イチローが驚いた雄星の“大物ぶり”。あの「ジャージ事件」の真相は?

イチローが驚いた雄星の“大物ぶり”。あの「ジャージ事件」の真相は?

 イチローさん引退から1カ月。

 あらためて、日々の取材機会を失い、思うことがある。

『彼ほどに、言葉のひとつひとつに重みのある野球選手はいない』

 そんな時のことだった。

 4月11日、カンザスシティ。

 試合後のクラブハウスで菊池雄星に岩手県の後輩、県立大船渡高校の佐々木朗希投手が高校生最速の163キロを投げたことについて聞いた。映像を見たという彼は興奮気味に話し出した。

菊池が表現した岩手の文化。

「見るでしょう、あれは。やばいですよ。怪物(の表現)を(みなさん)使っちゃダメですよ。彼が基準になると誰にも使えなくなる。なんか新しい名前を考えてください。(安易に)怪物ばかり使うとお化け屋敷になっちゃう」

 怪物からお化け屋敷につなげる発想に大笑い。

 とはいえ、菊池も花巻東高校時代には最速155キロを誇り「みちのくの怪腕」、「モンスター」と呼ばれた。その彼から始まった大谷翔平、佐々木朗希と続く同郷の系譜について、菊池はこんなことを言った。

「花と一緒です。環境が育てる。周りの人たちが温かく見守ることで育てられるんです。そういう文化が岩手県にはあるんです」

 陽を当て、水を与え、愛情を注ぐことで美しく咲く花と岩手の県民性を重ねあわせる秀逸な表現力。

 昨今の岩手県の野球の先駆けとして、今の流れを作ったのは菊池自身であろう。選手の発する言葉には残してきた結果が大きく関係するのだとあらためて感じさせられた。

イチローが驚いた菊池の“大物感”。

 さて。この春、短い間ではあったが、イチローさんと菊池雄星の掛け合いには随分と楽しませてもらった。そのイチローさんが東京の引退会見で菊池へ残した言葉があった。

「いろんな選手を見てきたんですけど、左投手の先発って変わっている子が多いんですよ。本当に。天才肌が多いとも言える。アメリカでもまあ多い。でも、こんなにいい子がいるのかなって感じですよ、今日まで」

 褒めているのか、そうでないのか。どちらともとれる。この流れは最後まで続いた。

「キャンプ地から日本に飛行機で移動してくるわけですけど、チームはドレスコード、服装のルールが黒のジャージセットアップでOK。長旅になるから大丈夫ということで。『雄星、おれたちどうする?』って。アリゾナを発つときはいいんだけど、日本に着いたらさすがにジャージはダメだろうってふたりで話していたんですね。『イチローさんどうしますか?』って聞いてきたんで、僕はまぁ、『中はTシャツだけどセットアップでジャケット着ようかな』と。そしたら『僕もそうしようかな』と。そう言ってたら、まさか羽田着いた時にアイツ、ジャージでしたからね(笑)。いや、こいつ大物だなって。ぶったまげました」

「完全に僕のミスです……」

 菊池は憧れの大先輩との打ち合わせを反故にしたと言うことなのか。シアトルに戻り、早速に聞いてみた。すると彼は汗をかきかき、こう言った。

「それを話すと10分くらいに……。後ほどゆっくり……。完全に僕のミスです……」

 ならばと、あらためて遠征地シカゴで話を聞いた。今度は頭をかきかき、「言い訳なんですけど……」と切り出し、真相を話しだした。

「最初にイチローさんと服装の話をしたのは東京への移動日の前日だったんです。僕、キャンプ地にジャケットを持っていってなくて。次の日がお昼集合だったので、午前中に買いに行けばいいと」

 キャンプ地ピオリアには百貨店などない。唯一あるのは全米チェーンのディスカウントストアとして知られる「ターゲット」。メジャーリーガーにふさわしい店とは到底思えないが、彼はその中から最良と思える一枚の黒いジャケットを選び、ご満悦だった。

「60ドル(約6600円)だったんですけど、50%オフで30ドル(約3300円)だったんです。ラッキー!と思いました」

 話す表情は無邪気そのもの。スーツケースの中に自らしまい込んだというが、これが最初の過ちだった。

革靴は超高級ブランド。

 不思議なことに、ジャケットは持っていないのに、彼は靴だけは持っていた。しかも、「ベルルッティ」。超高級ブランドだ。

「メジャーの移動はドレスコードがあるじゃないですか。だから、そのために思い切ってキャンプに来る前にシアトルで買ったんです」

 ベルルッティは米国でも1足2000ドル(約22万円)はくだらない。とにもかくにも、これで準備は整った。イチローさんとの約束は果たせる。黒のジャージ上下と野球帽で機内に乗り込んだ菊池は安心して爆睡した。だが、これがまた、いけなかった。

ジャージ事件の真相とは……。

 日本が近づき、ジャージから正装に着替えようとして鏡を見ると、髪の毛はクチャクチャ……。

「まるでゲームで投げた後みたいな髪になっていました」とは菊池。野球帽をかぶったまま長時間寝ていれば当然か。更に追い討ちをかけたのが先のジャケットだった。

「スーツケースに突っ込んだのがいけなかった。シワだらけでこっちもグチャグチャでした」

 30ドルに1度は喜んだものの、その代償は大きかった。その中で靴だけはおニューのベルルッティが燦々と輝くトリプル・アンバランス。イチローさんとの約束は守れない。断念した菊池は、ならば、せめて、と考えた。

「イチローさんに見つからないようにひっそりと飛行機から降りたつもりだったんですけど、全バレでしたね(苦笑)。どこから見てたんでしょうか。さすがイチローさんです」

 イチローさんは会見で言った。

「本人には聞いていないですけど、その真相は。何があったのかはわからないですけれど、やっぱり左投手は変わったヤツが多いなと思いました。スケール感は出てましたね。頑張って欲しいです」

 イチローさんの言う通り、確かに「いい子」であり「大物」と感じるが、“ジャージ事件”の真相を知れば「変わったヤツ」と言うよりは「詰めの甘さ」が残る「かわいいヤツ」。

 そんな印象を受けた。

文=笹田幸嗣

photograph by Kyodo News


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