“キツイ時にナダル”で錦織完敗。最高の気分で挑戦できる日は来るか。

“キツイ時にナダル”で錦織完敗。最高の気分で挑戦できる日は来るか。

 ラケット1本を右手に持って入場する。コートの中を歩くときは右足でラインを越える。ウォーターボトルの正面を全てきれいに揃えてコートのほうに向ける――。

 これらはすべてラファエル・ナダルの試合でのルーティンだ。コイントスのときに相手選手よりあとにスタンバイするとか、サーブの前に顔を触るパターンとか、ウェアのショーツのお尻の部分をつまんで下に少し引っ張るとか、まだまだ細かいことを挙げればキリがない。

 ルーティンには、いつも決まった行為を行なうことによって心のリズムを整える、雑念を排除して集中できるといった効果があると言われる。

ルーティンも験担ぎもしない。

 錦織圭にはそういった独特で際立ったルーティンが見当たらない。勝っている間は髪を切らないとか、髭を剃らないとか、同じものを食べるといったゲンかつぎもまったくしないと、10代の頃から言っていた。今もそれは変わらないという。

「いまだにないですね。最近、験担ぎの深い意味というのがやっとわかってきて、大事なことだなとは思い始めました。トップの選手はほぼほぼみんなあるので、それぞれの性格に合った験担ぎとかルーティンがあって、見てておもしろいなと思う。でも自分はそれがなくてもいい性格なので、やらないです」

 少し話は違うが、オンコートのファッションにしても、錦織の好みの傾向はまったく読めないとユニクロの担当者が苦笑する。これはないだろうなというデザインを気に入ってチョイスしたり、以前好きだと言ったカラーを入れてみたら目もくれなかったり……。

 多分、錦織は同じ行動パターンで心を支えるのではなく、そのときそのときの気分に従って動き、その展開を楽しむ人なのだ。

 4回戦でブノワ・ペールに勝った後に「チョレイ」などとテレビカメラに書いたのも、いきなり降ってきたアイデアだったらしい。「そんな気分」だったのだと錦織は言った。

対ナダルで重要だった“気分”。

 どんなときでも同じことを同じように貫いて鋼のテニスを磨いてきたナダルに対し、錦織はより柔らかな発想と適応力でこの王者に挑んできた。

 錦織が1勝を挙げるまでにもっとも多くの対戦を要した相手でもあるが、2014年のマドリード・マスターズの決勝では勝利目前まで追い詰め、2016年のリオ・オリンピックでは銅メダル争いの一戦で勝利をもぎ取った。通算対戦成績がナダルの10勝2敗でも、こうした成功体験がある。

 しかし、11回の全仏オープン優勝を誇るナダルを相手にクレーの5セットマッチでその成功体験を生かすためには、錦織にとって重要な“気分”が相当乗っている必要があった。

クレーの王者を前に背負ったハンデ。

 ところが実際のところ、気分が良い状態であるはずはなかった。3回戦、4回戦ともに、ストレートセットですっきり終わるチャンスの大きかった試合をフルセットに持ち込まれ、ブノワ・ペールとの4回戦にいたってはセットポイントもあった第2セットを失ったせいで長引いた試合は日没のため2日がかりとなった。

 その2日目、第4セットから再開してさらに2時間を戦った錦織に対して、この日試合のないナダルはその前に軽く1時間の練習を終えていた。ここまでの試合時間をナダルと比較すれば4時間以上の差がある。

 クレーの史上最強王者と言われる選手と、クレーコートの最高峰であるローランギャロスのセンターコートで戦うというシチュエーションは、本来なら最高にエキサイティングな状況である。

 しかし、これまでグランドスラム後半戦のスタミナ切れに何度か悔し涙を流し、前半戦でのエネルギー消費を抑えることを長い間の課題にしてきた錦織にとって、今回もそれに失敗してハンデを背負ってしまったという後悔は、体だけでなく心にも重い負担を与えていたに違いない。

「体力の限界がきている」

 1−6、1−6、3−6。「体が動かなくて最初の2セットはコートにいるのも辛かった」というほどフラストレーションをためた試合は、1時間51分の完敗に終わった。

「最初からもうちょっとポジティブでいられたら、もうちょっとゲームは取れていたかもしれない」

 伏し目がちの表情に落胆ぶりを表してそう振り返る。降雨により第3セットの2−4で1時間の中断があったが、流れを変えるには遅すぎたし、この日の錦織の状態ではほぼ不可能だった。

「毎回、強い選手とやるときに体力の限界がきている」

 全豪オープンでノバク・ジョコビッチとの準々決勝を途中棄権したあとにも聞いた言葉を、また聞くことになった。

拍手をしなかったナダル。

 試合後、敗れて退場する対戦相手に対してほぼいつも自分の片付けの手を止めて拍手で見送るナダルが、この日はそれをしなかった。錦織のパフォーマンスが本調子にほど遠い状態だったことを知った上での、これもまたナダルらしい礼儀だったと考える。

「ケイはいつだってすばらしい選手だよ。誰もが危険な相手である中で、今も世界7位ということは世界で7番目に危険な選手ということだ」

 そう微笑んだナダルは、自身については「調子がどんどん上がってきて、今が一番いい状態だ」と高まる自信を見せた。このナダルに続いて37歳のロジャー・フェデラーも準決勝進出を決め、1日遅れで準々決勝を戦うジョコビッチもここまで競ったセットすらない絶好調ぶりだ。

 この鉄人たちに最高の気分で挑戦できる日は来るだろうか。

 錦織自身も、もう29歳になった。

 しかし、決まり事にとらわれない自由なテニスがもう1度その魅力を最大限に発揮するときが来ることを、まだ多くの人たちが信じている。

文=山口奈緒美

photograph by Getty Images


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