出てくる。だからと言って闇雲に投げているわけでもなければ、フワッとした送球になるわけでもない。カベにボールが跳ね返るが如く、捕った次の瞬間、強い球を一塁へ投げている。もしこの5年を日本で過ごしていたとしたら、こんなプレーができるようになっていただろうか。

アメリカで野球をやりたかった理由。

「どうだろう……上手くなってるのかな。うん、間違いない。おれ、5年前より今のほうが上手いよ。この5年間、自分の価値観をいっぱい壊してきたからね。日本での12年間、当たり前だと思っていたベストのプレーは、どれもベストではなかった。なのに、これがベストだと脳みそに深く刻み付けられているから、それを上書きするのは難しかった。でも、だからこそ、おもしろいんだよね。そういう難しさ、おもしろさも、おれがアメリカで野球をやりたいと思う理由の一つなのかもしれないね」

 今シーズン、開幕をマイナーで迎えた川崎は4月8日、開幕からわずか4試合目でのメジャー昇格を果たした。その前日、外野手のカイル・シュワバーがケガをしたためで、川崎は5年続けてマイナー契約からのメジャー昇格を勝ち取ったことになる。

自分に降格をつげた監督にワインをねだる。

 4月10日、フェニックス。

 川崎はダイヤモンドバックスとの試合で代打に起用され、いきなりライト前へヒットを放った。そして、すかさず盗塁を決める。まだ、ほんの2カ月前の出来事だ。

「ヒット? ああ、そういえば打ったね。忘れとった。そうそう、ライト前にね。そんな昔の話、忘れたわ。昨日の試合のことならよく覚えているんだけどね」

 メジャーの試合のベンチに入ったのは結局、6試合。出場したのは、代打での2試合だけ。4月14日の試合後には、ケガで出遅れていた内野手のハビアー・バエズがメジャーへ昇格してきたため、川崎はふたたびマイナー行きを通告される。

「試合後、(ジョー・マドン)監督に呼ばれて、『他の選手が上がってくるから、明日からマイナーへ行ってくれ』と……だから『わかりました』と答えました。それだけ。ああ、そういえば監督が美味そうなワインを飲んでたから、『一杯、下さい』と言ったな。『おお、そうか、飲むか』って注いでくれたんで、監督と乾杯して、一緒にワイン飲みました。『マイナー行ったらまたスタメンだよ』とか言ってね。『荷物まとめて飛行機乗るのはめんどくさいなぁ』とか、そんな話もしたかな(苦笑)」

酒がすすむ野球選手、という理想像。

 メジャーの移動はチャーター便で、選手のバスは飛行機のタラップに横づけされる。しかしマイナーの飛行機での移動は民間機で、乗り継ぎは当たり前。荷物は自分で預け、セキュリティチェックにも並ばなければならない。しかもホテル住まいの川崎は、すべての私物をスーツケースに詰め込んで遠征先まで持っていくため、野球道具とあわせて大荷物になってしまう。簡単に「マイナーへ行け」と言われるのだが、シカゴとアイオワの距離を考えれば、いちいちストレスのたまる小旅行にならざるを得ないのだ。それでも彼は淡々と非情の通告を受け入れ、翌朝には機上の人となる。

「毎日毎日、高級料理を食いたいとか、高い時計が欲しいとか、豪邸に住みたいとか、そういう欲が、おれにはない。野球ができりゃ、それでいいんです。プロなら給料の高いところに行くべきだという価値観があるのはわかるけど、おれは自分の価値観と向き合った結果、やりたいことをアメリカで見つけたから、そこでやってるだけの話。みんながみんな、一緒じゃない。おれみたいな男がいてもいいじゃないですか」

 去年の5月、川崎は3Aバファロー・バイソンズの試合で、頭にデッドボールを受けた。そのときに生死を彷徨うことになって、彼は人生観が変わったのだと言った。

「野球をやっていると死ぬこともある。おれはそういうところでプレーしていたんだと初めて感じました。35歳になって、もっと長くプレーしたいなんて、おこがましい。これからはいつケガをしてもおかしくないというところで戦わなくちゃいけないし、その覚悟を決めて、ケガを恐れずにプレーするつもり。プロ野球は見世物なんだから、ケガも酒のつまみになるんだよね。選手がケガをしても、すげえプレーだったなと思ってもらえれば、酒がうまくなる。おれも、『今のムネのプレー、すごかったな』とか言いながら、どんどんうまい酒を呑める、そんなつまみでありたいね(笑)」

 目指すのは、酒がすすむ野球選手。

 いい塩梅に酔えるのは酒のせいか、つまみのおかげか。新たな境地を切り開いたアメリカ仕様の川崎宗則のプレーは、観るものを心地よく酔わせてくれるはずだ。

文=石田雄太

photograph by Mami Yamada


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