日本バスケはW杯で新しい時代へ……。夢を諦めなかった2人と代表の仲間達。

日本バスケはW杯で新しい時代へ……。夢を諦めなかった2人と代表の仲間達。

 どんな世界でも、それまで当たり前だと思っていた常識が変わるときがある。

 日本バスケットボール界にとって、この1年はまさにそんなときだった。

 その結果、サイズやフィジカルで他国に劣り、決定力も欠き、経験も浅く、世界どころかアジアでも勝てなかった日本代表が、フィジカルの強いオーストラリアやイランを倒し、接戦に勝ち、敵地での戦いも制して、自力でFIBAバスケットボール・ワールドカップ(以下W杯)出場権を勝ち取るまでになった。

 男子日本代表が世界選手権/W杯に自力で出場するのは21年ぶり。オリンピックに至っては前回出場したのは1976年だ。それだけ世界の舞台から遠ざかっていた。

 2017年11月から始まったW杯予選も、最初はそれまでの歴史が繰り返されるだけのように見えた。最初の4試合に4連敗し、いきなり1次予選敗退の崖っぷちに追い込まれたのだ。ところが、5試合目からすべてが変わった。

 強豪オーストラリア相手に接戦を制して勝利すると、そこから怒涛の8連勝。2次予選に進み、W杯出場権も勝ち取り、まるで漫画のような劇的な展開で、世界への扉を開けた。

有望な選手がアメリカに行くのは無駄!?

 その変化を引き起こした中心人物は、世間の常識にとらわれなかった2人の若者、八村塁と渡邊雄太だった。

 2mを超える長身というだけで日本人離れをしているのだが、その彼らが高校卒業と同時に日本を飛び出し、アメリカに渡った。本気でNBAを目指し、その目標に近づくための渡米だった。

 現在24歳の渡邊が渡米したのは2013年。

 当時はまだ、日本バスケットボール界には、有望な選手がアメリカに行くことに対する抵抗が多く渦巻いていた。

 田臥勇太が日本人として初めてNBAフェニックス・サンズと契約してから、すでに9年の年月がたっていた。田臥は4試合に出場しただけでサンズを解雇され、その後、続く選手がいなかった。それだけに、日本人にとってNBAは遠い夢物語だった。有望な選手がアメリカに行くのは無駄だという極論さえ聞かれた。国内とは違うスケジュールに縛られる海外組は代表活動に呼びにくいと、嫌がる関係者も多かった。

夢は「NBAでプレーすること」。

 渡邊は、子供の頃から「NBAに行きたい」と夢見ていたという。子供が大きな夢を見るのは珍しくない。渡邊が違ったのは、中学、高校と学年があがっても、将来の夢を聞かれるたびに「NBAでプレーすること」と言い続けてきたことだった。まわりの友人たちが夢から覚めても、渡邊は頑なに夢を信じ続けた。

 アメリカに出てきた当初、渡邊にそのことを聞いたことがある。

「NBA入りを思い続け、夢を曲げずに、言葉に出し続けてきました。それだけの覚悟ができていますし、自分も、ちゃんとやることはやっていると思っているので」

 渡邊は、まっすぐな眼差しでそう語った。

 アメリカではプレップスクールを経由してジョージワシントン大で4年間プレー。1年のときから試合に出て、上級生になる頃にはすっかりチームの中心選手となっていた。

「君は将来NBAでプレーする」

 渡邊より3歳4カ月若い八村が、渡米したのは2016年。

 バスケットボールを始めてから6年たった時だった。中学に入ったばかりの時に、バスケ部のコーチから「君は将来NBAでプレーする」と言われ、その言葉の魔法にかかったかのようにバスケットボールに夢中になった。

 NBAに入れると信じ、そこを目指すために必要だと思ったことは、たとえ嫌いな勉強でも頑張った。その結果、名門ゴンザガ大に進学し、3年目の昨季にはチームのエースとして活躍するまでに成長した。

 2人がアメリカで証明したことは、無理だと言われ、常識だと言われていることでも、変えることができるということだった。

 渡邊は去年夏にメンフィス・グリズリーズと2ウェイ契約を交わし、グリズリーズで15試合に出場した。八村は、今年6月にワシントン・ウィザーズからドラフト1巡目9位で指名され、7月に複数年契約を交わしている。

まわりの選手は、どう受け入れたのか?

 日本代表にとって、世界最高峰のバスケットボールを肌で感じ、経験してきた2人が加わったことは大きかった。

 加えて、去年4月には元NBA選手のニック・ファジーカスも日本国籍を取得。2m台の現役あるいは元NBA選手が3人揃った。

 一方で、彼らの活躍と同じぐらい重要だったのは、まわりの選手の受け入れ方だった。

 新しい基準はまわりが受け入れて初めて定着し、新たな常識となる。その点では、古株選手も含めて、代表のチームメイトたちは皆、八村や渡邊の才能に一目置き、そのうえで、若い2人に刺激を受けて負けずに成長したいと思うようになった。

「負けていられない。自分ももっと成長したい」

 たとえば竹内譲次。双子の兄の公輔とともに、長年、日本代表を引っ張ってきた207cm、34才のビッグマンだ。彼自身、チームに定着はできなかったものの、上を目指してアメリカに挑んだこともある。

 その竹内(譲)は去年6月のW杯予選で八村と共にプレーして、その才能と成長のスピードに驚いた。そして、「負けていられない。自分ももっと成長したい」との思いが湧いてきたという。

 去年9月、竹内(譲)は、その心のうちを率直に語った。

「塁っていう本当に素晴らしい選手が日本から生まれた。彼には本当に頑張ってほしい。それは僕だけじゃなく、みんな言っています。本当に羽ばたいてほしいんだと思います。

 日本代表ではチームメイトなので、彼だけにみんなを背負ってもらうんじゃなくて、自分もチームの手助けをしたい。ただ単に彼の練習相手で終わるんじゃなくて、彼といっしょに日本のために戦っていきたいという気持ちです」

 ガードの比江島慎と馬場雄大の2人も、今年7月にNBAサマーリーグに参戦した。それぞれトライアウトを勝ち抜いての参戦だった。

 彼らにその行動を起こさせた理由には、八村や渡邊の存在があった。

日本代表として史上最強のチームが完成!

 富山の奥田中学で八村の2年先輩だった馬場は、「塁の活躍がかなり刺激になっている。正直僕をここまでつれてきたのも塁」とまで言っていた。

 比江島は昨シーズン、オーストラリアに渡り、NBLブリスベン・ブレッツと契約もしている。限られた出場機会で、結局シーズン途中での契約打ち切りという苦い経験だったが、それでも海外に出たことはプラスになったと断言する。

 今回、W杯を戦う日本代表チームは間違いなく、歴代最強チームだ。

 それは八村や渡邊が古い常識を壊したからであり、チームメイトと共に新しい日本バスケ界の常識を作り出したから可能になったことだ。

 日本は、強豪ひしめく世界の中ではまだまだひよっこだ。それでも、ようやく世界の舞台に飛び出す準備が整った。

 初戦は9月1日、対トルコ。

 同グループにはトルコ、チェコ、そしてアメリカと強豪がひしめく。それでも、最初から無理だと決めつけることなく、本気で倒すために挑みにいく。

 それだけが、今の常識を変えていく唯一の方法だから。

文=宮地陽子

photograph by Kenzaburo Matsuoka/AFLO


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