サートゥルナーリアは時代を作るか。ディープの金字塔を塗り替えていく。

サートゥルナーリアは時代を作るか。ディープの金字塔を塗り替えていく。

 令和のクラシックのキーワードは「無敗」になるのだろうか。

 令和最初の競馬の祭典、第86回日本ダービー(5月26日、東京芝2400m、3歳GI)の発走が迫ってきた。

 先週のオークスをラヴズオンリーユーが優勝。13年ぶり、史上5頭目の「無敗のオークス馬」が誕生した。

 今週、サートゥルナーリア(牡、父ロードカナロア、栗東・角居勝彦厩舎)が勝てば、14年ぶり、史上7頭目の「無敗の二冠馬」となる。皐月賞に出走していない馬を含めると、史上11頭目の「無敗のダービー馬」ということになる。

 はたして、2週つづけて歴史的クラシックホースが誕生するだろうか。

ディープは引退まで一度も放牧されなかった。

 直近の「無敗のダービー馬」かつ「無敗の二冠馬」となったのは、2005年に圧倒的な強さで君臨したディープインパクトである。

 ディープインパクトは2歳時の'04年12月の新馬戦でデビューし、年明け初戦は1月の若駒ステークス、次は弥生賞、皐月賞と来て、デビュー5戦目がダービーであった。

 3歳になってから4戦目がダービーというのは、現在の感覚からすると1戦多いように思われるかもしれないが、当時はそれが普通だった。

 ディープが栗東・池江泰郎厩舎に入厩したのは、'04年秋のことだった。詳しく言うと、04年9月6日に、故郷であり、馴致・育成を受けた北海道安平町のノーザンファームを旅立ち、宮城の山元トレーニングセンターを経由して、9月8日に栗東トレセンに到着した。

 当時、ノーザンファーム天栄('11年開場)はまだなく、ノーザンファームは関東馬の外厩として山元トレセンを使用していたのだ。

 そして、入厩してからも、今の競走馬とはまったく異なる動きをしていた。ディープは、'04年秋に栗東トレセンに来てから、'06年12月の有馬記念を勝って引退するまで、一度も池江泰郎調教師(当時)の手元を離れたことがなかったのだ。

同じ厩務員、調教助手、騎手と過ごした。

 レースが終わっても、次のレースまで放牧に出されることはなく、いつもトレセンで調整された。ダービーを5馬身差で圧勝したあと、北海道に移動したのだが、そのときも札幌競馬場の池江厩舎で夏を越した。

 つまり、ディープは、トレセンに来てから、種牡馬として北海道に戻るまでの2年4カ月ほどの間、ずっと、担当の市川明彦厩務員と一緒にいたのだ。毎日、水やカイバを与えたり、寝藁を替えたり、馬具をつけたり、体を洗ったりという世話を、同じ人間がつづけた。

 普段の調教では、デビュー前から池江敏行調教助手が跨りつづけた。

 そして、レースでは、14戦すべてで武豊が騎乗した。

 '06年秋に凱旋門賞に出走するためシャンティイに滞在したときも、市川厩務員と池江助手が普段から一緒にいて、追い切りとレースでは武が乗った。

 同じ人間たちと強く結びつき、互いに高め合いながら強くなった馬。それがディープインパクトであった。

サートゥルナーリアが接する多くの人。

 それに対して、サートゥルナーリアは、いろいろなホースマンと日常を過ごしながら強くなった。

 昨年の4月中旬、ノーザンファーム天栄を経由し、栗東・角居厩舎に入厩した。トレセンでゲート試験を受けて合格すると、5月の初め、ノーザンファームしがらきに放牧に出された。

 そして5月中旬、栗東に帰厩し、6月10日の阪神新馬戦に出走。4日後にノーザンファームしがらきに放牧に出され、2日後、ノーザンファーム天栄を経由し、故郷の安平町のノーザンファームに戻り、そこで3カ月以上過ごした。

 9月下旬、栗東に帰厩し、10月27日の萩ステークスに出走。その後もノーザンファームしがらきに放牧に出され、栗東との行き来を繰り返す。

 暮れのホープフルステークスを勝ったあと、今年の1月初めにノーザンファームしがらきへ。そこで心身をリフレッシュしてから乗り込まれ、3月中旬、栗東に帰厩。

 そして、4月14日の皐月賞をホープフルステークスから中106日で優勝。史上初めて、年明け初戦で皐月賞を制した。

 新馬戦と萩ステークス、ホープフルステークスではミルコ・デムーロ、皐月賞ではクリストフ・ルメールが騎乗し、ダービーではダミアン・レーンが手綱をとる。

ディープとは「人間」の見方が違う?

 このように、サートゥルナーリアは、デビューしてから、角居厩舎のスタッフのほか、ノーザンファームしがらき、ノーザンファーム天栄、そして安平町のノーザンファームといった異なる場所でそれぞれのスタッフにケアされてきた。さらに、これまでの実戦で2人の騎手を背にし、ダービーで3人目の鞍上を迎えることになる。

 どちらも同じノーザンファームの生産馬なのだが、ディープインパクトのときとは、人馬の接し方がまるで変わってきている。

 馬に訊いてみなければわからないが、おそらく、ディープインパクトとサートゥルナーリアは、「人間」という生き物に対して、異なる見方をしているだろう。

 どちらがいいのかはわからない。

 今年のダービー出走馬に、ディープの産駒が4頭、孫が1頭いる。ディープのダービーから14年の時が流れた今、仕上げ方も使い方も変わっていて当然なのか。

令和最初のダービーはどうなるのか。

 サートゥルナーリアがダービーを勝てば、平成の最強馬のつくり方と、令和の最強馬のつくり方の違いや共通点が、いろいろな媒体でクローズアップされるだろう。

 そうなるような気がするので、印は、皐月賞と同じにしたい。

◎サートゥルナーリア
○ダノンキングリー
▲ヴェロックス

 昭和元年にはまだ日本ダービーはなかった。第1回日本ダービーは昭和7年で、函館孫作が騎乗したワカタカが優勝した。

 平成元年のダービーを優勝したのは、剛腕・郷原洋行が乗るウィナーズサークルだった。史上唯一の茨城産で、ただ1頭の芦毛のダービー馬である。

 令和元年のダービーは、どのような戦いになるだろうか。

 サートゥルナーリアの状態は、皐月賞を使われて確実に上昇している。母は日米のオークスを制した名牝シーザリオ、半兄には菊花賞とジャパンカップを勝ったエピファネイア、朝日杯フューチュリティステークスを勝ったリオンディーズらがいる。そのエリートファミリーのなかでも、突出した素質を感じさせる。

 ディープインパクトが「飛んで」以来、14年ぶりの衝撃に備えつつ、スタートを待ちたい。

文=島田明宏

photograph by Yuji Takahashi


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