村田諒太は自分も思考も変えられる。「苛立ちはない、虚勢も張らない」

村田諒太は自分も思考も変えられる。「苛立ちはない、虚勢も張らない」

 染みついた習慣を変えたいと思っても、簡単に変えられるものではない。

 だが村田諒太は、変えられる人だ。

 他人任せにせず自分で考えて発想を転換させるから、それを可能とする。

 王者と挑戦者の立場が入れ替わったロブ・ブラント(アメリカ)とのリマッチ(7月12日、エディオンアリーナ大阪)。試合2日前、大阪市内のホテルで行われた調印式において村田はこう言い切った。

「今までやってきたことを出すだけです。いいトレーニングができたので、それをリング上でしっかり出す」

 前回、ラスベガスで0−3完敗に終わったブラントへのリベンジを果たすためにどんな「いいトレーニング」を積んできたのか――。

相手ではなく、自分をコントロールする。

 ブラントの圧倒的な手数とスピードに翻ろうされ、何も出来なかった。相手の作戦勝ちと言ってしまえばそれまで。村田は相手よりも自分の問題と捉えた。

 彼はこう語っていた。

「相手が崩れることはコントロールできない。でも自分が崩れないことはコントロールできる。振り返ってみれば、練習の段階から僕は自分を崩していたということ。先に崩れたほうが負けるんだと、あらためて理解できた気がしました」

 トレーニングで崩れなければ、試合でも崩れない。

 ブラントとのリマッチの方向性が出ると、崩れないためにまず自分の戦いを修正していくことになった。彼が自分で気にくわなかったのは「棒立ちになってしまったこと」だった。

 3日の公開練習時にもこの点を挙げている。

「棒立ち状態で前に行って、相手のパンチをボカボカともらって、たまに出してくるワンツースリーの3つめで顔をはね上げられた。その印象度で(採点を)全部持っていかれたと思うんで、1つは棒立ちにならないようにしっかり足腰に力がある状態でプレッシャーかけて、上下をしっかり打って、まあそこがキーになるかなと思います」

 日々のトレーニングのミット打ちでは左ジャブ、手数やコンビネーションを意識するようにバランスの保たれた重心から回転のいいパンチを放っていた。ひざを柔らかく、頭を動かし、体を振る。四方にロープを張り、ダッキングやウィービングからパンチを振るトレーニングは前回までにはなかったものだ。

プレッシャー、ガード、右の三種の神器。

 村田には三種の神器がある。プレッシャー、ガード、そして右ストレート。しかし前回は連結部分を封鎖されたために対応しきれなかった感がある。

 今回磨いているのは、その神器をつないでいく部分。これらはアマ時代に培ってきたものでもあり、マイナーチェンジというよりも経験を結集させたフュージョン(融合)に近い。

 トレーニングから崩れない自分をつくるために。

 来年に控える東京五輪の競泳金メダル候補・瀬戸大也のフィジカルトレーニングを視察したことがあった。ぼんやりと浮かんでいたものが、明確な答えになった。

「瀬戸くんは競泳のトレーニングで鍛えられなかった筋肉をフィジカルトレで鍛えていた。自らの競技のトレーニングを一番に置いていました。フィジカルトレを一生懸命やっても競技で力を発揮できなかったら意味がない。ボクシングに置き換えると、追い込むときはフィジカルトレーニングのほうを軽くしたほうがいいかなと考えたんです」

 これまでは「フィジカルも100、ボクシングも100」という考え方に近かった。それをあらためるということだ。

「仮想の試合となるスパーリングに合わせてコンディションをつくる。そのときにしっかり動ける体にしておかないと成果が出ない」

 迷いなく、彼はそう結論づけた。

走る時期とスパーの時期を切り分けて。

 村田の体づくりを担当するのが、帝拳ジムと契約する東京学芸大大学院出身の中村正彦ストレングス&コンディショニングコーチである。これまでも村田の要望に沿いながら話し合って進めてきた。今回、ブラント戦の完敗を受けての方針も、村田の考えと一致していたという。

「ボクシングそのものにフォーカスしたいということでしたけど、僕のほうも今回はそうしたほうがいいと思っていましたから。走り込みのキャンプだけは毎日20km走ってガンガンやりました。その後スパーリングの時期に早めに入ってからは、疲れた状態でスパーの日を迎えないようにコンディションをつくっていきました」

「私が見ても、いい仕上がり具合」

 本場アメリカ仕込みのウエートトレーニング理論を持ち、東京・駒場に「A SIDE STRENGTH&CONDITIONING」を営む中村は、「体をリセットする筋力トレーニング」にシフトしたことを明かす。

「ボクシングはパンチを前に出すなどどうしても偏った動作になります。だからあまり使っていない背中、股関節などをウエートトレでやってもらう。筋力を上げるのが目的ではなく、偏った体をリセットしてもらって動きやすくする。ストレッチもそうです。

 使う筋肉、使わない筋肉の差が大きくなるとケガにもつながる。スパーの後に、チューブなどを使ったエクササイズで補正していくという作業でした。村田自身も徹底していました。走り込みキャンプの合間を縫って、移動して初動負荷のトレーニングを取り入れていましたから。偏らないでリセットする。すべてはいいスパーリングをするためにという村田の強い思いがあったと思います。私が見ても、いい仕上がり具合じゃないかと思っています」

前回「イラっと」したフェイスオフもクリア。

 決戦前日、大阪市内のホテルでは公開計量が行なわれた。

 ミドル級のリミットは72.5㎏。王者ブラントが72.2㎏、挑戦者・村田が72.3㎏と両者ともにアンダーで一発パスした。

 顔を合わせるフェイスオフを終えると、健闘を誓いあうように両者はガッチリと握手をかわしてから離れた。

 前回のラスベガスでは計量後のフェイスオフで「イラっとして」KO宣言まで飛び出したが、今回は終始落ち着いたままだった。

「今回のほうが落ち着いている気がします。苛立ちもない。自信はありますし、やってきたことを出すだけ。虚勢を張ることもない」

 コンディションもメンタルも最後の最後まで崩さず、運命の日を迎える。

 対するブラントも、最高の仕上がりであることを強調している。どちらが自分を崩さず、相手を崩し切ることができるのか。

 勝負の分水嶺は、きっとその一点にある。

文=二宮寿朗

photograph by Hiroaki Yamaguchi


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