イチロー、意外すぎる告白。「負けてばっかりでした」

イチロー、意外すぎる告白。「負けてばっかりでした」

「死ぬときは笑って、というのが理想でした。でも、そんなこと、とてもできることじゃないとも思っていました。母国で最後のときを迎えて、本当に笑って終わることができた。あのとき、東京ドームにいたみんながそうさせてくれたんです」

 引退は野球選手としての死だと表現してきたイチロー選手は、3月21日に東京ドームで迎えた「死」を、今、どう捉えているのか――。Number976号「<完全保存版>イチロー戦記。1992-2019」に掲載されている21ページにわたるロングインタビューの中で、彼はこの質問にそう答えた。

 引退直後、小誌の求めにすぐに応じてくれて実現したインタビューが行われたのは、3月29日、シアトル。活字メディアでは引退後初の独占インタビューとなった。表紙を飾った撮り下ろしポートレートの撮影の様子を振り返りつつ、そのほんの一部を紹介したい(以下、<>内は、石田雄太氏執筆のインタビュー「長き戦いを終えて」からの抜粋)。

撮影場所は、シアトル郊外の公園。

<――現役を引退してから、どのような時間が流れているんでしょうか。

「時間に追われることのない、そんな時間が流れています。それと、シアトルに戻って2日目だったかな。寝違えちゃったんです。朝、起きたら首が痛くて。もし引退していなかったら、毎日が憂鬱で仕方がなかったと思います。もちろん痛みがあるから気にはなりますが、それでも、今までのように考えなくてもいいんだと思ったとき、改めて引退したことを実感しましたね」>

 イチローさんは引退後もトレーニングを続けている。当日、撮影場所として指定されたのも、普段ランニングを行っているという、シアトル郊外の公園だった。

 まだ現役感バリバリのスーパースターは、スーパーカーに乗って颯爽と我々の前に現れた。身に着けているのは、青のトレーニングウエアの上下。すぐに撮影が始まった。広い草地を駆け上がる姿を、前から、次は横から、シャッターを切る。いいね! いいね! 正面からまっすぐこちらに歩いてきてもらい、最後はピタッと止まって、笑顔も、ハイ!――ほんの十数分だったろうか。どのポーズも「決まってる」としかいいようがないショットが、次々とカメラに収められた。

「最後のヒット」は撮れなかった。

 3月14日発売の「イチローを見よ」、3月28日発売の引退緊急特集「イチローを見たか」、そして引退特集決定版の「イチロー戦記」。小誌史上初となる3号連続同一アスリート特集で、3号連続表紙を撮った佐貫直哉は、イチロー選手をデビュー以来ずっと撮影し続けてきた小社のカメラマン。ただ、佐貫カメラマンが撮りたかった「最後のヒット」は、東京ドームではついに出なかった。

<――それにしてもこの春は、あれほど当たり前のようにヒットを量産してきたイチローさんに1本のヒットがなかなか出ませんでした。改めて、ヒットを打つことの難しさをどんなふうに感じていましたか。

「ヒットを打つこと、これが難しいのは、(首位打者を大前提にされた)1995年以降、ずっと変わらないことです」>

「今回も、負けました」

 イチロー選手がNumberの表紙を最初に飾ったのも、1995年の9月に発売された376号。イチロー選手に牽引されて同年リーグ優勝を果たすことになるオリックスブルーウェーブを初めて特集した一冊だった。21歳の初々しい表情が印象的なこの表紙から24年、メジャーでは過去誰も成し遂げていなかった10年連続200本安打をクリアし、2004年には262本のヒットを打ってシーズン最多安打記録を更新。WBCも連覇を果たすなど、勝ち続けてきた。だが……。

<――イチローさんは戦わなければならなかった戦いにはすべて勝った、という感覚をお持ちなんでしょうか。

「まったくそんなことはありませんし、今回も、負けました」

――今回?

「はい、この戦いに負けたから引退したんです。負けて終わりました」

――それはこの春、結果を出さなければ東京ドームのあとのシーズン、メジャーに残れなかったというところを指しているんですよね。

「そうです」

――負けたと感じたのは初めてですか。

「そんなわけありません。負けてばっかりです。ただ、負けてもそのあと向かっていって、その負けを覆してきました。でも今回は最後まで戦いましたが、結果で(東京ドームの開幕シリーズ後のメジャー契約を)勝ち取ることができなかったんですから、戦いとしては負けです」>

「言葉を発する前に、まず自分を作れよ」

 この直後に語られるもう1つの「負け」とは? WBCで味わった「恐怖」とは? 28年間の野球人生の中で戦い続けてきた「敵」とは? そして、自分の一番の「才能」とは――。ヒットメーカーの胸の内にあった想いが、読む者に衝撃と感慨をもたらす言葉として、次から次に現れてくる。

<――では、野球をやめた今、鈴木一朗さんはカタカナのイチローさんに対して、どんな言葉をかけたいと思いますか。

「僕がこれほど幸せな最期を迎えられたのは、カタカナのイチローが初めてアナウンスされたとき、みんなに笑われたからだったと思うんです。あの屈辱がなければ、最後の東京ドームで試合後、みんなが帰らずに待っていてくれたあの瞬間はなかったのではないでしょうか」>

 話題はさらに、弓子夫人との秘話や、引退会見で「3000個握らせてあげたかった」というおにぎりの具、英語と日本語、思わず泣いてしまった動画など、本当に多岐に及んだ。

 プレーのみならず、言葉でも圧倒的な存在感を示してきたイチロー選手。その力をこのインタビューでも改めて見せつけられた恰好だが、では、彼が言葉を発するときに、大切に考えていることとは何だろうか。

<「同じ言葉でも、誰が言っているかによって意味が変わってきます。だから、まず言葉が相手に響くような自分を作らなければならないと考えています。今は言葉を発することが先になってしまっている時代のように見えますが、言葉を発する前に、まず自分を作れよって思います。そうすれば自分なりの言葉が出てくるはずだし、人が聞いたときの伝わり方がまったく違ってくるはずです。だからまずは黙って、やること。言葉を発するのはそのあとでいいんです」>

文=宇賀康之(Number編集長)

photograph by Naoya Sanuki


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