子どもを“追い込まない”環境を!ドイツサッカー界で進む育成改革。

子どもを“追い込まない”環境を!ドイツサッカー界で進む育成改革。

「かつてはこうだった」

 スポーツの世界であっても、一般的な社会においても、そんな枕詞でスタートする話をいろんなところで耳にする。日本だけではない。国外でもいたるところで、今とかつての時代を比較して、過去における実体験を絶対的な信頼として語りだす人が多くいる。ある意味でこれは自然なことだ。誰でも自身の経験はそれぞれにとって一番大事な判断基準なのだから。だが、だからと言って、すべてが最適なものだとは限らないはずなのだ。

 私はドイツのカッセルで開催された国際コーチ会議の椅子に座ってメモを取りながら、そんなことをふと考えていた。

 壇上ではドイツサッカー協会(DFB)の専任スタッフがドイツサッカーの現状について話をしていた。国際コーチ会議とはDFBとドイツプロコーチ連盟(BDFL)との共催で開かれるDFB公認A級とプロコーチライセンス(UEFA・S級)保持者対象のカンファレンスだ。毎年夏に3日間開催され、メインテーマに沿った形でDFB専任スタッフによる分析・発表、スポーツ学・心理学・脳科学教授らによる最新研究発表、ブンデスリーガや強豪アマチュアクラブ監督によるトレーニングデモンストレーションが行われる。

「とてつもない速さでアップデートを繰り返す」

 私たち市井の指導者にとっては新しい知識と視点を得られるとても貴重な機会だ。話を聞きながら、デモンストレーションを見ながら、これまでと今、そして思い描く将来を結び付けるヒントを探す作業はとても楽しいものだ。

 壇上のDFB各世代別代表主任ミヒャエル・シェーンバイツは、「ドイツサッカーはどのように将来に向けて取り組んでいくべきか」について、丁寧な説明をしていた。

「社会のあり方は時代とともに様々な変化を遂げてきている。技術の発展は世界をどんどん近づけ、これまでに知り得なかった情報を瞬時に手に入れることができる。あらゆることがとてつもない速さでアップデートを繰り返していく。そうしたなかで、今まで常識とされていたことが実は選手の健康を損ねていたという発見もたくさん出ている。サッカーとは技術や戦術、フィジカルやメンタルというものだけではない。サッカーそのものに対する考え方、そして育成ということに対するとらえ方においても同様に、新しい視点と解釈を持つことが重要になる」

ドイツはサッカー協会登録人数世界一の国。

 ドイツはサッカー協会登録人数世界一の国だ。2019年現在約713万人。日本サッカー協会登録人数が2018年のデータで89万人なので、約8倍。数字上特にすごいと思われるのが成人男性でサッカーをしているのが420万人もいるという点だ。成人サッカーリーグはブンデスリーガを1部に下は11部までつながっている。大人になっても自分のレベルと生活状況に応じてサッカーを続けられる環境があるわけだ。

 タレント育成の試みも様々に行われている。成長段階に応じた試合形式を導入し、U-9までは5人制、U-10とU-11が7人制、U-12とU-13が9人制と、子どもたちがレベルに応じてサッカーを楽しめるような環境がある。ブンデスリーガは基準をクリアした育成アカデミーを保持しなければならないし、全国366カ所に拠点が置かれたトレセンシステムも兼任ではなく、必ず専任の指導者を登用して、地域内におけるおかしな権力争いが起きないようにケアをしている。

 指導者育成では、協会のやり方を真似るのではなく、トレーニング理論や戦術という専門知識をどのように身につけ、コミニュケーション能力を高めていくことが望ましいかを突き詰めてもらえるようにアプローチする。そうした様々なプロジェクトが成果となり、結果となったのが、2014年ブラジルワールドカップでの優勝だった。

惨敗劇を真摯に受け止める。

 あれから5年の時が経った。ドイツの現在位置は世界一ではない。2018年ロシアワールドカップでグループリーグ敗退という惨敗劇を真摯に受け止め、気持ちを新たに育成と向き合おうとしている。向き合うためには現場の今を知ることが大切だ。そしてどんな選手を求めているのか、どんなサッカーを目指そうとしているかの指針とかみ合わせなければならない。

 DFBタレント育成チーム主任マルクス・ヒルテは警鐘を鳴らしていた。

「DFB登録選手のうち50%以上が4〜12歳の子どもだ。だがそこからU-13、U-15と上の学年に上がっていくにつれて、どんどん辞めていく子どもが増えていく。これを自然の減少とだけとらえてはいけない。U-13までの子どもたちの指導をしているコーチのうち実に90%以上がライセンス講習会などで指導者育成を受けていない人たちだ。ここへのアプローチをいつでも考えなければならない」

勝つことにしばられた指導者や両親。

 12〜15歳の子どもたちは、それまでとは違った価値観を持ちだす時期にある。大人の言うことに盲目的に従うのではなく、自分で見つけた新しい世界に興味を持つようになる。だからサッカー以外のことに興味を示し、そちらに移っていくことも珍しくない。でも、サッカーを好きなはずだった子がサッカーに幻滅して、あるいはサッカーに限界を感じて離れていくとなると話は違う。

 ヒルテはスクリーンに映ったドイツ紙の見出しを見せた。

「子どもたちはサッカーを楽しんでいる。なのに、両親はプロ選手のようなプレーをさせたがる」

 両親だけではない。指導者もそうだ。勝つことにしばられてしまっている。だから窮屈そうにプレーをする。そこにどこまで喜びがあるだろうか。笑顔でプレーしている子どもの顔がびくっとする。ドリブルをしたら足元からボールがこぼれて相手に取られてしまった。父親が怒鳴る。「何やってるんだ! ボールを取られてるじゃないか!」。委縮した子どもはミスを恐れてボールを離すようになる。パスを選択しているのではない。様々な試みは意図を忘れたら形骸化してしまう。何のために少人数制を導入したのか。何のために育成アカデミーの保持を義務化したのか。何のための指導者育成だったのか。

尋常ではないプレッシャーのなかでプレー。

 ドイツすべてがそうではない。実直に慌てずに優れた仕事をしている地域もたくさんある。でも、こうした現場がまだまだあることもまた事実なのだ。

 ヒルテは会場にいる指導者に尋ねた。

「いま、子どもたちは子どもたちらしくサッカーを楽しめているだろうか。練習は常に次の試合に向けての準備だけになっていないだろうか? 育成年代で勝ちにこだわりすぎていないだろうか? いや、こだわらせすぎていないだろうか?」

 育成が大事だからと子どもたちを追い込むようなことをしてはいけないのだ。いまブンデスリーガの育成アカデミーにいる子どもたちはみんな、尋常ではないプレッシャーのなかでプレーをしている。モチベーションを保ち続けることが困難なほどに。

チャレンジをサポートする環境を。

 モチベーションもやる気も情熱も維持することが大切なのではなく、一緒に育てていくことが必要なのだ。昨日よりも今日の方がやる気に満ちて、もっと頑張ろうと思えるような環境があることが大切なのだ。

 自分たち大人がプレッシャーをかけて、それでいて「試合のなかで状況を打破できる個人の力を持った選手が欠けている」と嘆き出す。それは、あまりに本末転倒だ。そうした選手が育ってくることを望むのならば、クリエイティブな瞬間を作り出そうとしている子どもたちのチャレンジをサポートする環境を作り出さなければならない。

 そうした問題を解決しようと、ポジティブな風を送りこもうと、今年DFBが断行する新しい施策が小学生サッカーの試合形式に関するリフォームだ。それぞれの年代の特性に応じて、それぞれがサッカーの試合を楽しむことができるような試合形式がクオリティとその発展のための基盤となる。

「みんなエゴイストで好奇心の塊」

 子どもたちにはキャパシティがある。無理をしたら、あっという間に許容量を超えてしまう。前述したとおり、ドイツのU-13までの指導者の90%は指導者育成を受けたことがない。みなさんボランティアで地元クラブとその子どもたちに時間を費やしてくれている人たちだ。そうした人たちに「指導者とはこうあるべき」と伝えていきながら、同時にそうした人たちが監督でも「本来みんなエゴイストで、好奇心の塊で、ここと今に生きている子どもたちが、喜びと楽しさを感じながら動き回って、自分でいろんなプレーにチャレンジできるような」試合形式を整理させることが重要になる。

 乱暴に言うと、どれだけ良くない指導者であっても子供が成長できるような試合環境を作り上げてしまおうということだ。

 小さな子どもたちは、ピッチ上で起こるいろんなことを一気に認知して判断して決断して実践するための経験がまだない。だからこそ、難しくなりすぎないように人数とピッチの大きさと試合時間を考慮することが重要だ。そして、大人の理解が欠かせない。子どものころはまだ空間を認知する能力が備わっていない。だから「もっと前」や「もっと中に入って」を理解できなくて当たり前だ。それに対して周りの大人が、「何やってるんだ! どこに立ってるんだ?」と怒鳴っても、それはマイナスにしかならない。

U-6、U-7年代への抜本的な改変。

 具体的にはU-6、U-7では16mx20mのピッチでミニゴール4つによる2対2の試合と25mx20mのピッチでミニゴール4つによる3対3の併用。2対2の試合形式に関してはすでにベルギーで実施されており、その効果が発表されている。

 U-8、U-9では25mx20mのピッチでミニゴール4つでの3対3と40mx25mのピッチでフットサルゴールか少年用ゴールを置いての5対5の併用、そしてU-10、U-11では40mx25mでの5対5と55mx35mのピッチで少年用ゴールを置いての7対7の併用が実施される模様だ。

 こうしたU-12までの育成、特にU-6、U-7年代への抜本的な改変を見せる動きはドイツだけではない。現在FIFAランキング1位のベルギーもそうだし、育成大国であるスペイン、近年数々の優秀な若手選手が育ってきているイングランド、オランダ、フランスもとても力を入れている。イタリアやポルトガルだって負けてはいない。クロアチア、ポーランド、スイス、オーストリア、デンマーク、スウェーデン、アイスランドといった国からも多くの素晴らしい選手が出てきている。逆にいつまでもここが整理されないと、近い将来大きな差が生まれてくるのだろう。

大人のサッカーの縮図ではありえない。

 子どもにおける試合は、子どもに合わせて考えられなければならない。子どものサッカーとは大人のサッカーの縮図ではありえないし、小学生のサッカーは中・高生のそれとも分けて考える必要がある。ただし、別々のものととらえるわけではない。そうではなく、小さな子供から小学生、中学、高校、そして大人のサッカーと同じビジョンで同じ方向性で取り組んでいくために最適化するべき、ということだ。

 子どもが無理をすることなくいつでも思いっきり練習できて、思いっきり休めて、思いっきり試合に夢中になれる環境を作り出すことができたら、子どもたちはどんどん自立をして、しっかりと着実に成長していくことができる。

「かつてはこうだった」と今私たちが過去と比べて話し出すように、将来の私たちは今の自分たちを「かつて」として語るだろう。だからこそ今から将来を見据えて、動き出すことが大切なのだろう。何年後かに自分たちの歩みを振り返ってみたときに、「かつてはこうだった」と誇れるような取り組みを今からしていきたいものだ。

文=中野吉之伴

photograph by Uniphoto Press


関連記事

おすすめ情報

Number Webの他の記事もみる

あわせて読む

主要なニュースをもっと見る
社会のニュースをもっと見る
経済のニュースをもっと見る
政治のニュースをもっと見る
国際・科学のニュースをもっと見る
エンタメのニュースをもっと見る
スポーツのニュースをもっと見る
トレンドのニュースをもっと見る
生活術のニュースをもっと見る
地域のニュースをもっと見る

スポーツ アクセスランキング

ランキングの続きを見る

スポーツ 新着ニュース

新着ニュース一覧へ

総合 アクセスランキング

ランキングの続きを見る

東京 新着ニュース

東京の新着ニュースをもっと見る

東京 コラム・街ネタ

東京のコラム・街ネタをもっと見る

特集

特集一覧を見る 動画一覧を見る

記事検索

トップへ戻る