ドイツのカップ戦は1回戦から熱狂。5部クラブの夢と大迫勇也の洗礼。

ドイツのカップ戦は1回戦から熱狂。5部クラブの夢と大迫勇也の洗礼。

 湿度が低く、爽やかな風が吹くドイツ・フランクフルトの盛夏は穏やかな天候が続いています。

 市民たちがカフェやレストランの外に設置されたオープンスペースで食事やお酒などを嗜みながら歓談に耽っています。

 この時期、フランクフルトでは市内の各所で様々な屋外イベントが開催されます。最も有名なのは、フランクフルトの地酒として有名なアップルワインの屋台が立ち並ぶ『Apfelwein Festival』。このアップルワイン、地元の方々が「美味いから飲んでみろ」と必ず勧めてくれるのですが、そのお味はなんだか気の抜けたアップルサイダーみたい……。

 でも本人を前に「うん。不味いです」とは言えないので、いつも曖昧な笑顔を浮かべてやり過ごすようにしています。人それぞれ、いろいろ好みがありますからね。

 8月の上旬にはフランクフルト市内を横断するように流れるマイン川沿いのある広場で『Main Matsuri』というイベントが開催されました。

「Main」(英語でメインの意)は、フランクフルトの正式名称である「フランクフルト・アム・マイン」のマイン川にかけていて、「Matsuri」は文字通り日本語の『祭り』のこと。

 イベントは昨年に続き2回目の開催だそうで、広場にはイベント用の大型ステージセットが設けられ、その周囲に日本食などのブース、和食器、着物などの和服やヨーロッパでも人気の日本のアニメや漫画のグッズを売るお店が並び、いわゆる『ジャパン・フェスタ』として活況を呈していました。

 日本が誇る至高のビール『キリン一番搾り』を飲み、おにぎりや鶏の唐揚げを食べつつ日本からやってきたミュージシャンやダンスグループのパフォーマンスに心を躍らせる。フランクフルトでこんな贅沢な日本気分を味わえるなんて、本当に有り難いものです。

ドイツの地で『津軽じょんがら節』。

 僕が出掛けた日は青い空と白い雲のコントラストが映える好天で、麗らかな陽気に気分が良くなり、ビールを片手にぼんやりとステージセットへ視線を向けていました。すると、綺麗な着物を着た若い女性ふたりが三味線を抱えて舞台へ。

 彼女たちはどうやら姉妹で、挨拶の英語やドイツ語はぎこちなく、声質も少しアニメの声優っぽい感じ。三味線のペグ(三味線では糸巻きというそうです)がカラフルなピンク色に代えられていたので、少しライトな音楽を想像して音に耳を澄ませたのですが、演奏が始まってビックリ!

 彼女たちが弾いたのは、津軽民謡の名曲『津軽じょんがら節』。左手で弦を押さえる繊細な指使いと右手の撥(ばち)で弦を叩きつける力強いストロークのアシンメトリー感に圧倒された僕は、体に電流が走ったかのような衝撃で、その場から動けなくなりました。

 三味線って、とてもエモーショナルな音色を奏でる楽器なんですね。僕は青森県に行ったことがありませんが、きっと素朴で静謐なはずの津軽の美しい原風景が確かに見えました。彼女たちの演奏は本当に素晴らしかった。

ブンデスとともにポカールも開幕。

 ドイツのサッカーシーンもようやく心躍る新シーズンが始まりました。チャンピオンズリーグやヨーロッパリーグの各予選に出場するクラブはすでに公式戦を戦っていましたが、ドイツ国内はDFLスーパーカップでシーズンの幕が開けました。

 バイエルン(ブンデスリーガ&DFBポカール王者)とドルトムント(ブンデス2位)のゲームは、パコ・アルカセル、ジェイドン・サンチョのゴールでドルトムントが快勝! ルシアン・ファブレ率いるドルトムントは、今度こそバイエルンを盟主の座から引きずり降ろそうとフルスロットルで臨み、見事に今季最初のタイトルを獲得しました。

 そして、8月9日からはDFBポカールの1回戦が開催されました。

 DFBポカールの出場条件は少々複雑です。大会方式は各ラウンドとも1試合勝負のノックアウトトーナメント。ブンデスリーガ1部の18チーム、同2部の18チームは無条件で出場権を得られ、続いてブンデスリーガ3部の昨季上位4チームも参加資格を得られます。

 残りはドイツ21地域協会が開催する各カップ戦の昨季覇者、そしてクラブ加盟数が多いバイエルン、ニーダーザクセン、ベストファーレンの各地域協会主催のカップ戦準優勝クラブ3チームを加えた、計64チームが各カテゴリーの差異なく1回戦から激突します。

1回戦は下部カテゴリーの本拠地で。

 ただし、1回戦は必ずブンデスリーガ1部・2部のクラブと下部カテゴリーに所属するクラブとが対戦し、会場は下部カテゴリー所属クラブのホームです。これには1部や2部クラブとの対戦で下部カテゴリーのクラブに収益が見込まれ、結果ドイツサッカー界全体の活性化に寄与するという思惑があるのです。

 サッカーはドイツ随一の人気を誇るスポーツです。その所属カテゴリーに関わらず、各地域には創設から100年以上の歴史を誇るクラブが数多く存在して、人々は総じて自身と縁のあるクラブチームを応援しています。ドイツの方々のサッカーに注ぐ情熱はドイツ・ブンデスリーガがヨーロッパ一の年間集客数を記録していることからもうかがいしれます。

 しかも、この国では下部カテゴリーのクラブでもスタジアムが超満員の観衆で埋まるのがざらでして、特に滅多に対戦することがないトップランククラブが下部カテゴリークラブと対戦する可能性の高いDFBポカールのゲームとなると壮絶なチケット争奪戦が勃発することもあるほどです。

5部クラブにとって世紀の一戦が。

 DFBポカールではトップカテゴリーのクラブが苦戦するケースが度々あります。これは同じく国内カップ戦である日本の天皇杯と似たような傾向で、事前情報の少なさ、互いのモチベーションの差異などの様々な要素が作用して、いわゆる“ジャイアントキリング”が起こるのです。

 今季も1回戦で1部のアウクスブルクがレギオナルリーガ(4部に相当)のSCフェールに、そしてマインツがブンデスリーガ3部のカイザースラウテルンに敗戦。2回戦以降も意外な番狂わせが起こるかもしれません。

 そんななか、今季DFBポカール1回戦で、世紀の一戦と銘打たれて注目されたゲームがありました。それは大迫勇也が所属するベルダー・ブレーメンと、ニーダーザクセン州に属するアトラス・デルメンホルストというクラブとの一戦です。

 デルメンホルスト。僕は、この街の名前もクラブのこともまったく知りませんでした。デルメンホルストが現在所属するカテゴリーはオーバーリーガ(5部に相当)。ドイツでは1部から3部までがプロクラブとして認知されているため、デルメンホルストは完全なるアマチュアクラブです。

 そんな彼らは昨季のニーダーザクセン・カップで優勝を遂げて、見事DFBポカールの出場権を獲得。その対戦相手が本拠地・デルメンホルスト市の近隣にあるブレーメンとなったことで、一気に注目度が高まりました。

「どこでゲームを開催するの?」

 デルメンホルストからブレーメンまではドイツ鉄道在来線で約15分。マッチメイクが決まってからは特にデルメンホルスト市内が大騒ぎになったようで、すぐ問題になったのが「どこでゲームを開催するか?」でした。

 本来ならDFBの規定でデルメンホルストのホームスタジアムである、シュタディオン・アン・デア・デュスターノルトシュトラッセ(長い……)で試合が行われるはずですが、このスタジアムは陸上競技場であるうえに収容人数が1万2000人しかなく、観戦希望者の要望に適切に応えられないのは必至でした。

 そこでデルメンホルストのクラブ会長であるマンフレッド・エンゲルバート氏がDFBに対して、この試合だけ例外的にブレーメンのホームであるべーザー・シュタディオンで開催できないか掛け合ったのです。

前代未聞の1部本拠地での開催。

 デルメンホルストからベーザー・シュタディオンまでは直線距離で約17キロしか離れておらず、サポーターも「これなら自転車で行ける!」と大乗り気(ほんとか……)。

 またベーザー・シュタディオンの収容人数は4万1500人で、これならば両サポーターのニーズに応えられると判断したDFBは英断を下し、前代未聞の1部クラブ本拠地でのポカール開催と相成ったのです。

 面白いのは、ホームチームはあくまでもデルメンホルストであること。

 ブレーメンは、慣れ親しんだスタジアムにも関わらずアウェー扱い。事前にスタジアム施設を視察した先述のエンゲルバート会長は、ロッカールームに据えられた水風呂用の浴槽を見るなり、「試合に勝ったら、俺はこれに飛び込むぞ!」と豪語したそうです。

 案の定、チケットは発売と同時にソールドアウト。約1万2000人はデルメンホルストのファン・サポーターで、人口約7万7000人の市民の約7分の1がスタジアムに詰めかけるという一大事。街全体が沸騰したのは言うまでもありません。

 デルメンホルストはアマチュアクラブで、普段は警察官や会社員として仕事に従事する選手たちのなかにはブレーメンのサポーターもおり、かつてブレーメンのアカデミーに所属してプロを目指したものの夢叶わなかった者もいるそうです。

 そう考えると、デルメンホルストにとってこの一戦は「一生に一度しかない」、「孫にも伝えられる」、まさに“世紀の一戦”であったわけです。

大迫のゴールとアシスト後に……。

 さて、肝心要の試合ですが、この日唯一のナイトゲームで注目が集まるなか、無慈悲な一発を浴びせたのは我らが大迫!

 試合開始わずか10分に味方クロスをボレーで叩いて先制ゴールをゲットし、19分には同僚のニクラス・モイサンデルのゴールをヘディングでアシストして仁王立ち。相手が誰だろうとお構いなし。全力で戦うことで相手を敬うプロの鑑のような所作は阿修羅の如し。

 ただ、ここでデルメンホルストにハイライトシーンが訪れます。30分、敵陣右サイドを切り裂いてからのクロスがブレーメンのディフェンダーに当たりファーサイドへボールが流れたところ、駆け込んだトム・シュミットがノートラップで右足シュート! 見事に名手イリ・パブレンカの守るゴールを打ち破って1点を返したのです。

 熱狂する大観衆、煌びやかなカクテル光線に照らされたピッチで躍動するフィールド・オブ・ドリームス改め、ピッチ・オブ・ドリームス……。

わが街のクラブに心血、情熱を。

 試合はその後、ブンデスリーガ最年長40歳のFWクラウディオ・ピサロのドッペルパック(2得点)などでブレーメンが6−1と勝利しましたが、デルメンホルストにとっては歴史に名を刻む一世一代の大勝負は、後世まで語り継がれるゲームになったことでしょう。

 羨ましい。

 何万人もの人々がわが街のクラブのために心血を注ぎ、溢れんばかりの情熱を浴びせる姿に憧憬の念を抱きます。愛する街や対象を慈しむ気持ちは万国共通。

 デルメンホルストが綴った壮大な“叙事詩”に感銘を受けつつ、涼風そよぐドイツで、僕も愛する我が国、そして我が街への想いを募らせたのでした。

文=島崎英純

photograph by Getty Images


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