スペインGPもこれで見納めか……。努力の天才・シューマッハーの記憶。

スペインGPもこれで見納めか……。努力の天才・シューマッハーの記憶。

 5月14日、スペインGPが閉幕した直後のことだ。

 2020年からのオランダGPの復活が発表された。35年ぶりの復活自体は以前から噂されてはいたが、このタイミングでの発表は、今年限りで契約が切れるスペインGPへの最大限の敬意を表したものだと考えられる。

 '86年の再開から33年間連続で開催されたスペインGP。そのほとんどのホスト役を務めたのが、今年の開催地でもある、バルセロナ近郊のカタロニア・サーキットだった。

 低速から高速までさまざまなタイプのコーナーが点在し、かつストレートも長いことから、マシンの総合力が試されるコースとして、グランプリだけでなくテスト地として多くのドライバーがここで腕を磨いた。

 それゆえ、「ここで速いマシンはどこへ行っても速く、ここで速い者はだれよりも速い」とも言われている。

5速だけで40周以上走った伝説のレース。

 そんなカタロニア・サーキットで史上最多となる通算6勝を刻んだのが、ミハエル・シューマッハーだ。グランドスタンドの裏の壁には、シューマッハーの栄光を称えて壁画がペイントされている。だが、最多6勝目を挙げたレース以外にも、彼がこのサーキットで披露した伝説的な走りがある。それが'94年のスペインGPだ。

 ベネトンのマシンを駆ってポールポジションから好スタートを切ったシューマッハーは、すぐに独走態勢を築く。ここまでシューマッハーは開幕4連勝を飾っており、多くの者が「このレースにも勝って、'92年にナイジェル・マンセル(ウイリアムズ)が作った開幕5連勝の記録に並ぶのではないか」と楽勝を想像した。

 ところが、1回目のピットストップで試練が襲う。ギアボックスが5速に入ったまま、動かなくなってしまったのだ。さまざまなタイプのコーナーがあるこのコースでは、シフトチェンジは不可欠。それができなくなったシューマッハーはトップの座を明け渡してしまう。

 しかしシューマッハーはここから驚くべき走りを見せた。トップとコンマ数秒しか違わないペースで走り続け、表彰台圏内を維持。さらに、通常ピットインすれば発進時に1速を使わなければならないにもかかわらず、5速だけでピットストップとピットアウトをこなし、最終的に2位でチェッカーフラッグを受けたのだ。

「彼だけ、まったく違う走り方をしている」

 40周以上も5速だけで走行し、つかんだ2位表彰台。優勝は逃したものの、「私はこれまで91勝を挙げてきたが、あのレースはそれらどの勝利にもひけをとらないベストレースのひとつだ」と本人が後日語っていたように、多くのファンにとっても忘れることができないレースとして語り継がれている。

 シューマッハーと同じ時期にF1の舞台で戦った経験を持つ中野信治が、今年のスペインGPへ視察に来ていた。'97年に初めてカタロニア・サーキットで、シューマッハーのフェラーリの後ろを走ったときの衝撃はいまでも忘れられないという。「彼だけ、まったく違う走り方をしているんです。しかも、だれにも真似できない走り方で……」

 テストを終えた中野を待っていたのは、再びシューマッハーによる衝撃だった。ミーティングを終えて、ほかのドライバーたちと同じようにホテルへ帰ろうと駐車場へ向かっていたときのことだった。途中、フェラーリのトランスポーターを通り過ぎると、ちょうどシューマッハーが出てきた。

「彼もミーティングを終えて帰るのかなあ」と思った中野が見ていると、シューマッハーはトランスポーターの横に並んで停まっていたもう1台のトラックに入っていった。よく見ると、トラックにはトレーニング機材が積まれており、シューマッハーはその中でトレーニングを始めたのだった。

スタッフの気持ちを1つにするために……?

 当時のシューマッハーは'94年、'95年とタイトルを獲得し、現役最強の名をほしいままにしていた。その最強王者がテストを走り終えたミーティングの後もサーキットに残ってトレーニングする姿を見て、中野は悟った。

「なぜ、サーキットでトレーニングしていたのか、本当の意味はわかりません。もしかしたら、疲労を少しでも早く回復させるためにクールダウンをしていただけかもしれません。でも私は、シューマッハーがトレーニングしている姿を見せることで、フェラーリのスタッフの心を動かそうと、あえて横付けされたトラックの中でやっていたんだと思います。『こんなに努力しているこいつのためだったら、俺たちも頑張ろう』と」

天才と、それを支えるマシンの共同作業。

 そして同時に、だれにも真似できないドライビングがどうして可能になっているのかをも納得したという。

「シューマッハーは天才と言われています。それは間違いありません。でも、それは、あの独特のドライビングを可能にするクルマを手にしているからなんです。

 それには、周りの人を動かさないといけない。シューマッハーはF1マシンを運転する天才というだけでなく、努力する天才でもありました。ブレーキの踏み方、ステアリングの切り方、アクセルを踏むタイミング――すべて自分の走りを可能にできるクルマをチームのスタッフとともに作り上げるという努力を、だれよりもやっていたんじゃないかと思います」(中野)

 今年のスペインGPを制したのはルイス・ハミルトンだった。これでスペインGP通算4勝とし、通算でも76勝と皇帝シューマッハーにまた一歩近づいた。その多くの勝利は最強のマシンを擁するメルセデスとともに挙げたものだが、そのマシンをチームとともに作り上げたのもまた、ハミルトンだということを私たちは忘れてはならない。

文=尾張正博

photograph by Getty Images


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