岩出流「脱体育会系」で培う人間力。帝京ラグビーが根付く教え子のW杯。

岩出流「脱体育会系」で培う人間力。帝京ラグビーが根付く教え子のW杯。

 ラグビーワールドカップについて聞かれると、帝京大学の岩出雅之監督は「私はファン目線です」と控え目な笑みを浮かべた。

「スタッフの人たちにかかるプレッシャーを考えたら、チームの内側を知らない自分が余計なことは言えません。ネガティブなことは一切考えず、ビールを飲みながら応援します」

 もちろん期待はある。この国のラグビーを下支えするひとりとして、W杯の成功を願わずにいられないのだ。

「日本のラグビーに関わっている方、応援をしてくれている方、これまで興味のなかった方に、言葉では表現できないダイナミックなプレーを目の前で見てもらえる。少年たちに夢を与えてくれると思いますし、高校や大学でラグビーをやっている選手は、本物の姿を見ることでエネルギーを掻き立てられるでしょう。あとはいいトリガーを大会中に引いて、一気に色々なものがつながって最高の大会になってほしい」

ジャパンに名を連ねる帝京大OB。

 岩出がいう「トリガー」を引くのは、他でもない彼の教え子たちになるかもしれない。7月下旬から8月10日にかけてパシフィックネーションズカップを戦った日本代表には、帝京大学ラグビー部のOBが8人も含まれていた。

 堀江翔太は3大会連続出場を、ツイヘンドリックは2大会連続出場を目ざす。中村亮土、流大、坂手淳史、姫野和樹、松田力也、堀越康介は、初のW杯スコッド入りへアピールを続けてきた。大学別で日本代表の最大勢力である。

「自分が何をやらなきゃいけないのか、彼らは分かっているでしょう。プレッシャーや責任も感じていると思いますが、そういう立場だからこそ味わえる楽しさもきっとある。一生に何度も経験できるものではないでしょうから、メンバーが決まるまでのプロセスも含めて、すべてを楽しんでほしいですね」

人間力を鍛えた「脱体育会系」。

 岩出が統べる帝京大学は、2009年から大学選手権を9連覇してきた。日本代表の最大勢力となるのも必然的だが、そもそも帝京大OBは人間力が高い。

 33歳の堀江は日本代表のキャプテンを務めただけでなく、スーパーラグビーに参戦したサンウルブズで初代キャプテンを任された。9月4日に27歳になる流は、所属するサントリーで加入2年目からキャプテンとなり、ジェイミー・ジョセフ率いる現日本代表でもリーダー格のひとりだ。また、日本代表の底上げを促している25歳の姫野和樹は、トヨタ入団1年目にキャプテンに指名された。

 岩出の指導は「脱体育会系」と言われる。雑用に率先して動く上級生を見て、下級生はラグビー部員としての自覚に目覚める。組織への忠誠心が、横方向にも縦方向にもつながっていく。チーム内の風通しが抜群にいいのだ。

 岩出は「失敗もしてきていまがありますけどね」と、遠慮がちに切り出す。

「脱体育会系とか先輩が雑務をするとかがすべてではなくて、そういう先輩の姿を見て後輩は感じるところがあるだろうし、いまの学生は昔のようにタテの関係でやると潰れちゃう。潰さないためにも最初は余裕を持たせて、自己容認させる。自分のことを知る時間を下級生のうちに持たせながら、少しずつ負担を増やしていくというかね。目の前にいる上級生にいい見本を見せてもらうのが、下級生には一番分かりやすいので」

大切な自分を変えていく力。

 岩出自身は学生にどのようにアプローチしているのだろう。61歳の指導者は「そう、どうやって関わるのかですよね」と自身に問いかけるように呟く。

「誰かに変われと言われても、人はなかなか変われません。無理を強いるほど、ゴムと一緒で伸ばしても戻っちゃう。一番大切なのは自分で自分を変えていく力、努力し続ける力じゃないでしょうか。ダブルゴールで4年間のゴールと未来のゴールを重ねながら、スポーツという環境のなかで勝負を大きな柱にしつつ、様々な人間同士の絡み合いで学生たちが可能性を自分で引き出していく。

 面倒臭いことも楽しめて、自分のためからスタートして仲間のため、人のために動けるような『徳』を持ってくれたら嬉しい。楽しさとか自由の裏側にある責任、規律、ルールといったものは縛りではなく、自分たちが成長するためのツールです。精神的に深みのある人間に向かっていこう、そのためのツールとして生かそうと考えて行動してくれたら、とても魅力のある人間になっていくと思います」

岩出が考えるリーダーシップ。

 岩出の言葉に、OBたちの姿が重なる。ラグビーという競技がチームメイトの支え合いによって成り立つものだとしても、彼らは組織への帰属意識を感じさせる。目標達成を前提とした自己犠牲の精神も漲っている。

「彼らも悩むことはあるでしょうし、苦しいこともあるでしょう。それが、人間を成長させてくれる。自分の覚悟や目標に対するエネルギーで悩みや苦しみを淘汰していくというか、そういう精神的なコントロールをうまく持ち合わせて成長してほしいなと。それは学生も、OBも同じです。そうじゃないと、新しい環境へ飛び出したときに、現状維持なり現状の最大化はできても、進化はできないんじゃないかと思うんです。

 慣れない環境でまた悩み、苦しみ、経験不足も感じるでしょうが、その瞬間というのはクリエイティブな人生を楽しめるかどうかの境目です。挑戦心のある若者の姿は本人だけにとどまらず、周囲に好影響をもたらします。まさにそれが、リーダーシップになってくると思いますし」

「台本を読むだけでは観客は感動しない」

 日本代表の精神性に、帝京大OBは間違いなく影響を及ぼしている。出身校別で最大勢力になっていることだけでなく、1人ひとりが胸に宿すしなやかで逞しい忠誠心が、日本代表のメンタルに芯を通している。

 岩出は顔の前で左手を振る。それはちょっと褒め過ぎですよ、ということだろうか。「まあでも」と言って、机の上で手を組んだ。

「そういう言葉に対して驕らずに、ラグビー選手の魅力を感じさせる姿を見せてほしいと思います。どんな競技でもそうだと思いますが、ラグビーはとくに相手に向かっていくエネルギーが、魂がないと成立しません。役者さんだって、台本を読むだけでは観客は感動しない。その人独自の魂を持って演じないと、お客さんには伝わらないでしょう。

 海外の試合はテレビでしか見られない人が大多数でしょうが、今回は目の前でたくさんの人が見てくれる。日本人独特の感動もそこにあると思うし、プレーの感動だけではなく姿の感動もあると思う。みんなが感動する大会に、自分たちもやり切ったと思える大会に、してほしいですね」

 大学選手権10連覇を阻まれた昨シーズンを受けて、今シーズンの帝京大はタイトル奪回へ挑む。「敗戦からたくさんのことを学ばせてもらいました」と話す岩出も、新たな闘争心を燃やす。

 関東大学ラグビー対抗戦グループは、8月末に開幕する。W杯期間中は中断されるが、その代わりに大学ジュニア選手権が開催される。いつもどおりに学生たちと向き合いながら、岩出はOBたちの奮闘を気にかけていくのだろう。

文=戸塚啓

photograph by Kiichi Matsumoto


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