親会社をかえるという鹿島の大勝負。メルカリから来た新社長が語った事。

親会社をかえるという鹿島の大勝負。メルカリから来た新社長が語った事。

「歴史ある鹿島の経営を任される立場になり、地域への貢献、サポーターへの貢献。引き続き常勝軍団としての鹿島アントラーズの発展というのを、私自身、使命を感じ尽力してまいりたいと思っております」

 8月30日鹿島アントラーズの新社長に就任したメルカリの小泉文明社長は、就任会見の冒頭でそう語った。

 日本製鉄およびその子会社が保有していた株式がメルカリへ譲渡され、メルカリが筆頭株主になることが発表されてから約1カ月。新たな親会社を迎えての臨時株主総会、取締役会で新社長が決定し、新役員体制としてスタートしたのだ。

 すでに報じられていることではあるが、小泉新社長は長く鹿島のサポーターでもあった。山梨県の生まれだが、茨城県行方市出身の父とともにJリーグ発足時からカシマスタジアムへと足を運んできた。

「年に何度か父の地元である茨城へ来るんですが、Jリーグができるまでは何もなくて、やることが本当にない場所だったんです。でもJリーグができて、スタジアム、クラブハウスができるとそこへでかける楽しみができました。

 この地域が鹿島アントラーズというチームを中心に発展し、盛り上がっていく姿を見ました。子どもながら非常に誇らしく、衝撃を受けた想いがあります。アントラーズの発展は地域とともにあり、勝利を元にサポーターと強い絆を培ってきたんだと感じています。今後も地域と共存共栄し、チームを強化し続けたい」

「移転の選択肢は考えていない」

 そんな小泉社長だが、地元メディアからは、ホームの移転やメルカリが鹿島を手放す可能性への危惧を含んだ質問も飛んだ。

「地元におけるアントラーズの大事さを、私自身が非常に感じている。移転という選択肢はまったく考えていません。アントラーズだけでも利益が出せる状態を作ることが重要だと思っています。昨年は70億円を超えるくらいの売り上げでしたが、これを100億円へもっていきたい。

 私たちの得意分野であるテクノロジーを使い、地域地元を大切にしながら、東京、日本全国のアントラーズファンをアセットとしながら、ビジネスをしていきたい。会社として体力をつけて、アントラーズの価値をさらに上げていくことが重要だと考えています」

メルカリが鹿島に足せるのはテクノロジー。

 今回の新取締役に名を連ねたメルカリ陣は小泉社長のみだ。常勤の取締役の顔ぶれでの新任は小泉社長だけで、大きな変化はない。

 メルカリは現場には5名ほどの出向を予定しているというが、この人事からも今回の親会社変更が、通常のものとは違うことが伝わってくる。小泉社長も語る。

「アントラーズ自体は、会社として機能している。今回は再生案件ではなく、このままでも十分Jリーグを代表するクラブの経営を、私たちがサポートするという立場。出向する社員だけでなく全メルカリとして、メルカリメンバー、社員全体でいろんな側面から支援していきたいと考えています」

 そのためにメルカリに何ができるのか? まず、小泉社長の言葉を借りれば、キーワードとなるのが「テクノロジー」だろう。

「アントラーズと我々との企業文化の違いというのは、それほど感じてはいません。アントラーズは非常に革新的で新しいことにチャレンジしているクラブ、会社だと感じています。しかしペーパーワークが多いだとか、表現するまでに時間がかかるというふうには思うので、そういうところを変化させていきたい。次のアントラーズにするためにチャンレジしたいという社員がすぐにチャレンジできるような、そんな仕組みへと変えていきたい。

 アントラーズには、『伝統と革新』という文化があります。いいところを守りつつ、Jリーグを代表し、アジアや世界へ出ていくことになれば、もっと変化を自らが起こしていく必要があるかなと思っています。そのためにテクノロジーを活用し、意思決定のスピード感をもって、経営を回していく。

 そういうことがすべてのフェーズに入ってくれば、サポーターも喜ぶ、スタジアムもよくなる、強化もよくなり、すべてがよくなっていく。現在もスタッフはやりたいことがたくさんあるはず。そのスピードをあげる。そして、失敗も許容できるような文化にしていきたいと思っています」

住金時代とは変わった立場。

 テクノロジーの発展によって、日本の企業、働き方にも変化が生まれようとしている。小泉社長は、テクノロジーを主体とする企業を立ち上げてきた人物でもある。

 大和証券SMBC(現大和証券)から、ミクシィを経て、2013年メルカリへ入社。2014年取締役、2017年取締役社長兼COOに就任している。フリマアプリとして躍進するメルカリを見れば、そのスピード感は納得できるだろう。

 かたや鹿島アントラーズは、クラブの母体であった住友金属が2012年新日鉄と経営統合したことで大きな変化の波に飲み込まれようとしていた。「地元の方々や働く人たちの誇りだ」と長く愛情を注いでくれた住金時代とその愛の質は変わった。

 400近く存在する子会社のひとつでしかないことを痛感する出来事に遭遇する。

「ハンコが7つも必要」だった意思決定。

 経営自体は自立できるようになったとはいえ、筆頭株主の決裁がなければならない事案は多い。それを得るには「ハンコが7つも必要になることもあった」と鹿島関係者は語る。そのタイムロスによって、チャンスを見送ることも。

 監督交代をはじめ、想定外の出来事が生じるのもプロクラブ経営では日常茶飯事だが、その対応の支障となる事態もあった。

 Jリーグの賞金配分などがより競争に変わるなかで、「このままではクラブとしてのアイデンティティーを揺るがす事態になりかねない」という危機感がクラブを覆っていた。

 鹿島アントラーズがなぜ人気や収益を維持できるか。それは「勝ち続けてきた」という歴史に支えられたからである。勝てなくなればクラブの存在価値は無くなり、存続すら危うくなる。だからこそ、決断しなければならなかった。

「親会社をかえる」

 そんな発想が芽生えたのが2016年ころだったという。

スポンサーからパートナーへ。

 そして2017年にメルカリは鹿島のスポンサーになり、鹿島が経営権譲渡先探しをしていると知ると、真っ先に手を上げた。

「スポンサーという立場でありながらも、私もアントラーズファンですので、何度もスタジアムに通いながら試合を見るなかで、チームの方と意見交換をしてきました。

 テクノロジーを使って、私たちがいかにアントラーズにとって新しい価値をつけられるか。そこを理解していただくことが重要です。そういう会話のなかで双方にとって大きなメリットを感じるようになり、今に至ります」と小泉社長が語る。

 彼の構想のひとつには、いわゆる企業名をユニフォームや看板として「告知」する以外のメリットをスポンサーに感じてほしいというものがある。

「スポンサーシップについても、一緒に事業をするようなパートナーシップへと変えていくことで、いわゆる企業名を露出する以外の付加価値を提案できるし、そういう新しいビジネスを作るようなモデルを作っていく必要があると思っています」

 クラブとスポンサー企業が、そしてスポンサー企業同士がアライアンス化し、クラブが大切にしてきた「ファミリー」というつながりの文化を生み出すような未来が来るかもしれない。

そもそもジーコ招聘が「大勝負」だった。

 社長会見後、鹿島の鈴木満取締役が語っている。

「かつてレオナルドやジョルジーニョを獲得したときもそうだったけれど、勝負に出なければ未来がないという時期がある。2016年にクラブW杯で決勝進出し、昨年はACLで優勝。今、勝負に出なければいけない。今回もそういう時期だったんだ」

 思い起こせば、Jリーグ参入を目指してジーコを招聘したときも「逃れられない勝負時」だったに違いない。周囲には無謀な先行投資に見えたかもしれない。しかし、それをしなければ生き残れない。その覚悟と挑戦が今の鹿島を作った。

「伝統と革新」はスローガンではなく、彼らが歩んだ道そのものなのだ。

 未来を担う小泉社長は、会見最後にこう語った。

「Jリーグでは、若い選手が海外へチャレンジする、海外へ移籍する頻度が上がっている。こういう現状を踏まえると、育成を強化し、選手を生み続けることが継続的なアントラーズの強化に繋がると思っています。当然、選手の獲得も大事だと思いますが、育成をしっかりやることで強いアントラーズの礎を築いていきたい。アカデミーハウスが完成しましたが、ユースへの投資も極めて大事なファクターになるかと思います」

新しいアカデミーハウス、変わらない魂。

 新社長の就任会見後には、クラブハウスの近くにできた、鹿島アントラーズアカデミーハウスの内覧会が行われた。

 鉄筋2階建てで、主な使用目的はユースチームの選手寮となっている。1階にはおしゃれなラウンジ、食堂があり、OBをイメージしたプレー姿のイラストが壁に描かれた廊下。浴槽が3つもある大きな風呂場、10数台の洗濯機と、スパイクや練習着などを乾燥させられる洗濯室もある。もちろんトレーニングルームや、合宿用の多目的ルームやミーティングルームも。

 建物中央には大きな中庭があり、日当たりも良好。この中庭ではバーベキューなどの実施も想定している。

 そして2階は選手たちの居住スペース。アントラーズレッドを施した1階とは打って変わって落ち着いた空間で、すべてが7帖ほどの1人部屋。9月1日からは40名あまりのユース選手が住むという。

 朝食と夕食、そして昼食のお弁当もクラブで提供し、食生活の管理は徹底される。

「プロ意識を養うにはそれに見合った環境が必要」とジーコは以前語っていたが、内覧会の際も「ここに携わる人たちの想いを感じながら暮らしてほしい」と繰り返していた。

 自分のことだけでなく、それ以上に仲間を想うこと。それが鹿島アントラーズなのだと改めて感じた。

「TRABALHO(献身)」 「LEALDADE(誠実)」「RESPEITO(尊重)」

 ラウンジに書かれたスピリッツ・オブ・ジーコの言葉たち。

 この日案内してくれた長石博之は、トップチームのマネージャーを長年務めてきた。アカデミーハウス内を紹介する際、「魂はそのままに」と何度もそう繰り返したが、このアカデミーハウス建設にもそのスタンスは引き継がれていたに違いない。

 住金からメルカリへ。身売りという言葉はそぐわない。ここからの未来もまた、「魂はそのままに」という軸を丁寧に扱い続けてほしいと願う。

文=寺野典子

photograph by Noriko Terano


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