男子ジュニア世界一の望月慎太郎。盛田ファンドの功績と評価の行方。

男子ジュニア世界一の望月慎太郎。盛田ファンドの功績と評価の行方。

 日本の男子で初めてグランドスラム・ジュニアのチャンピオン、世界ジュニアランキング1位が誕生した。

 16歳の望月慎太郎の快挙に対して、私たちはまったく何の貢献もしていないのだが、海外のメディアの人たちからも「おめでとう」「すごくいい選手じゃないか」などと言ってもらえる。中には基本的な情報などを知りたがる人がいて、「IMGアカデミーに4年くらいいる」などと話せば、決まってこう返される。

 両親はどんな仕事をしているのか――。

 IMGアカデミーで生活するということにどれだけお金がかかるか、皆知っているのだ。そうなると、話は「盛田正明テニスファンド」に移る。海外にはもちろんその存在を知らない人も多く、そんな奇特な人がいるのかと一様に驚く。

盛田ファンドの活動内容とは。

 ソニー創業者の1人である盛田昭夫氏の末弟で、ソニー生命保険の社長も務めた盛田正明氏(現日本テニス協会名誉顧問)が、日本テニス協会の会長に就任する前に私財を投じて日本の若い選手を育成するために立ち上げたのが、通称“盛田ファンド”。厳しい選考を行なった上で、毎年1〜2人のジュニア選手をフロリダのIMGアカデミー及びクラブメッド・アカデミーにてトレーニングや教育を受けさせている。

 ファンドから支給されるのは、年1回の航空チケット、アカデミーの滞在費用、学費、日本の通信教育費などで、年間800万から1000万円といわれる。

 今年の全豪オープン・ジュニアのダブルスで優勝した川口夏実も盛田ファンド生としてフロリダに留学する17歳。卒業生の中にも、錦織圭のほか西岡良仁や今回のウィンブルドンでグランドスラム初出場を果たした内山靖崇も、かつて盛田ファンドの支援を受けた選手たちだ。

 これだけでも上々の成果であることは確かだが、2000年に第1期生を送り出してからこれまでに30人近くがいるというから、成功の裏には幾多のケースがあることも容易に想像できる。

「ずっとIMGでやりたいと思っているので」

 ファンドの支援によるフロリダ滞在は1年ごとの更新で、9月から翌年5月までを1期とし、この間に定められている成績面での課題をクリアすれば滞在延長が叶うが、できなければ帰国だ。

 望月はこれまで3回クリアしてきたということになる。錦織のようにプロになるまでクリアし続ける選手は一握りという状況の中、望月はウィンブルドンの会場でこう話していた。

「ずっとIMGでやりたいと思っているので、毎年クリアするためのプレッシャーはありますけど、クリアしたあとも油断しないで、いつもベストを尽くしてできるだけ多く勝ちたいと思っています」

錦織が語る、盛田さんへの思い。

 盛田ファンドの仕組みがある程度知られるようになったため、1年や2年で帰国した選手にはこんな目が向けられることも確かだ。「ああ、課題クリアできなかったんだ」。その後、いつまでも芽が出なかったり、そのままテニスをやめたりすれば、さらに厳しい視線を感じることになるのかもしれない。

 そういう状況を察してだろうか、盛田さんは「僕は、ほんとは誰も途中で帰したくないんです」と言う。今年のウィンブルドンでも日本ジュニアの試合を時間の許す限り観戦した盛田さんは、川口がシングルスの準々決勝で敗れた試合を最後に見て、帰り際の慌ただしい中で話をしてくれた。

「でも僕が一番うれしく感じているのは、1年、2年で帰らされた子たちも、テニスをやめてしまった子たちも、いつまでも感謝してくれていることなんです。どういうフィールドにいても、あの経験を生かそうとがんばってくれている。

 もちろん、できるだけ多くの選手がプロになって世界で活躍するようになってくれればうれしいし、100位と言わずもっと上にいってほしいですよ。でも、支援した彼らのそういう思いを聞くことが一番のやりがいかもしれません。だから、僕は死ぬまでこれを続けたいと思っているんです」

 そんな盛田さんを、錦織は「僕の中ではいい成績を届けたい一番の人」と言い、「いいニュースをあげられるようにがんばりたいですね」と続けた。また、「僕を超えるくらいの選手が早く出てきてほしい」と後輩に発破もかけた。

 望月も「あんなお年(92歳)で、飛行機に乗るのも大変だと思うのに、毎回応援に来てくれてありがたいと思っています」と、優勝後のメインインタビュールームでの会見で感謝の言葉を語った。

ジュニア選手の評価は、今後の結果次第。

 大らかな心に育まれ、ジュニア時代には錦織が達成しなかったシングルスでのグランドスラム優勝と世界1位を手にした16歳には、これまでも何人かそう呼ばれたように“錦織二世”の呼び声と期待がついてまわるだろう。

 日頃はとてもシャイなのに、大舞台に強く、「見る人を楽しませたい」という度胸やエンターテイナー気質を備えているところなど、錦織のジュニア時代を思わせる。しかし、“錦織二世”も“盛田ファンド生”も、そして“ウィンブルドン・ジュニア・チャンピオン”という肩書きさえも、決して輝かしい将来を約束するものではない。

 過去を振り返れば、1998年には望月も憧れるフェデラーが優勝し、まだ現役でプレーしている選手の中では、一昨年に世界3位までいったグリゴール・ディミトロフや自己最高6位のガエル・モンフィスというビッグネームもいる。

 しかし、その他大勢のチャンピオンたちには、プロとして無名のままの選手も少なくない。トップ100入り、トップ200入りすら叶わないままプロツアーを去った選手もいる。ジュニアプレーヤーの評価は、その結果を出してからなのだ。

 そのことを一番わかっているのは、すごい、快挙だという反響の中で、なぜか一番淡々として落ち着いて見えた望月だったような気がする。

 5年後、10年後、盛田ファンドに、盛田さんにどんなかたちで恩返しをするのか楽しみにしたい。

文=山口奈緒美

photograph by Hiromasa Mano


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