甲子園、高野連は悪者なのか。米・高校野球事情を調べてみると……。

甲子園、高野連は悪者なのか。米・高校野球事情を調べてみると……。

 大船渡・佐々木朗希投手の岩手県大会決勝での登板回避問題は、球界の大御所・張本勲と現役投手のオピニオンリーダー・ダルビッシュ有の応酬に代表されるように、軍隊調野球を生き抜いてきた高齢世代と、選手ファーストという世界の趨勢を知る若い世代の世代間論争の様相を呈している。

 オールド世代の主張は、「故障を恐れていては、真の成長ができない。限界を超えたところで見えてくるものがある」、「チームの仲間や、これまで支えてくれた人たちのために投げるという姿勢が、共感と感動を呼ぶのだ」といったものだが、これはたとえ疲労困憊ではあっても、なんとか投げられる状態にあることが前提で、故障をおしてまで投げろとは、今の時代誰も言わなくなってきている。

 かつて、別所毅彦が骨折した左腕を三角巾で吊って投げ続けたのを、「泣くな別所、甲子園の華」と日本中が讃えた感性は、もはや高齢世代にもない。

 それでは、なぜ過酷過ぎるエースの連投がいまだに後を絶たないのか。 

 そこで台頭してきたのが、「甲子園悪者論」であり「高野連悪者論」だ。

批判にさらされている高野連。

 過熱する甲子園人気。そこで勝つことを至上目標として、エース1人に過酷な連投を命じる指導者。ほとんどのレギュラーが県外からの野球留学生で占められる強豪校。話題性のあるチームや選手に群がるメディア。商業主義に染まった甲子園が、高校野球を歪め、選手たちを疲弊させているという批判だ。

 高野連も批判にさらされている。球数制限を導入せよ。地方大会や甲子園大会の日程にゆとりを持たせて、エースの連投を避けるべきだ。高校生の打撃を歪めている当てれば飛ぶ金属バットを規制しろ、等々。 

 期待されながら、5位に終わったU18ワールドカップでも高野連は評判が悪い。遊撃手6人、外野手2人、一塁手と二塁手ゼロ、優勝した履正社からの代表ゼロ。高野連のこうした偏った選手選考が、肝心な場面での致命的な守備の破綻を招いたのだと。

本当に「甲子園は悪」なのか。

 甲子園、高野連悪者論者からは、当然のように甲子園を改革すべきとの意見が出てくる。

(1)春と夏、2回もあるから過密日程になる。夏の甲子園が終わってすぐに、春の選抜に繋がる秋季大会が始まるではないか。春の選抜をやめて夏だけにし、ゆとりをもって地方予選を行うべきだ。

(2)全代表を甲子園に集めるから日程がきつくなる。1、2回戦は、関東、東海、近畿といったブロックごとに各地方で行い、絞り込まれたブロック代表が甲子園に進出するようにすれば、エースの連投を避ける運営が可能になり、出場校の経済的負担も軽減される、等々。

 球数制限の導入や、エースの決勝戦登板回避に否定的な高齢世代も、「球数制限より、休養日の導入を急ぐべき」という形で甲子園改革論に賛成票を投じている。

 中には、橋下徹元大阪市長のように、甲子園を廃止すべきという意見まで出てきて、まるで「甲子園が諸悪の根源」のような言われようだが、本当に「甲子園は悪」なのだろうか。

日本野球界にとって甲子園は宝物。

 いまの甲子園が様々な問題を抱えているのは事実だが、甲子園の本来の価値について、少し長いスパンで見てみよう。

 第1回の甲子園大会が開催されたのは1915年(大正4年)。これは、1925年(大正14年)に始まった東京六大学野球や、1927年(昭和2年)に第1回大会が開催された都市対抗野球よりも早く、もちろん1936年(昭和11年)にスタートしたプロ野球より21年も早い。

 甲子園は、野球界で最も古い歴史を誇るばかりでなく、現在まで続く他のスポーツの伝統戦よりも古い。第1回箱根駅伝は1920年(大正9年)、ラグビーの最初の早明戦が戸塚グラウンドで行われたのが1923年(大正12年)である。

 比類ない歴史を持つというだけでも価値があるが、甲子園の場合は、その大正、昭和、平成、令和にまたがる 100有余年のほぼすべてに渡って国民的な高い人気を誇り、野球を志す少年たちの憧れであり続け、後に野球界を背負って立つ人材を輩出してきた。その構図は、いまも変わらない。

 少子化のいま、野球を志す子供の数は、他のスポーツと比べても大幅に減っており、横浜DeNAベイスターズの筒香嘉智選手らも強い危機感を表明している。そんな中で、多くの日本人が注目する歴史ある甲子園大会は、野球界の宝である。野球人は、これを守り、育てていかなければならない。

 日本野球は、『甲子園というシステム』によって造られてきたといっても過言ではないが、ではそこで培われてきた日本野球の特徴とはなんだろう。

知られざる米国の投手育成事情。

 昭和9年に全米オールスターチームの一員として来日し、弱冠17歳の沢村栄治(この年の夏の甲子園に出場)擁する全日本軍と戦ったベーブ・ルースは、帰国後に日本野球の印象を「守備はうまい。ピッチャーにいいのがいるが、打つ方はさっぱりだ」と語っている。

 つまり、黎明期から日本野球の特徴は投高打低であり、その傾向はいまも変わらない。現在、メジャーに在籍する日本選手は、二刀流の大谷を除いて全員が投手である。韓国で開催されたU18W杯でも、日本投手陣の力は球威、制球力とも世界に屹立していた。

 このところ、日本野球は、世界の野球先進国で唯一球数制限のないガラパゴスと揶揄されているが、「甲子園というシステム」が、100年を超えて日本に投手王国を造り上げてきたのも歴史的事実なのである。

 一方、球数制限先進国である米国の投手育成事情はどうだろう。

 杉山孝宏氏の記事「米国でも高校生投手の“酷使”が問題に…近年のデータで浮上する『恐るべき事実』」(AERA dot./2018年12月17日)によると、「メジャーリーグ公式サイト『MLB.com』が選んだ18年のトッププロスペクトのうち高卒投手のみ上位11人を抽出すると、驚くことに4人がトミー・ジョン手術を経験。さらに肩やひじなどの故障に泣かされたのが3人もいる惨状で、今季までにメジャーで登板したのは1人という状況だ」という。

 高卒間もない投手に限らず、メジャー・リーグ全体をみても、毎年20人前後の投手がトミー・ジョン手術を受けているが、日本のプロ野球では毎年2、3人といったところだ。

 球団数の違いや、トミー・ジョン手術に対する考え方の相違などを考慮しても、ガラパゴス日本の投手の方が、致命的な故障が少ないと言えるのではないか。

真似ばかりでなく、よいところは残す。

 投手王国を築いてきた日本の伝統的な投手育成法は、投げ込みでフォームを作り、足腰肩を鍛えていくのが基本である。多くの球を投げる練習法に耐えられるよう、上体に頼らず、下半身と身体全体を使った無理のないフォームが身に着いていく。バランスのよいフォームは、制球の良さにも通じる。

 もちろん、身体のできていない幼少期に過剰な投げ込みは厳禁すべきだが、高校生になれば、それぞれの身体の成長に合わせて、ある程度の投げ込みは必要ではないか。単純にアメリカの球数制限を真似るのではなく、投手王国日本を築いてきた、日本の投手育成法のよいところは残していくべきだろう。

球数よりも「球速重視」が原因?

 現在、米国では、投手の肩や肘に負担をかけるのは、投球数以上に、高校生の時から150キロを超える速球を投げようと無理をするところに原因があるのではないかと言われている。

 最高球速が150キロを超えなければメジャーからスカウトされる可能性が極めて低くなる。それ故、なんとか150キロを超える速球を投げようと無理を重ね、それが故障に繋がっていくのではないかと。

 日本でも、高校生の投手の能力を、最高球速と奪三振率で測る風潮はある。本来、投手の本分とは、いかに打者を打ち取り、失点を防ぎ、チームに勝利をもたらすかにあるはずだが、スピード競争に偏ってはいないだろうか。

 こうした傾向が、今後米国のように高卒投手の故障の原因に繋がっていく可能性があるように思う。松坂大輔、ダルビッシュ、大谷翔平。米国に渡ってトミー・ジョン手術を受けたのは、高い球速を誇るパワーピッチャーが多い。

 そうした様々な要因を幅広く考慮した上で、投手の故障を防ぎつつ、好投手を育てるにはどうしたらよいか。そのための甲子園改革に結論を出していくべきだろう。

文=太田俊明

photograph by Hideki Sugiyama


関連記事

おすすめ情報

Number Webの他の記事もみる

あわせて読む

主要なニュースをもっと見る
社会のニュースをもっと見る
経済のニュースをもっと見る
政治のニュースをもっと見る
国際・科学のニュースをもっと見る
エンタメのニュースをもっと見る
スポーツのニュースをもっと見る
トレンドのニュースをもっと見る
生活術のニュースをもっと見る
地域のニュースをもっと見る

スポーツ アクセスランキング

ランキングの続きを見る

スポーツ 新着ニュース

新着ニュース一覧へ

総合 アクセスランキング

ランキングの続きを見る

東京 新着ニュース

東京の新着ニュースをもっと見る

東京 コラム・街ネタ

東京のコラム・街ネタをもっと見る

特集

特集一覧を見る 動画一覧を見る

記事検索