大谷翔平のサイクルは球史に残る?ノーヒッターよりレアな“勲章”か。

大谷翔平のサイクルは球史に残る?ノーヒッターよりレアな“勲章”か。

 つけっ放しにしていたテレビから、「イチロー」という声が聞こえたのは、6月15日の午後だった。

 声の主はイチローの(数ある内の1人の)元チームメイトのエリック・バーンズ。ソフト・モヒカンがトレードマークの現解説者である。

 MLBネットワークの番組で取り上げられていたのは、エンゼルス大谷翔平のサイクルだった。バーンズは大谷がいかに素晴らしい打者であるかを熱弁しているうちに、同じ日本人である「イチロー」に辿り着き、こうまくし立てた。

「ショーヘイ・オータニは、パワーのあるイチローみたいなものだ。でも、実際のイチローはパワーもあったんだ。信じられないかも知れないけど、打撃練習では僕が今まで見た誰よりもホームランを打っていたのだからね。イチローがサイクルを達成してなかったってことの方が僕にとっては驚きだよ」

 テレビに出ていた他の若い共演者は、きょとんとしていた。

 まるでそれが放送事故か何かのように。

ノーヒッターみたいなものでしょう?

 無理もない。バーンズの話を聞いていた人々はスタジオで番組を進行させる人たちで、元野球選手でもなければ、イチローが現役時代に所属していたマリナーズやヤンキースやマーリンズのテレビ中継局の人間でもない。

 現役時代、イチローが打撃練習で豪快な打球で「柵越え」を連発していたのは、その現場にいたメディアの人間なら誰もが知ることだが、その現場を見たことのない人々にとっては実感のないことだ。

 面白かったのは、出演者の1人がそれを「Really(本当)?」と軽く受け流した後で、無邪気に「サイクルって、ノーヒッターみたいなものでしょう?」と尋ねたことだった。

サイクルのレア度を調べてみた。

 念のため書いておくと、アメリカでは「サイクル・ヒット(安打)」という言い方はせず、単に「Cycle=サイクル」と言う。「ノーヒットノーラン(無安打無得点)」とは言わず、「No Hitter=ノーヒッター」と言うのと同じだ。  

 バーンズは話すリズムを少し落ち着かせて、こう答えた。

「サイクルはノーヒッターみたいに、試合中に誰もそのことに触れなくなるなんてことはないけど、そうだね、とてもレアな記録という意味ではノーヒッターみたいなものかも知れない」

 確かに大谷のサイクルはメジャーでは日本人選手初であり、珍しいことには違いない。

 だが、「ノーヒッターほど珍しくはないだろう?」という先入観があったので、ちょっと調べてみた。

歴代での達成者数はどれくらい?

 Baseball Reference.comをはじめとする複数のウェブサイトの記録を総合すると、サイクルは6月15日現在、327人が達成。ノーヒッターは同300人が達成している(アメリカの場合、ノーヒッターは複数人での達成も含まれる)。

 327人対300人。

 1対0.917。もしくは1.09対1。

 パーセンテージなら52.153対47.847である。

 なるほど、テレビ番組の出演者が「サイクルって、ノーヒッターみたいなものでしょう?」と言うのも頷ける。

 だが、どこか腑に落ちない。

 同じ番組ではファンのツイッターも紹介していて、その中には「サイクルっていうのは、単にヒットの種類が揃っただけのことなので、どんなヒットの種類も許さないノーヒッターと同じレベルで比べるのはナンセンスだよ」というのもあった。

 激しく、同意する。

今季はサイクル達成の方が多い。

 サイクルは今年、ホルヘ・ポランコ内野手(ツインズ)、大谷、ジェイク・バウアーズ外野手(インディアンス)とすでに3人が達成している。

 ノーヒッターはマイク・ファイアーズ(アスレチックス)が自身2度目の偉業を達成したのみで、まだ2人目はまだ現れていない。

 比率にすると1対0.333、パーセンテージだと75%対25%だ。

 これを見ると「サイクルとノーヒッターを同じレベルで比べるのはナンセンス」だと思えるが、わずか2カ月半の集計では不公平なので、昨シーズンも含めて考えてみる。

 昨年のサイクルはムーキー・ベッツ外野手(レッドソックス)とクリスチャン・イエリッチ外野手(ブルワーズ)という両リーグの最優秀選手、そしてチャーリー・ブラックモン外野手(ロッキーズ)、ブロック・ホルト外野手(レッドソックス)の4人が達成した。

 加えてイエリッチは同一シーズンに2度、ホルトは史上初となるポストシーズンでの達成だった。

 一方で昨年、単独で達成したノーヒッターは左腕ショーン・マネイア(アスレチックス)とジェームズ・パクストン(マリナーズ)。ドジャースがウォーカー・ビューラー、トニー・シングラーニ、イーミ・ガルシア、アダム・リベラトーの4投手のリレーで達成している。

 これもややサイクルが優勢だ。

計6回ノーヒッターが出た年も。

 ただしスパンが長くなればなるほど、「サイクルってノーヒッターみたいなもの」に近づく。

 2017年のサイクル達成者は7人におよんだが、2016年は3人、2014年は1人と少ないシーズンもある。

 ノーヒッターも、2015年にマックス・シャーザー(ナショナルズ)が2度、ジェイク・アリエッタ(当時カブス、現フィリーズ)、現在はダルビッシュ有投手(カブス)の同僚である左腕コール・ハメルズ(当時フィリーズ)、そして岩隈久志(現巨人)の6人、そして計7度達成する「多発」のシーズンがあった。

 かと思えば、2016年はアリエッタが自身2度目の達成をしたのみ。2017年もエディソン・ボルケス(当時マーリンズ)ただ1人だった。

 結局のところ、長いスパンで考えればサイクルとノーヒッターの達成比率は、327人対300人の1対0.917、52.153%対47.847%という数字に落ち着く。

1800年代から記録が残っている勲章。

 サイクルの記録を調べていて興味深かったのは、他の多くの公式記録が1908年以降と注釈されているのに、サイクルとノーヒッターに関してはベースボール黎明期の1800年代から記録が残っていることだ。

 それはきっと、両方の記録が当時からレアで、打者と投手の「勲章」のように見られていたからではないかと思う。

 サイクルは1908年以前に通算52度、ノーヒッターは同53度とほとんど同じ数だけ記録されているから、当時はまさに「サイクルって、ノーヒッターみたいなもの」だった。

 中でも1888年、最古のサイクルを記録したカリー・フォーリー(今はマイナーリーグ球団として知られるバッファロー・バイソンズ)という選手が、面白い。

 なぜなら、アイルランド生まれの移民二世だったこの選手、どうやら大谷と同じ「投打二刀流」をやっていたらしい(baseball-almanac.comによる)。

長打が少ないフォーリーの快挙。

 1879年、23歳の時にボストン・レッドキャップスでデビューしてからの2年間、フォーリーは通算57試合(44先発)に登板して23勝23敗という投手成績を残しながら、一塁手や外野手としても79試合に出場し、478打数143安打というなかなかの好成績を残している。

 ただし、サイクルを達成したのは投手としてはわずか1試合、外野手として84試合に出場した1888年だった。

 フォーリーは大谷と同じように初回の第1打席で本塁打を放つと、2回に三塁打、5回に二塁打(なお大谷は第2打席で二塁打、第3打席で三塁打)を放ち、やはり大谷と同じように、7回の第4打席でシングルヒット=単打を放ってサイクルを達成している。

 彼はこの年、打者としての最高成績(打率.305、出塁率.329、長打率.402)を残しており、104安打の内訳は、81単打、16二塁打、4三塁打、3本塁打と長打は少なく、すべてがタイミングよく出たのが5月25日だったようだ。

 当時は「指名打者」も「投手分業制」もない時代だったので、きっと出場選手が足りなくて「投打二刀流」の選手は多かったのだろうと思ったが、どうやら違う。

 サイクルを記録した選手でフォーリーのように10試合以上に登板した選手は少なく、殿堂入り選手で、当時史上4人目(5度目)のサイクルを記録したジム・オルークという選手も、投手としてはキャリア中盤に6試合に登板したのみだった。

ベーブ・ルースは達成できなかった。

 フォーリーは1883年、メジャー歴わずか5年で引退し、通算373安打を記録している。その内訳は298単打、57二塁打、12三塁打、6本塁打となっている。

 彼のヒットの種類で一番少ない6本塁打を基準に考えれば、彼はその数少ないチャンスを見事にモノにして「史上初のサイクル達成者」として球史にその名を残したことになる。

 大谷にこじつけて追記すると、我々が何かにつけ比較する「投打二刀流」のベーブ・ルースは、サイクルを達成していない。

 ルースは現役時代、通算2873安打を記録している。その内訳は1517単打、506二塁打、136三塁打、714本塁打となっている。

 我々が知るルースのイメージは「大柄なスラッガー」なので、1921年、26歳の時に自己最多の16三塁打を記録したのを筆頭に、2桁三塁打のシーズンが4度もあったのは(ご本人には失礼だが)少し驚きだ。

 彼のヒットの種類の中で一番少ない三塁打を基準にとてもシンプルに考えれば、ルースには22年のキャリアの中で、サイクルを達成するチャンスが136回あったということになる。

 大谷はメジャー2年目途中でメジャー通算3本目の三塁打という、わずかなチャンスをモノにしてサイクルを達成した。

 フォーリーや大谷にできて、ルースにはできなかったサイクル。

 それは単に運やタイミングの問題なのだろうけれど、ノーヒッターに匹敵するレアな記録に、知られざる歴史が埋もれているのは確かだ。

文=ナガオ勝司

photograph by AFLO


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