世界陸上のメディアレースが面白い。人生を反省し、選手を尊敬する800m。

世界陸上のメディアレースが面白い。人生を反省し、選手を尊敬する800m。

 世界陸上で、「メディアレース」なるものが行われるのをご存知だろうか。

 言葉の通り、世界陸上を取材しているメディアが800mを走るのだが、800m前日本記録保持者、横田真人氏はこう説く。

「800mは人生そのものです」

 人生なんて大げさな、と思うかもしれない。振り返るには800mは短すぎる、とも。

 たかが800m。されど800m。ドーハで行われたメディアレースの悲喜こもごもを紹介したい。

200m地点で第一次後悔の波に。

 まずはじめに。このレースはメディア対象だが、大きく分けると3つのタイプのグループに分かれる。真剣に走ろうとする人と、ちょっと自信があって参加した人、面白そうだから参加した人。参加標準記録などはもちろんない。レベルも意識も天と地ほどの差がある。

 真剣組の多くはスパイクとユニフォームを持参。世界陸上の取材に行くのに、なぜスパイクを持参するのか、一般人には全く理解できないが、彼らは真剣だ。仕事の合間に過酷な練習を積み、おそらく調整練習もしているのだろう。アスリートメディアと呼んでもいい。彼らにとっても2年に一度の晴れ舞台なのだ。

 なんとなく組は、たまにジョギングやジム通いしている程度。面白そうだから参加した人、は言うまでもない。

 スタート前にほぼ勝負は決まっている。

 真剣組は軽やかに颯爽と800mを走りきる。1周60秒前後のラップを刻み、集まった人々の羨望を一手に引き受ける。

 問題は「なんとなく組」だ。普段ジムに行っているから800mくらい走れそうだ、昔、野球部(サッカー部)だったから多分走れるだろう。800mはそういう人たちに違う世界を見せてくれる。

本番さながらの舞台で800mを走る。

 お祭りのようなイベントながら、選手紹介、スタジアムアナウンサーによるレース実況、SEIKOによる写真判定など、舞台は本当のレースとなんら変りない。

 横田氏は800mの走り方をこう指南する。

「選手紹介でテンションが上がってしまうので、いかに平常心を保つか。周りに惑わされて最初の100mで速く入ってしまいがちですが、あと700mあるんですよ。700mは意外と長いんです。どれだけ冷静に『ゆっくり』最初の100m入るかが鍵」と話す。

 スタジアムには当然ながら観客はいない。応援をしてくれる人もいない。200m地点に着く頃にはペースダウンする人も多いが、「つらい時は歌を歌うしかないですね」と言う。

 1周60秒など、もはやメディアではなく現役選手なのではないか、というペースの人もいるが、その後方ではちょっとお腹が出てきた人たちが必死に走っている。

「目安は3分、1周90秒です。最初の400mは頑張っちゃいけない。そのあといけそうだったら徐々にペースを上げていく。ここで一気に上げてはいけません。ドーハにはないですが、前日にビールを飲みすぎないように気をつけることも大事です」

 最後に横田氏はこうまとめる。

「ゴール後に今後の2年間どう過ごすべきか、レースの反省も含めて忘れないように書き留めることが大事です」

 そう、多くの人はこの痛みを一瞬で忘れ、また同じミスを繰り返す。

取材に応じる気力もなくなった記者たち。

 ロンドン世界陸上に続いて出場した英国のライアンさんは「前回と同じくらい辛かった」と息を切らしながら話す。

「最初に突っ込みすぎて、そのあともリズムを保って400m以降もがんばったけれど、500m地点で『どうして参加したんだろう。前回もきつかったのに、どうして走っているんだ。』残りの300mは後悔の波状攻撃に耐えながらゴールした。

 自分は持てる力をすべて出し切った、でも、選手には周回遅れにされると思う。選手たちにはこれまでも敬意を払ってすごしてきたけれど、その気持ちがより一層大きくなった。2年後までに食生活や日頃の生活を見直したい」と反省を口にした。

「今までの選手への姿勢を反省し、謝罪したい(笑)」

 選手に皮肉的な質問をすることで有名なイギリス記者は2分8秒のメディア英国記録を樹立。レース後すぐにインタビューに駆けつけると、勘弁してほしいという表情で声を絞り出すように応じた。

「残り200mがすごくキツくて『もうやめたい』と思いながら走った。レース後にトイレに駆け込んで戻したい選手の気持ちがよくわかった。

 今回のドーハは、選手はレース後に階段を何段も上がってメディア対応をしなければならない。申し訳ない気持ちでいっぱいだ。レース後に選手がすぐに取材エリアに来ないと、『何やってるんだ、さっさとくればいいのに』と毒づくこともあったけれど、もうそういう事は言いません。

 今までの選手への姿勢を反省し、謝罪したい(笑)。選手のみなさんはすばらしいです。支えてくれた家族、上司、選手みんなに感謝しながら、今後生活したい」

日頃の不摂生と選手の凄さを再確認する場。

 お祭り的な要素もあるメディアレースだが、多くの人にとっては自分の生活を見直すきっかけと選手へ改めて大きな敬意を感じる場でもある。

 なぜ暴飲暴食をしてきたのか。なぜもっと運動をしなかったのか。後悔先にたたず、とはよく言ったもので、どんなに後悔しても体に蓄積された脂肪はひたすら邪魔をする。選手達に対して「重そうな走り」とか「体が重そう」という表現を使うことがあるけれど、我々は感覚的な問題ではなく、物理的に体が重い。

 メディアレース後に400m、3000m障害、400mハードルなどが行われたが、自分たちがモタモタと走ったスタジアムを選手たちはさっそうと駆け抜ける。キラキラ度数が普段よりも増していたのは気のせいだろうか。

 たかが800m、されど800m。

 人生までは振り返る余裕はないけれど、これまでの生活、そして報じる立場としての姿勢を考え直す人も多い。

 機会があったら、ぜひみなさんも800m走ってみてほしい。きっと新たな世界が見えてくる、はずなので。

文=及川彩子

photograph by Ayako Oikawa


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