ジャマイカが恐れた18歳の小野伸二。智将が今明かすフランスW杯秘話。

ジャマイカが恐れた18歳の小野伸二。智将が今明かすフランスW杯秘話。

 柔らかく繊細なタッチでボールを意のままに操り、ピッチ上の味方を含めたすべての選手と観衆の想像を超えるプレーをいとも簡単にやってのける――。

 今から21年前、18歳の小野伸二が浦和レッズと日本代表で与えた衝撃は、現在、我々が久保建英(レアル・マドリー→マジョルカ)を見て感じる驚きや喜びに匹敵するものだった。

 日本サッカーが生んだ最初の天才は、40歳の誕生日を控えた8月初め、惜しまれながら北海道コンサドーレ札幌を去り、本州を飛び越えてFC琉球へ舞い降りた。

 フランスで行なわれた1998年ワールドカップ(W杯)で、その小野を含む日本代表と対戦して2−1の勝利を収めたジャマイカ代表の監督が、ブラジル・リオデジャネイロにいる。

 レネ・シモンエス、66歳。

 プロ選手としての経歴はなく、1978年、25歳でブラジルの小クラブで指導を始めた。中東のクラブなどを経て、1994年から2000年までジャマイカ代表を率い、同国サッカー史上初めて地域予選を勝ち抜いて1998年W杯に出場。しかも初勝利を挙げて国民的英雄となった。

 その後、ホンジュラス代表監督などを歴任し、2004年のアテネ五輪でブラジル女子代表を率いて銀メダルを獲得。2017年に監督業から退き、以後、自らの経験をプロ監督に伝授する「指導者の指導者」という分野を切り開いている。

 指導歴40年を超える名将に、21年前の日本戦を振り返ってもらった。

国民性、強みと弱みを研究した。

――1998年W杯の組み分け抽選の結果を知って、どう思いましたか?

「バティストゥータ、ベロン、サネッティら世界トップクラスの選手を揃えたアルゼンチンにはとても歯が立たない。しかし、日本、クロアチアと互角以上に渡り合ってグループ2位になるのは可能――。そう考え、日本とクロアチアを徹底的に分析した」

――大会前、日本代表をどう評価していたのですか?

「日本には何度も行き、代表や代表選手がいるチームの試合を観察した。チーム、選手を分析したのはもちろんだが、最も力を注いだのは日本人の国民性を知ること。何が強みで何が弱点なのかを研究した」

中田英寿を徹底的に抑え込もう。

――その結果、わかったことは?

「日本人は、目上の人間から指示されたことを完璧にやり遂げようとする。その反面、指示通りのことができないと責任を感じ、ひどく落ち込む。また、想定外の出来事に対処するのが不得意だ」

――そのことを、日本代表との対戦でどう生かそうと考えたのですか?

「こちらが特別なプレーをして勝とうと思わなくていい。日本の選手に精神的な圧力をかけ、ミスを誘発するのが勝利への近道と考えた」

――日本代表のキーマンは誰だと考えていたのですか?

「中田英寿。高い技術を持ち、フィジカルコンタクトにも強く、状況判断が素晴らしい。よく考え、状況に応じてベストのプレーを選択し、それを実行する。しかも、他の日本選手と違ってミスをすることを恐れない。特別な選手だった。彼にボールが渡ると、我々は必ずピンチを迎える。だから、彼をマークする以前に、彼にボールを送り届けるボランチの選手などを徹底的に抑え込もうとした」

小野にシュートを放たれて驚愕した。

――アジア予選序盤に活躍したカズ(三浦知良)が、W杯直前にチームから外れました。このことをどう思いましたか?

「故障もあってベストの状態でなかったのだろうが、彼の国際経験とリーダーシップは当時の日本代表にとって貴重だったはず。彼がメンバーから外れたのは、我々にとって幸いだった」

――ジャマイカ戦で後半途中から出場した、当時18歳の小野伸二については?

「才能豊かな選手であることは、事前のスカウティングでよくわかっていた。しかし、実際に対戦したときの彼は、短期間にさらなる成長を遂げていた。ピッチに立った直後、股抜きで1人かわし、さらにもう1人を外してシュートを放ったのを見て、驚愕した。その後も、大舞台で全く物怖じせず、我々にとって危険なプレーを繰り返していた。とてつもない能力を秘めた選手だった」

もっと早く小野が出てきたら……。

――小野は、十数分間しかプレーしませんでした。

「彼がその程度の時間しかピッチにいなかったのは、我々にとって幸運だった。もしもっと早く出てきていたら、我々は勝てたかどうかわからない」

――現在、日本はW杯の常連で、ベスト16にも過去3度進出しています。また、多くの選手が欧州でプレーしています。このような日本サッカーの発展を、当時、予想していましたか?

「Jリーグが見事に運営されており、学校やクラブが選手を懸命に育成しているのを知っていたから、いずれ強くなるとは思っていた。しかし、実際のところ、私の予測をはるかに上回る強化を成し遂げている。日本のサッカー関係者たちの努力の賜だろう」

――18歳の久保建英がレアル・マドリーに入団し、今年のコパ・アメリカにも出場して活躍しました(その後マジョルカに期限付き移籍)。彼にはどんな印象を抱いていますか?

「素晴らしいテクニックの持ち主で、プレーアイディアが豊富。良い判断をして、それを勇気を持って実行する能力がある。中田、小野ら、日本の“うまくて賢い選手”の系譜を引いている。数年以内に世界中の子供が憧れる選手になっていても、私は全く驚かない」

鮮明だった66歳名将の記憶。

 66歳の名将の記憶は鮮明で、21年前の出来事をまるで昨日のことのように生き生きと語ってくれた。彼の言葉には、当時の日本代表、中田、小野ら選手、そして現在の日本サッカーへの敬意が感じられた。

 別れ際、彼は笑みを浮かべてこう打ち明けた。

「実は、指導の現場が恋しくなってきた。そう遠くない将来、監督業に戻ろうと考えている」

文=沢田啓明

photograph by Getty Images


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