コパで振り返る王国ブラジルの現状。代表の足を引っ張る過激なクラブ愛。

コパで振り返る王国ブラジルの現状。代表の足を引っ張る過激なクラブ愛。

「カンペオン・ヴォウトウ(王者が戻ってきた)」

 カナリアイエローに染まった“聖地”マラカナンスタジアムに響き渡ったサポーターの歓喜。自国開催での優勝を義務付けられていたブラジルの大団円で終わったコパ・アメリカは、ピッチ外でもブラジルサッカー界が抱える光と影を見せつけた。

 ブラジルでもサポーターは「カミーザ・ドーゼ(背番号12)」と称されることは少なくないが、サッカー王国の民は基本的に、サッカーを楽しむためにスタジアムに足を運ぶ。

 そんな彼らのスタンスがはっきりと見えたのがサンパウロで行われたアルゼンチン対チリの3位決定戦だった。

 チリのビダルが「3位決定戦は何の意味も持たない」と公言したように形の上では消化試合。にも関わらず、コリンチャンスがホームとするアレーナ・コリンチャンスには4万1573人の観客が足を運んだ。

 観客の大半はブラジル人。彼らのお目当てはアルゼンチン代表の背番号10だった。37分、接触プレーを巡ってヒートアップしたメッシとメデルがまさかの一発退場。その瞬間、場内からは「ヘイ、審判。糞食らえ」という定番の大ブーイングが響き渡ったのだ。

 場内にはメッシを見る機会を奪われた失望が明らかに満ちていた。

 アルゼンチン代表を追うアルゼンチン人記者のフェデリコ・ウリサ氏は「ブラジルとアルゼンチンのライバル関係を考えれば、ちょっと驚きのシーンだったね。ただ、今大会ブラジル人は、常にメッシに対して親愛の気持ちを見せていた」とこの光景を振り返った。

メッシはライバル関係を超越した存在。

 一方で、ブラジル人記者の見解はこうだ。

「3位決定戦でなく、メッシを彼らは見にきていた。メッシをブラジルで見る機会なんて、そうあるわけじゃないし、メッシは両国のライバル関係を超越した選手なんだよ。それにメッシはマラドーナと違って、ブラジルを挑発はしないからね」と話すのはフェリペ・ジット・デ・カンポス氏である。

 ブラジルがアルゼンチンを下した準決勝のミネイロンスタジアムには、ブラジル代表とアルゼンチン代表のユニフォームを半分ずつ縫い合わせたメッシファンのブラジル人サポーターも登場。メッシ人気は今大会でも際立っていたが、だからと言って、ブラジル人がアルゼンチン代表を応援するはずはない。

 メッシがピッチに立っていた時間帯でも、アルゼンチン代表には猛然とブーイングを送り、チリを声援。その切り替えの早さは、ブラジル人ならではの特徴だ。

決勝戦では替え歌チャント。

 そんな機敏さは、スタジアムで歌われるチャントにもしばしば反映する。

 3位決定戦の翌日に行われた決勝戦。「1000ゴール、それはペレだけ。マラドーナはコカイン野郎」。アルゼンチンとの対戦かどうかにかかわらず、必ず代表戦で歌われる人気のチャントが、絶妙の替え歌となって、リオデジャネイロ市内の各地に鳴り響いていた。

「1000ゴール、それはペレだけ。ゲレーロはコカイン野郎」。

 コカインの陽性反応で出場停止処分を受けた過去を持つペルー代表のキャプテンを揶揄するものであるが、キックオフ前からマラカナンの熱気は最高潮だった。

過剰なクラブ愛はメディア、OBにも。

 もっとも、その熱気が常にチームを後押しするとは限らない。

「人口の数だけ、代表監督がいる」とまことしやかに言われるサッカー王国の宿痾が「クルビスモ(クラブ至上主義)」である。

 6月14日に行われた開幕戦。ブラジル代表はサンパウロFCのホームであるモルンビースタジアムでボリビアと対戦したが、試合前の選手紹介でコリンチャンスに所属するカッシオや、ファグネルらの名がアナウンスされると一部の観客からはブーイングが飛ばされた。罵声の出どころは、サンパウロサポーターやパルメイラスサポーターで間違いない。

 日本代表に例えるならば、ガンバ大阪から選出されている選手がヤンマースタジアム長居で行われる代表戦でブーイングされるようなものだ。

 そんな過剰なクラブ愛の一端を担うのがブラジルメディアの特性でもある。

 2010年のワールドカップ南アフリカ大会にも出場した元ブラジル代表のフェリペ・メロは現在パルメイラスでプレーするが、「昨年のブラジル王者、パルメイラスの選手が1人も選ばれていない。僕は今大会のセレソンの試合は見たくない」などとチッチ監督を批判。

 また、やはりセレソンOBで現在はTV解説者のエジムンド氏も「このセレソンはブラジルのものではなく、チッチの所有物だ。フェリペ・メロが批判するのももっともだ」などと火に油を注ぐのだ。

ブラジルが必ずしも正しいわけではない。

 日本では「サッカー王国」として語られることが多いブラジルだが、彼の地でブラジル人が自称するのは「パイース・ド・フッテボウ(サッカーの国)」。確かにサポーターもメディアも一言居士であるのは、事実ではあるが、その方向性は必ずしも正しいとは限らないのである。

 たとえば、日本でもワールドカップのたびに繰り返される「戦犯探し」だ。ロシア大会のベルギー戦で失点に絡んだフェルナンジーニョは、マンチェスター・シティでも欠かせない存在ではあるがブラジル代表では、しばしばメディアやサポーターから攻撃の的になった。

 献身的な守備やスペースメイクなど前線では欠かせない存在であるフィルミーノに関しても、古き良き時代の「背番号9」への幻想があるブラジルだけに、大会中にはグローボ局の解説者の元ブラジル代表、カーザグランデ氏がフィルミーノを低評価。世論をミスリードしていた感は否めない。

最大の犠牲者はカナリア軍団の指揮官。

 目先の結果に一喜一憂しがちなサッカー王国で、最大の犠牲者は各クラブの監督だ。ペルーを36年ぶりのワールドカップ出場を果たし、今回のコパ・アメリカでも44年ぶりの決勝進出に導いたリカルド・ガレカ監督も、そんな1人である。アルゼンチン屈指の名将として2014年にパルメイラスの監督に就任するも、わずか3カ月で解任の憂き目にあっている。

 そんなブラジルで、大統領以上に厳しい視線に取り囲まれるのがカナリア軍団の指揮官だ。

 ペルーとの決勝戦直前にも、ブラジルきっての大御所ジャーナリスト、ジュカ・クフォウリ氏が、大会後にチッチ監督が退任する可能性を指摘。決勝前日の記者会見では「悪意のある情報か、真実か」と問われた指揮官は「2022年のワールドカップ後まで契約している」とことば少なに否定したが、「チッチ降ろし」の風潮は大会前から、ずっと吹き荒れていたのも事実だったのだ。

ネイマール不在で優勝も、戦いは続く……。

 もっとも、心あるジャーナリストたちも存在する。

 戦術分析では国内屈指とされるパウロ・コエーリョ・ヴィニシウス氏は今大会の結果にかかわらず「今のブラジルにチッチ以上の監督は存在しない」とその戦術を賞賛。ブラジルに長年欠けていた長期計画の必要性を常に訴えていた。

 絶対的エース、ネイマールを大会直前に負傷で欠きながらも、歴史的な堅守をベースに見事、9度目の優勝を飾ったブラジル。長年の課題だった「ネイマール依存症」を乗り越え、チッチ監督はノルマに近かった優勝を手にした。

 ブラジル代表のユニフォームを着た孫を膝に抱いて優勝後の記者会見に臨んだチッチ監督。「今日、私はブラジル代表の監督になれた。この幸せを例える言葉を持っていない」と代表での初タイトルをこう振り返った指揮官の本音である。

 ただ、ブラジル代表の監督には常に、サポーターやメディアとの戦いも待ち受ける。

 チッチ監督にとっての束の間の凪――。

 ブラジル国旗に刻まれているフレーズである「秩序と進歩」。皮肉にもブラジルサッカー界には、最も無縁の言葉かもしれない。

文=下薗昌記

photograph by Masaki Shimozono


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