村田諒太は「我らがヒーロー」だ。変化の末に待っていた衝撃の2回KO。

村田諒太は「我らがヒーロー」だ。変化の末に待っていた衝撃の2回KO。

 最後を看取る─―。

 勝ってほしいとは願いつつ、正直に告白すると、そんな思いが9割を占めていた。9カ月前にフルラウンド戦って完敗した相手に雪辱などできるものだろうか。もしできたとするならば、それは劇画の世界でしかありえないのではないか。そう思っていた。

 この2カ月ほど、村田諒太(帝拳)の練習を週に1回のペースで取材した。確かに好調だった。いままでとは違う姿の村田がいた。ボクシング・スタイルに変化を加えようという確固たる意思を感じさせた。ストレスをためていたり、迷いがあったりする様子もなく、どこか吹っ切れた印象を与え続けていた。一方で、どこか吹っ切れすぎているようにも見え、「これが最後」と心に決めているようにも感じられた。

 来日した王者、ロブ・ブラント(米)の調子はすこぶるよく見えた。米国ミネソタ州セントポール出身の28歳は2018年10月、“アンダードッグ”として日本のスター、村田に挑み、予想を覆して勝利をおさめ、2月に行われた初防衛戦に快勝。すっかり自信をつけたチャンピオンは、日本メディアの取材に笑顔を絶やさず、落ち着いていて、憎たらしいくらいに余裕を感じさせた。

 やはり“奇跡”を起こすのは難しいのではないか。試合開始のゴングが鳴るまで、暗雲の垂れこめた梅雨空のように心は晴れなかった―─。

奇跡ではなく、必然の結果。

 7月12日夜、大阪はなんば、エディオンアリーナ大阪で“奇跡”は起きる。いや、それは“奇跡”ではなかった。周到に準備され、ボクシング人生をかけた覚悟がもたらした必然の結果だった。

 村田は宣言通りスタートからアグレッシブに攻めた。ガードを高く掲げ、前に出るスタイルはいつもと同じだ。せわしく動き、盛んにパンチを出すブラントのスタイルもまた同じように見えた。

 しかし、村田のプレッシャーが前戦以上に強い。ワンツー、右ボディストレート、左ボディフック。手数がスムーズに出るところが前回とは明らかに違う。多少の被弾は気にせず攻める姿勢が何より目を引いた。

観客が一斉に立ち上がった。

 ブラントもまた、徹底して足を使うのではなく、前に出て村田と打ち合った。これが「出鼻をくじく」という作戦だったのか、村田のプレッシャーをかわし切れずやむを得ず打ち合ったのかは分からない。

 村田は試合後、「あれには面食らった」と話し、ブラントは「打たれて距離感を誤った」と振り返った。リングサイドのカメラマンが試合後、「試合が始まるときのブラント、ゲートに入った競走馬みたいに興奮してましたよ」と教えてくれた。ひょっとするとミネアポリスの若者は平常心を失っていたのかもしれない。

 いずれにしても、村田がブラントを飲み込もうとしていたのは間違いない。2回、グイグイと迫る村田の右ストレートが炸裂すると、ブラントの体がグラリと揺れた。全身の力を失ったブラントに村田が襲い掛かる。ブラントがバッタリ倒れると、大歓声とともにアリーナの客が大げさではなく全員、一斉に立ち上がった。アリーナ後方、膝の上にパソコンを置いた記者の視界は一気に遮られた。

 残り1分半、村田は立ち上がったブラントをなおも攻めた。顔面、ボディにパンチを打ち分ける。徐々に村田が打ち疲れ、ブラントが逃げ切るかとも思われたが、村田の左ボディが決まるとブラントがさらに失速。タイミングを見計らっていた主審が両者の間に割って入る。不可能と思われたミッションは2回2分34秒、確かに完遂された。

「プロキャリアの中で一番良かった」

 勝ったことに驚かされた。それ以上に、アマチュアで137戦、プロで17戦、33歳になったボクサーがこれだけ変われるという事実に驚嘆した。

 あれだけパワフルで、手数の多い村田を見るのは初めてだ。「プロキャリアの中で一番良かった」。本人がそう自覚するパフォーマンスを、村田は試合翌日の記者会見でこう説明している。

「アップライトに構えると、どうしても突っ立った状態になって(自分の)強みがなくなる。しっかり足腰に力を入れて構えると、ブラントが初めから(前回の試合で効果的だった)ワンツースリーを打ってきましたけど、それに対して顔を跳ね上げられることがなかった。あれが構え的には僕に合っているんだろうなと思います」

技術で戦わず、自分の戦い方を。

 足腰に力が入るよう、いままでに比べて少し腰を落とし、前傾の姿勢を保つように心がけた。結果、手数もよく出るようになった。新境地を切り開いたのか、原点回帰なのか、という質問には「いろいろなスタイルでやってきたから分からない」と答えた村田だが、次のような言葉を聞くと、やはり新境地を切り開いた、と言えるのではないだろうか。

「技術的に通用しないならそういうふうに戦うしかないし、開き直ったときにああやっていくんだということが、自信をくれたと思う。基本的にああいう戦い方は僕の戦い方だと思いますけど、ああいう戦い方の中でもっと自分を高めていく。そういうほうがいいのかなと思います」

ドラマティックにすぎる彼のキャリア。

 それにしても村田というボクサーはなんてドラマティックなのだろうか。

 デビュー戦ではいきなり東洋太平洋王者にKO勝ち。その後は勝利こそ重ねたものの、決して快勝ばかりではなく、評価を落とすような試合もあった。悩み、もがき、たどりついた2017年の世界初挑戦は元王者のアッサン・エンダムを相手に、大半の関係者、専門家、ファンが勝ったと思う試合内容でよもやの判定負け。

 そしてダイレクトリマッチに勝利しての戴冠劇は、あっさりベルトを手に入れるよりもストーリーを豊かにした。

 言うまでもなく、ブラントとの試合もそうだ。今までの村田のキャリアの中でもワーストという試合内容で敗れ、今回は一転、ベストのパフォーマンスで感動的とも言えるリベンジ成功というのだから恐れ入る。もし第1戦で今回のように快勝していたら、感動を与えるどころか「もうちょっと強い相手を選んだほうが良かったのでは」とさえ言われかねなかっただろう。

 試合翌日の会見で印象的な話があった。村田は「この3、4カ月、コーヒーを絶っていた」と明かしたのだ。コーヒーを絶った理由は、最高のテンションでスパーリングをするために、カフェインによって練習以外の時間にテンションを高めないようにするためだ。

 おそらく運動生理学的に正しいのだろう。しかし、このエピソードは、聡明な村田の科学的アプローチに感心するというよりは、「何としても勝ちたい」という藁にもすがるような心境を表しているものと受け取った。そんなふうに感じたのは私だけであろうか。

超エリートで、どこまでも人間的。

 日本人2人目のオリンピック金メダリストである村田は超のつくエリートに違いない。

 一方で、決して完璧ではなく、どこまでも人間的で、失敗を繰り返し、なお栄冠をつかんだからこそ、人々の共感を呼んだ。今回の試合で村田は「愛すべき我らがヒーロー」という地位を確固たるものにしたのではないだろうか。

 今後について村田は「モチベーションが上がるような相手を望みたい」と語った。世界チャンピオンになり、王座から陥落し、再びベルトを巻き、かっこいいところも、情けない姿もすべてさらしてきた。

 もう、負けられないとか、ボクサーとしての商品価値がどうとか、そういうことは何も気にせず、どんなビッグネームが相手でもガツンと勝負できるはずだ。新境地を切り開き、雪辱戦を見事に乗り越えた村田は、だれと拳を交えてもきっと強い。

文=渋谷淳

photograph by Hiroaki Yamaguchi


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