フェデラー「あれこそがテニスさ」大坂なおみがガウフに見せた敬意。

フェデラー「あれこそがテニスさ」大坂なおみがガウフに見せた敬意。

 今、あの人の言葉を引用するのは時期はずれかもしれないが、大坂なおみの元コーチのサーシャ・バインは大坂が1回戦敗退を喫したウィンブルドンでこう言っていた。

「半年前までできていたことが、今できないわけはない。ちょっと自信をなくしているだけだよ。何かのきっかけで自信さえ戻ってくれば、すぐにまた強いなおみになる」

 もうチームの一員ではないし、今は別の選手についている自分が話すべきではない、と遠慮しながらの当たり障りのない内容ではあったが、大坂が持つ3つのタイトルの全てをともにしたコーチの言葉には今なお力を感じた。

 問題はその<きっかけ>がどこにあるのか、だった。ハードコート・シーズンに入ってからも、トロント、シンシナティと連続してベスト8止まり。全米オープンで連覇を狙う女王としては物足りない成績だ。

 トロントではセリーナ・ウィリアムズとの注目の対決にあっさり敗れ、シンシナティのほうは左膝の負傷による途中棄権で、全米オープンにむしろ不安を残す前哨戦の締めくくりだった。

15歳ガウフ相手に、大胆かつ冷静に。

 しかし、連覇のかかる今大会がいざ始まると、1回戦では不安定さを露呈しながらもディフェンディング・チャンピオンの重圧を乗り越え、2回戦ではよりリラックスして確かな手応えをつかんだ。

 そして3回戦に迎えた相手が、ウィンブルドンで予選から4回戦に進出してセンセーションを巻き起こした15歳のコリ・ガウフだ。これぞきっかけとなるべき一戦か――。

 そんな期待の中、試合自体は意外に早く決着した。6−3、6−0。ブレーク合戦となった第1セットをものにし、第2セットの第1ゲームをブレークした直後のサービスゲームを、0−40から大胆かつ冷静に5ポイント連取でキープしたところがカギだった。

 もう少し安全なショットを選んでもよさそうな場面でも、リスキーなコースへフルパワーで叩き込んでいく。守備的な体勢からでも、相手のパワーを利用するだけではなく自らのパワーを覆いかぶせるようにしてショットの威力を倍加させる。強引すぎるようにも見えるショットが次々に炸裂し、決まり出せば、十分な自信が宿った証だ。

「自分にファイト、ファイトと」

 凡ミスの少なさが武器のガウフよりもその数を抑え、その上でガウフの3倍の24本ものウィナーを放った。ファーストサーブの入りが45%、ダブルフォルト7本というガウフの自滅は、立ち上がりから高い集中力でガウフの勝ち気を砕いた大坂のプレーと無関係ではない。

「こんなに集中した試合はオーストラリア以来」と試合後のオンコート・インタビューで言ったが、そんなに長い間くすぶっていた集中力がここで戻ってきたのはなぜだったのか。

 2万3000人を収容するアーサー・アッシュ・スタジアムのナイトセッション。大坂にとって1回戦も同じ舞台だったが、日中の1試合目と違って夜の好カードでは8〜9割方埋まる。注目の一戦にスタジアムは熱を帯びていた。

 こんな状況でこそ、大坂は底力を発揮するのだ。そしてガウフはまだランキング140位だが、人気も将来性も大坂に負けない。紛れもなくチャレンジャーはガウフであったが、大坂もある意味でチャレンジする立場にあった。

「捨て身で必死に向かってくると思うから、自分にファイト、ファイトと言い聞かせていた」

終われば親友としてふるまえる。

 自分自身への挑戦に打ち勝った大坂は、直後、数年来の顔なじみでもあったガウフに対して予期せぬ行動に出る。

 ラケットを片付けようとしている彼女のもとに近寄ると、オンコートのインタビューをいっしょに受けようと誘った。「人前で泣くのは好きじゃないし、どうしたらいいかわからない」と最初は断っていたガウフだが、説得されてマイクの前に立ち、泣きながらも自分の声をファンに届けた。

「試合中は相手を最大の敵とし、終われば親友としてふるまえる。それが真のアスリートだと思う。なおみはそれを示してくれた」

 ガウフはあとでそう語っている。

フェデラーとゴファンの時は……。

 敗者と勝者がいっしょにインタビューを受けるケースは前例がないわけではない。たとえば、敗者にとっての引退試合というケース。それ以外では、ロジャー・フェデラーとダビド・ゴファンの初対戦となった2012年の全仏オープンが記憶に残っている。

 当時21歳だったゴファンは予選で敗れながらラッキールーザーとして初めてグランドスラムの本戦入りを果たして4回戦まで勝ち上がり、子供の頃から部屋に写真を貼っていたほど憧れていたフェデラーと対戦することになった。

 試合はフェデラーの逆転勝ちだったが、異例のツーショット・インタビューは和やかで愉快に進んだ。

負けて泣いて記者会見は辛い。

 しかしそれはフェデラーが誘ったわけではなく、大会側の計らいだった。今回の大坂のように、インタビューを一緒にやろうなどと自ら誘った勝者が過去にいただろうか。

「負けて、泣いて、記者会見。それはけっこう辛いこと。ココ(ガウフ)の年を考えたとき、彼女のためにも、彼女を見に来た多くの人たちのためにも、先にここで直接話をするのがいいんじゃないかと思った」

 試合後すぐに向かったESPNのブースでも、その後の記者会見でも、そのような説明をした。相手が15歳の子供だからできた行為だったことは確かだが、ESPNの解説者で元世界1位のクリス・エバートは「あんなスポーツマンシップはなかなか見られないわ」と賛辞を直接伝えた。

 テニスは感動的なスポーツマンシップを多く目にするスポーツだが、21歳と15歳という若さも手伝って、それはとても新鮮でドラマチックだった。

スポーツマンシップの本質とは。

 スポーツマンシップの本質は敬意であり、やさしさだろう。大坂のそれは勝負の世界の常識を突き抜けるほどピュアで、ある意味頑固だった。

 一夜明けても、多くの選手が記者会見やオンコート・インタビューで昨夜の出来事について質問されている。

 フェデラーは「いいシーンだった。ふたりがそれぞれ個性をよく表していたと思う。あれこそがテニスだよね」と感想を述べた。

“なおみワールド”がじわじわと広がる中、今年2連敗中の相手ベリンダ・ベンチッチとの4回戦に臨む。同じ1997年生まれで世界ランク12位。ガウフとの一戦で自分自身も成長できたと語った大坂の変貌を確認するには、もってこいのカードである。

文=山口奈緒美

photograph by Getty Images


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