ジブラルタルで生きる日本人選手。欧州の端っこからCLを目指して。

ジブラルタルで生きる日本人選手。欧州の端っこからCLを目指して。

 イギリス領ジブラルタル――。

 聞いたことがある名前だけど、どこだろう?

 その昔、ジョン・レノンとオノヨーコが結婚式を挙げた場所……。

 たいていの人はその事実さえも知らず、ぼんやりした印象しか抱いていないだろう。

 ジブラルタルは、イベリア半島の南端にあるディズニーランド13個分の小さな面積で人口は3万2000人。その地でプロサッカー選手としてプレーしているのが、鶴見昌平(30)である。現地初の日本人選手としてプレーするとともに、大きなプロジェクトに挑もうとしている。

 スペインのアトレティコ・マルベージャ(スペイン6部相当)でプレーしていた鶴見(旧姓・坂本)にジブラルタル・リーグのエウロパ・ポイントFCからオファーが届いたのは、昨シーズンの終了前だった。

 攻撃的MFとして14得点を挙げ、その攻撃力と経験をアレン・ブラ監督(元ジブラルタル代表監督)が高く評価したのだ。

「岡崎慎司の兄弟がやってきた」

「最初、オファーをもらった時、リーグとかよく分からなかったので調べたんです。最終的にジブラルタルでプレーすることを選んだのは、欧州チャンピオンズリーグ(CL)、欧州リーグ(EL)に出場できるチャンスがあるからです。

 CLは予備予選からですが、憧れの舞台でプレーできる可能性があるのは選手として非常に魅力的です。もうひとつ、今の新しいオーナーと話をして若い選手にチャンスを与えるプロジェクトに共感したのも大きいですね」

 鶴見は、エウロパ・ポイントと1年契約を結んだ。

 ジブラルタルで初の日本人選手が誕生すると地元の大きなニュースになった。

「岡崎慎司の兄弟がやってきた」

 ジョーク交じりに、そう紹介されたという。ジブラルタルはイギリスの海外領土なので、プレミアリーグの人気が高く、レスターでプレーしていた岡崎は現地では非常に有名なのだ。

リーグのレベルはほぼJ1クラス?

 8月14日開幕戦のライオンズ・ジブラルタルFC戦で鶴見は公式戦デビュー(0−0)を果たした。つづくリンクスFC戦(0−5)にもスタメン出場している。

 では、ジブラルタルリーグとは、どんなリーグなのか。

「イギリス領なので、プレミアリーグの下部みたいな感じで全体的にプレーはけっこう荒いです。かなりガッツリきますし、ラフプレーも多い。テクニカルというよりはフィジカル面が強いサッカーをしています」

 リーグ戦は昨季までは8チームずつの2部制だったが、今シーズンからプレミアディビジョンリーグに統合され、16チームになった。12月までホーム&アウェイで戦い、上位8チームと下位8チームに分かれる。

 そこからさらにホーム&アウェイを戦い上位8チームの優勝チームにはチャンピオンズリーグの予備予選出場権、2位とカップ戦優勝チームには欧州リーグの予選の出場権が与えられる。

 レベルは、鶴見曰く「スペイン2部B(スペイン3部相当)」ということだ。実は昨年、湘南ベルマーレがジブラルタルに遠征し、リンカーン・レッド・リンプスと練習試合をしている。その際は1−1で引き分けた。本番の試合ではないので何とも言えないが、J1リーグのチームとほぼ互角に戦えるレベルにあることは間違いない。

スタジアムは1つ、ほぼ毎日試合。

 試合は、ヴィクトリアスタジアム(収容人数2000人)で開催される。

 ジブラルタル空港のすぐ横にあり、エリア内唯一で、人工芝のスタジアムだ。ジブラルタルにはこのスタジアムしかなく、U-23のリーグもあるのでシーズン中はほぼ毎日、1試合から2試合が開催されている。

「いちおうホーム&アウェイで各チームと2試合を戦うことになっているんですが、あまりホーム感とかないですね。リンカーンとか歴史があるチームはサポーターがいますが、僕のチームは新しいので、まだまだ少ないです」

 ちなみにリンカーンは、24回の優勝を誇るリーグきっての強豪クラブだ。

 1チーム約25名の選手が在籍しており、リーグの規則として試合で4人のジブラルタル人をプレーさせないといけないことになっている。1人でも欠けると勝ち点3を失うことになるので、7〜8人のジブラルタル人選手が常時いる。チームの浮沈を握るのは、このジブラルタルの選手たちだという。

「資金力があるリンカーンとかはジブラルタル代表の選手を多く獲得し、そこにスペインの2部や1部の経験のある選手を絡ませている。ジブラルタルの選手人口はそんなに多くないので、その選手の質の差が戦力の差になっている感がありますね」

 鶴見の所属するエウロパ・ポイントFCには、ジブラルタル人とスペイン人の他にイギリス人、アイルランド人、そしてアジア系の選手もいる。20代前半の若い選手が多いが、30歳の鶴見の他に35歳のスペイン人選手がおり、若手とベテランが融合したチームになっている。

選手の年俸は決して高くない。

 選手の年俸は、「ピンキリ」だという。

「トップの選手で1千万円以上です。ジブラルタル人選手の場合、数合わせでいる時は年俸ゼロというのもあります。まだリーグが発展途上なので全体的に年俸は低いですね」

 ただ、ジブラルタルは租税回避地として有名で、所得税は一律10%になっており、「選手としては助かります」と鶴見は言う。

 面積が狭いので、クラブハウスやチーム独自の練習場は保持することができない。スタジアム脇の練習場がメインだが、毎日いろんなチームが練習しているので取れないことが多く、その場合はスペインに移動する。

「基本的に現地集合で、チームが用意してくれたウエアを着て1時間半ほど練習する。終わるとシャワーを浴びて、各自で帰る感じです」

 サッカーの環境的には、地域リーグと同じレベルかもしれない。

 鶴見は今、スペインのマルベージャに家族と住んでいる。もともとスペインでプレーしていたのでスペイン語圏での生活がラクなのもあるが、ジブラルタルは住居などのコストが高いのだ。

 そのため、ジブラルタルで練習する時は国境を越えていくことになる。車で約45分程度だが、「夏のバカンスシーズンになるとかなり混雑する」と鶴見は苦笑した。

目標はCLの予備予選、そして……。

 鶴見が所属するエウロパ・ポイントは、今シーズン、新オーナーの下で再スタートを切った。目下、最大の目標は鶴見と同じく、チャンピオンズリーグに出場することだ。

「僕はスペインでの下部リーグの経験しかないんですが、そこだと国際大会を経験することができないですし、その舞台を通してステップアップすることができない。

 個人的にチャンピオンズリーグに出場したいのもありますが、そこに出場するとリンカーンがセルティックと試合したように、強豪相手にアピールできるチャンスが広がるんです。チームが強くなって、チャンピオンズリーグでレベルの高いチームと対戦できれば若い選手に活躍のチャンスを与えることができるんです」

 鶴見が自らの夢とともに「実現したい」と共感したのが、オーナーが推進する「若手の育成」のプロジェクトである。そのためには、まずエウロパ・ポイントを優勝争いができるチームにしていく必要がある。

「今シーズンは、まず8位より上の順位を目指していく。そうして次のシーズンでは資金を増やして選手補強を行い、自分もレベルアップして優勝争いをしたいですね」

 優勝を狙えるチーム作りのために、どうやってスポンサーを獲得し、どうチームを強化していくべきなのか。鶴見は、沖縄SVを立ち上げた高原直泰の活動に注目し、参考にしているという。

なりたいのは、オーナー兼選手。

 また、チーム強化に欠かせない戦力補強と「若手育成」のプロジェクトをより進めるために、共同オーナーとしてクラブの経営権を獲得する動きを本格化させた。その手段としてクラウドファンディングを行っている。

「チームを強くするためには資金が必要です。補強もしないといけないですが、僕が経営権を獲得して、オーナー兼選手になることでやりたいことがあるんです。外国人枠が3人あるんですけど、その枠をもらって日本の若い選手を獲得したい。

 そうして、このジブラルタルからステップアップさせていきたい。当初はお金がないのでJリーグで活躍している選手は難しいから、トライアウトや高校、大学サッカーで選手を見て、プロに行けなかったけど伸び代のある選手、退団した若い選手とかに声を掛けていきたいですね」

 ベルギーのシント・トロイデンは優れた若い日本人選手を獲得し、そこで経験を積んで成長した選手が、ドイツやイタリアなどのレベルの高い他国リーグに移籍している。エウロパ・ポイントはトロイデンよりも規模はずっと小さいものの、世界に若手を送り出すというクラブの方向性は同じだ。

「難しいチャレンジになると思います。でも、僕はこれからもずっとサッカーに携わっていきたいので、なんとか形にしていきたいと思っています」

 ジブラルタルからスタートし、いずれ日本代表となる選手を――。

 夢が大きく、やりがいのあるプロジェクトに鶴見は今、全力を注いでいる。

文=佐藤俊

photograph by Shohei Tsurumi


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