犬連れ登山がネット上で賛否両論。現場任せの行政に問題意識はあるか。

犬連れ登山がネット上で賛否両論。現場任せの行政に問題意識はあるか。

 今年3月、ひとつのニュースがネット上で話題になった。ヒマラヤのバルンツェという標高7129mの山を目指していた登山隊に、現地でなついた野良犬がくっついて歩いていた。

 登山活動に入ってからも必死に後を追ってくるその犬に情が移った登山隊は、隊の一員として受け入れることを決意。最終的にいっしょに山頂まで達したという。標高7000mというと動物はほぼ生息していない環境であり、犬の到達標高としてはおそらく世界最高記録と思われる。

 これはハートウォーミングな「ほっこりニュース」として世界中でシェアされた。ニュースを聞いた人のなかには、自分も愛犬と山に登ってみたいと思った人もいるかもしれない。

 たとえば、この夏、いっしょに富士山に登って、日本最高峰登頂犬にしてやりたいなど……。

 しかし、ちょっと待った。それを実行したら、あなたは山中で非難の視線(そして声にも)にさらされる可能性がある。

 えっ!? ……ということは、犬を連れて登山にいくのは禁止されているの? 

 いや、そういうわけではない。

 じゃあ、何が問題なの? 

 いや、それは……。

 じつは日本での「犬連れ登山」の是非に関しては、複雑な様相を呈しているのだ。

「犬連れ登山」と検索してみると。

 試しにインターネットで「犬連れ登山」と検索してみてほしい。表示されるページをいくつか見てみれば、すぐに気づくはずだ。犬連れ「賛成論者」と「反対論者」が対立していることに。それはまるで収拾のつかない政治論争のようで、一部ではかなり口汚い言葉が飛び交う感情対立のようにもなってしまっている。

 犬連れ登山者に向けられる微妙な空気は、実際に犬を連れて山を登ってみればすぐにわかるだろう。このあたりの事情を薄っすらとしか知らなかったこのコラムの担当編集者も災難にあっている。

 近郊の山に愛犬といっしょに登っていたとき、行き合った多くの登山者は友好的に接してくれたのだが、ひとりの登山者からいきなり罵声を浴びせられたというのだ。

 いったいなぜこんなことになっているのか。

賛否入り乱れる日本の登山の現状。

 犬連れ登山をOKあるいはNGとする理由はそれぞれ多岐にわたるが、おおむね以下のようなものに整理される。

【OK派の言い分】
・犬連れ登山を禁止する法律はない
・犬が山に入ることが環境破壊というなら人間のほうがよっぽど破壊している
・狩猟等で山に入る犬は多くいるがそれはどうなのか

【NG派の言い分】
・犬が持っている感染症などが野生動物に有害である
・犬が苦手な人に脅威となる
・登山は犬に過剰な負担となる

OK、NG派それぞれの言い分は。

 少し詳しく説明しよう。

 まずはOK派について。彼らの言うとおり、犬連れ登山を禁止する法律は存在しない。ローカルルールとして禁止している山はあるものの、法的根拠がないためか運用の責任主体は不明確な場合が多い。「人間のほうがよっぽど破壊している」というのも、そのとおり。山に入る人間の数と犬の数を比べれば、それは自明なことだろう。

 人間が山に入ることを禁止はしていないのに、はるかに影響の少ない犬だけを禁止するのはナンセンスである。さらに、狩猟では古くから犬を連れて山に入るということが行なわれている。犬連れが禁止となれば、それも禁止しなくてはいけないのか。もっといえば、山小屋で犬を飼っているところもある。それはどうなのか。

 そしてNG派について。こちらは、犬が山の自然環境に害を与えるため、連れてきてはならないというのが主張の核心だ。

 犬はさまざまな雑菌や感染症などを持っている。山の自然は平地に比べて脆弱なもので、そこに犬が入り込むことによって大きなダメージを受ける可能性がある。犬に吠えかけられることによって、小動物や鳥類などに無用なストレスがかかることも考えられる。飼い主から離れて保護動物を襲ったりする事態にでもなれば、それこそ大きな問題だ。

問題は野放し、現場任せなこと。

 犬が脅威となるのは動物だけではない。

 登山者のなかには犬に恐怖を感じる人もおり、しかも登山道はたいてい幅が狭い。そういう人にとっては、すれ違うだけで緊張を覚える。

 さらに犬にとっても登山はストレスになる。人間に比べて体が小さい犬は子どもと同じ。登山というハードな環境下におくと、思いのほか疲労したり、いつの間にか脱水症状を起こしたりもする。

 ……というところが、両者の主張である。

 どちらにも一理あるように聞こえ、このどちらの主張に分があるのか、正直なところ私には判断できない。

 おそらく問題の核心は、「犬が入り込むことが山の自然破壊になるのかどうか」であり、さらには「自然破壊になるのだとすれば、その程度は許容できる範囲なのか否か」というところにあるのだと思われるが、この判断には学者レベルの高度な検証が必要で、一介のライターや登山者の手に負えるものではないのだ。

 この問題について、たとえば環境省などの行政、そして日本山岳・スポーツクライミング協会や山岳メディアなど登山界の指導的立場にある組織いずれもが、明確な指針や意見を表明していない。問題は「野放し」「現場任せ」にされ、結果、個人の意見のみが飛び交うカオスとなってしまっている。

不明瞭な日本の行政にも問題が?

 ところで、海外の事情はどうなのか。

 アメリカやヨーロッパ、そしてオーストラリアやニュージーランドなど、登山やハイキングがポピュラーな国では、国立公園内への犬の連れ込みを明確に禁止しているケースが多い。禁止の理由は、日本で犬連れ登山に反対する人の意見とほぼ同じ。犬が入り込むことによって、山岳地域の貴重な自然環境がダメージを受けるおそれがあるということだ。

 では、やはり日本でも犬連れ登山は禁止したほうがいいのか。

 だが、話はそう単純でもない。海外の国で犬連れを禁止しているのは「国立公園内」に限られる。逆に言えば、国立公園外では犬を連れて歩いてもかまわないわけで、そのことを明確にルールとして記しているところもある。OKとNGの範囲が誰にでもわかりやすく設定されているのだ。

 一方、日本の現状はどうかというと、富士山や北アルプスなどの3000m峰から標高1000m前後の低山まで、そして国立公園内だろうが外だろうが、どれも一緒くたに議論されてしまっている。また「狩猟犬はどうなるのだ」というような意見も出てきてしまう。

 貴重な自然が残されている場所に犬を連れていくのはあまりよくないんじゃないかということは多くの人がイメージできるかと思うのだが、では、標高2000mならどうか、1000mの山ならどうかというと、判断は難しい。難しいがゆえに解釈は人それぞれになり、それぞれの考える正義にしたがって対立も起こる。

自然公園法第21条を見てみると。

 唯一の明確なルールといえるものは、自然公園法第21条。ここでは、国立公園特別保護地区内において「動物を放つこと」が禁じている。特別保護地区というのは、国立公園のなかでも特に自然環境が貴重な地域。ただし、「放つ」ことは禁じているが、「連れ込む」ことは禁じていない。

 ならばリードを付けて連れていくのは問題ないと解釈でき、環境省も公式ウェブサイトでそれを認めている。ところがここでも、環境省の回答にはいくつかの留保が付き、最終的には「地域のマナー」を尊重してくださいと、判断を投げてしまっている。要するによくわからないのだ。

「山の不文律」は通用しない?

 私も犬を飼っており、山に連れていきたいなと思うことはある。が、今まで実行したことはない。「怒られそうだから」というのが理由である。

 もちろん、富士山や北アルプスなど標高の高い山に連れていくのは、現地の環境にも犬の体調にも問題がありそうだから、もともとやるつもりはない。明確なルールがあるのならば、それを破ってまで犬を連れていきたいという強い気持ちを持っているわけでもない。

 だが、「空気」のようなもので行動が制限されることには強い違和感を覚える。科学者ではないので断言はできないが、標高1000m程度の山に犬を連れていっても、おそらく大きな問題はないはずだ。そこでいきなり罵声を浴びせられる現状は、やはり不健全であると思うのだ。

 このあたり、きちんと問題を区別して議論を重ね、明確なルールとまではいかなくても、ガイドライン程度のものを、登山者や登山団体、環境省などが一体となって作ることはできないものだろうか。それを基準にして、意見の異なる人たちも歩み寄ることができるし、よくわからない空気におびえる必要も少しはなくなると思うのだが。

文=森山憲一

photograph by Kenichi Moriyama


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