メッシよりも、久保建英よりも速く。バルサが驚いた16歳ファティの軌跡。

メッシよりも、久保建英よりも速く。バルサが驚いた16歳ファティの軌跡。

 アルバに首根っこを、ピケに頭を掴まれて言葉をかけられると、思わず左手で顔を覆った。両手で口元を抑え、「信じられない」と言わんばかりに目を見開いた彼は、首を横に振りながらこうつぶやいた。

「何てこった。あり得ない」

 第3節を終えて1勝1分1敗。ネイマールはやって来ず、メッシやスアレス、デンベレらの離脱も重なる不穏な船出となった新シーズンのバルサにおいて、明るいニュースをもたらす新星が現れた。

 アンスマネ・ファティ、16歳。

バルサの史上最年少ゴール。

 第2節ベティス戦にて、クラブ史上2番目の若さで公式戦デビューを果たした“アンス”は、翌週のオサスナ戦で1点を追う後半開始から左FWに投入された。

 そのわずか6分後。右サイドのカルレス・ペレスが左足でクロスを上げると、素早い出足でマーカーに先んじ、ひねりをきかせたヘディングシュートをゴール左隅に流し込んだのである。

 16歳と304日での初ゴールは、ファブリス・オリンガ(16歳と98日)、イケル・ムニアイン(16歳と289日)に次ぐラ・リーガ史上3番目に若く、バルサでは史上最速の記録となった。

 彗星の如く現れたシンデレラボーイ――。

 そんな使い古された表現で形容したくなるアンスの衝撃デビューだが、彼とファティ一家がこの日を迎えるまでには、我々の想像をはるかに上回る困難な道のりがあった。

世界最貧国で育った次男坊。

 2002年10月31日。アンスは6人兄弟の次男坊として、西アフリカのギニアビサウ共和国に生まれた。

 長らく奴隷貿易の中継地としてポルトガルの支配を受け、1974年の独立後も泥沼の内戦が続くこの大西洋沿いの小国は、産業と呼べるものをほとんど持たない世界最貧国のひとつと言われている。

 そんな国に生まれたアンスの父ボリ・ファティはフットボールのセミプロ選手だったが、妻が長男ブライマを身ごもった1998年に現役を引退。ほどなく家族を養うため、単身ポルトガルに出稼ぎに渡った。

 2001年にはスペイン・アンダルシア州の田舎町エレーラへ移り、高速鉄道の線路工事作業員の職に就いた。並行して大工やウェイター、ごみ収集作業員などを務めた末、市長のお抱え運転手の職を手に入れ、家族を呼び寄せる目処が立ったのは2008年のことだ。

父親も驚いたファティの才能。

 エレーラへの移住後ほどなく、当時6歳のアンスは兄のブライマと共に近所のフットボールクラブを訪れた。それまで靴下を丸めて作ったボールしか蹴ったことがなく、裸足に水泳パンツという出で立ちで現れたその少年は、その場に居合わせた人々の度肝を抜くプレーを見せつけたという。

 面白いのは、それまで離れて暮らしていた父親が息子の才能に全く気づいていなかったことだ。

「ギニアでプレーしていたことすら知らなかったんだ。恐らく通りで蹴っていたくらいだと思うが。プレーしたい、グラウンドに連れて行ってくれと言われていたんだが、家族を迎え入れたばかりの当時はやることが山積みで、時間がなくてね。ある日仕事を終えて家に戻ると、家の前に集まっていた近所の人たちから言われたよ。『お前は見てないのか。あの子はクラブでプレーさせるべきだ』とね」

出場禁止を喰らい、重傷も経験。

 それからアンスは2シーズンに渡って地元クラブのCDFエレーラでプレー。2010年にはセビージャの下部組織に引き抜かれ、その1年後にはレアル・マドリーとバルサが争奪戦を繰り広げるほど、その名を轟かせるようになる。

 そうなるともう、アンスの成長を止められるものは存在しなかった。

 セビージャ時代には、バルサと移籍交渉を行ったことがホセ・マリア・デル・ニド会長の逆鱗に触れ、1年間も公式戦の出場を禁じられる厳罰を受けた。

 バルサ移籍後も、久保建英が帰国を強いられる原因になった未成年選手の国際移籍違反により、数カ月に渡って実戦の場を奪われた。脛骨と腓骨を骨折する重傷を負い、10カ月近くの離脱を強いられたこともある。

久保建英とタイトル総なめ。

 しかし、たとえ何度プレーの場を奪われようとも、アンスが輝きを失うことはなかった。

 10歳で加入したバルサでは、1歳上の久保と共にプレー。1年目のアレビンA(U-12)ではアンスが56ゴール、久保が73ゴールを量産する活躍で国内外のタイトルを総なめにした。

 その後も飛び級に次ぐ飛び級を重ね、昨年はフベニールA(U-19)の一員としてUEFAユースリーグで活躍。今夏はバルサBのプレシーズンに参加していたが、怪我人が続出したトップチームに抜擢され、バルサBでの公式戦デビューより先にカンプノウのピッチに立ってしまった。

「ものすごく緊張したよ。今はみんなへの感謝の言葉しか出てこない。クラブ、監督、温かく迎え入れてくれたファンにもね」

 カンプノウ・デビューを果たしたベティス戦後、アンスはあどけない笑顔を浮かべながら「感謝」という言葉を何度も口にした。

 その1週間後。初ゴールの喜びを問われた際には「最初は入ったと思っていなくて、『うわあ、入っちゃった』と驚いたよ」と笑った後、「初ゴールには満足しているけど、勝てなかったので少し悲しい」と付け加えた。

冷静な判断力、大胆な決断力。

 攻め急がず、周囲の状況を見ながら確実にボールを繋げるプレーを選択できる冷静さと判断力は年齢を感じさせない。それでいて仕掛けるべきところは大胆に仕掛ける度胸と決断力も持ち合わせている。

 バルサの若手選手に精通するバルサTVのジャウマ・マルセット記者は、アンスのプレーをこう表現している。

「インテリオールのようにパスをさばき、サイドアタッカーのようにドリブルし、メディアプンタのようにラストパスを出し、センターFWのようにゴールを仕留める」

 現時点ではメッシ、スアレスらが復帰するまでの暫定的な扱いだが、この調子でアピールを続ければ、近い将来にトップチームに定着できる日が来るかもしれない。

 まだ16歳。過度の期待をかけるべきではないことは分かっている。それでも彼のような選手が出て来るたび、期待せずにはいられない。

 彼の目の前には、無限の可能性が広がっているのだ。

文=工藤拓

photograph by Getty Images


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