バルサの「9番」が隠す野性味。水色を纏うスアレスは変貌する。

バルサの「9番」が隠す野性味。水色を纏うスアレスは変貌する。

「ピッチャーは自惚れが強いから、嫉妬も当然強いのです。ライバルよりも俺のほうが実力は上だと信じているような連中ばかりですから」

 元プロ野球監督の野村克也さんの言葉は、いかにもキャッチャー出身の名伯楽らしいが、「ピッチャー」を「ストライカー」に置き換えれば、そのままサッカーの世界にも通じるのかもしれない。

「俺がボールを投げなければ試合は始まらない」とピッチャーが大上段に振りかぶるように、多くのストライカーも「俺がゴールを決めなければ試合に勝てない」と、そんな強い自負を持っているだろう。

 そして、そうした自惚れやエゴのない、言い換えればゴールに対して後ろ向きなストライカーには当然、守る側も怖さを感じない。前線からのプレッシングなど、課されるタスクがどれだけ増えようと、ストライカーに求められるベーシックな資質は昔も今も変わらないはずだ。一流と呼ばれるゴールハンターは、おしなべてエゴイスティックな生き物に違いない。

バルサの「9番」が苦しんだ“共存”。

 けれど、バルセロナの「9番」(=点取り屋)は、エゴを剥き出しにすることを許されない。なぜなら、チームにはリオネル・メッシという不可侵のスーパースターがいるからだ。この絶対的エースを引き立て、いかに気持ち良くプレーさせるか。まずはそれを心得、実践できないかぎり、バルサの9番は務まらない。

 だから過去、エゴを隠し切れない多くのビッグネームが、メッシとの共存に苦しんできた。

 例えばティエリ・アンリ。プレミアリーグで3年連続得点王に輝いたアーセナルの主砲は、2007年のバルサ加入後、左サイドという脇役の新境地に辿り着くまで少なくない時間を要した。

 例えばズラタン・イブラヒモビッチ。インテルでリーグ優勝を3度経験し、セリエA得点王の肩書を引っ提げて2009-10シーズンにバルサへとやって来た「エゴの塊」は、メッシの忠実な家臣として振る舞うことに嫌気が差して、わずか1年でセリエAに舞い戻っている。

 さらに純粋な9番タイプではないが、ネイマールもまた、みずからが王様であることを望み、メッシとバルサに別れを告げた大物アタッカーのひとりであろう。

メッシの最良のパートナー。

 一方、戦術的柔軟性が高く、バルサのFWとして生き残るにはどうすればいいかをいち早く悟ったのが、イブラと入れ替わりで2010-11シーズンに加入したダビド・ビジャだった。

 ただ、アンリ以上に素早く左サイドの役割にフィットした彼も、不動のエースとしてゴールを量産したバレンシア時代とは異なり、バルサ在籍3年間で20得点の大台に乗せたシーズンは一度もなかった。

 そうやって歴史を振り返れば、2014-15シーズンからバルサで「9番」を背負うルイス・スアレスが、いかにスペシャルなストライカーであるかが浮き彫りになるだろう。

 リバプール時代はフィニッシャーとしての仕事に専念していたスアレスだが、バルサ入団後はその特別待遇をあっさりと手放し、持ち前の戦術的インテリジェンスと深い自己犠牲の精神で、瞬く間にメッシを支える最良のパートナーとなった。

 鎧をまとったような分厚い胸板と、突き出した大きなお尻が目を引く体はいかにも重そうだが、ドスドスと音を立てながらフリーランニングを繰り返して味方にスペースを生み出し、そして相手のパスコースを限定するフォアチェックも怠らない。

献身ながらもゴールを量産。

 特筆すべきは、こうした献身性を体現しながら、プレミアリーグ時代と変わらずにゴールを量産していることだろう。ストライカーらしいエゴを解放するタイミングが絶妙で、入団2年目の2015-16シーズンには大量40ゴールを荒稼ぎ。メッシ、クリスティアーノ・ロナウド(当時レアル・マドリー)の2大巨頭を差し置いて、見事ラ・リーガの得点王に輝いている。

 昨シーズンもゴールから遠ざかる時期はあったものの、最終的には得点ランク2位タイの21ゴールをマーク。メッシ不在のエル・クラシコ(10節)でハットトリックを達成し、31節のアトレティコ・マドリーとの首位攻防戦では、名手ヤン・オブラクの堅陣を破るゴラッソを突き刺すなど印象に残る働きが少なくなかった。

 チャンピオンズリーグ準決勝の第2レグで不発に終わり、リバプールに世紀の大逆転負けを喫したこと、またその直後に以前から慢性的な痛みを抱えていた右膝半月板の手術に踏み切り、バレンシアとのコパ・デル・レイ決勝を欠場したこと──その結果、チームが敗れたことも重なって──が尾を引き、一部ではスアレスが今夏の「売却可能な対象」となったとも報じられている。

替えの利かない稀有なストライカー。

 しかし、バルサの首脳陣も分かっているはずだ。スアレスの代わりなど、そう簡単には見つからないことを。もちろん、すでに32歳となった彼の後釜を、広くマーケットで探し求めているのは事実だが、ピッチ上はもちろん、プライベートでもメッシと良好な関係を築くスアレスを、決定的な理由もなく手放すとは思えない。

 むしろ近年のバルサの悩みの種は、スアレスの存在の大きさゆえに、彼の理想的なバックアッパーがなかなか見つからないことだ。初めから控えの立場を受け入れるようなストライカーの山に、掘り出し物が眠っている可能性は極めて低い。今年1月に獲得したケビン・プリンス・ボアテンクなどは、妥協の産物の最たる例だろう。

 過去、何人ものビッグネームが苦労してきたメッシとの共存を、スアレスがいとも簡単にやってのけられたのは、彼がエゴと献身の完璧なバランスの上に成り立つ稀有なストライカーだからだ。

代表で見せるもう一つの顔。

 ただ、ウルグアイ代表としてプレーする時、エゴと献身の比率はバルサでの5対5から6対4、あるいは7対3にまで変化する。代表では2トップを組むベストパートナー、エディンソン・カバーニが中盤まで下がって守備に、チャンスメイクにと奔走し、まさしくバルサでのスアレスのように「献身」の部分を大きく受け持ってくれるからだ。

 そして、代わってエゴとともに顕在化するのが、スアレスが持つもうひとつの魅力、「野性味」だ。

 相手DFを激しく罵り、レフェリーに食って掛かり、ときには倒れた選手を意図的に踏みつけたりするその獰猛な振る舞いは、「メッシ」という鎖をほどかれ、「愛国心」という餌を食んで、さらに苛烈さを増す。祖国に勝利をもたらすためなら、シュートを故意のハンドで止めることも、マーカーの肩に噛みつくことも厭わない。

「もっとクールにプレーしなきゃいけないって思ったこともある。けれどそうすると、フラストレーションばかり溜まって、大抵の場合は良い結果が出ないんだ。本能のままに、アグレッシブにプレーしてこそ俺なのさ」

 バルサでは上手く飼い慣らしていた野性が、代表の水色のユニフォームを纏った瞬間、盛大に解き放たれる。

コパ・アメリカを見据えた手術。

 まだシーズン中にもかかわらず、スアレスが膝の関節鏡手術を決断したのは、その後に控えるコパ・アメリカを見据えていたからだ。実際、現地時間6月7日に行なわれたパナマ代表との親善試合で、手術からわずか28日でピッチに戻った彼は、いきなり直接FKからゴールを奪い、右膝の不安を払拭している。

「フィジカルが戻ってきたことに満足している。コパ・アメリカの初戦(エクアドル戦/日本時間6月17日)まであと10日ほど。ハードワークをすれば、ちょうど間に合う頃に(開催国の)ブラジルに着けると分かっていたよ」

 大会史上最多となる通算16回目の南米制覇を目指す古豪ウルグアイにとって、伝統の堅守速攻を高い確率でゴールに結び付けてくれるエースの復活は、これ以上ない明るい材料だ。

 昨年10月の親善試合で、打ち合いの末にウルグアイに勝利(4-3)した日本だが、コパ・アメリカのグループステージ第2戦でぶつかる今回の相手は、当時とは別のチームと考えたほうがいい。

 なぜなら10月の試合には、スアレスがいなかったからだ。ロシアW杯でも対戦相手の脅威となったカバーニとの阿吽のコンビネーションプレーも、そしてなにより、野性を剥き出しにしたスアレスというストライカーの恐ろしさも、彼らは目の当たりにしていないのだから。

文=吉田治良

photograph by Getty Images


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