シブコとRSK山陽放送の幸福な関係。「プロになったらウチに所属してね」

シブコとRSK山陽放送の幸福な関係。「プロになったらウチに所属してね」

 7月25日、岡山空港のロビー。

 1人の女性が、30人ほどの見送りを受けて旅立とうとしていた。

「大勢で見送っているから、周りの人たちが『あの人、誰?』という感じで見ていたんですよね」

 そう振り返るのは、岡山県岡山市に本社を置くテレビ局、RSK山陽放送株式会社の桑田茂・代表取締役社長。桑田社長以下、同社の役員・社員に見送られて旅立つその女性が、後に「スマイル・シンデレラ」と呼ばれることになるとは、そのとき誰も思っていなかった。

 8月のAIG全英女子オープンで、日本人女性として42年ぶりの海外メジャー大会優勝を果たした渋野日向子。いまや一挙手一投足が注目を浴びるアスリートのキャップとキャディバッグには、緑と赤でデザインされた「RSK」のロゴが光る。RSK山陽放送は今年2月に渋野と所属契約を結び、活動をサポートしているが、きっかけは、桑田社長がゴルフ好きであることだった。

「私がゴルフと釣りが好きなので、日曜日の朝にゴルフの番組をやろうと提案したんです」

 その番組が『SUNDAYスマイルGOLF』と名付けられたのは、いまにして思えば暗示だったのだろう。現在も続く人気番組に最初に出演したのは、渋野と同じ岡山県出身のプロゴルファー・小橋絵利子で、のちにRSK山陽放送と最初に所属契約を結んだ選手となった。

「しっかり会話ができる子」

 桑田社長が初めて渋野に会ったのは、作陽高校時代にRSK山陽放送を訪ねてきたとき。第一印象は「ニコニコ笑っていて、高校生だけど、大人が相手でもしっかり会話ができる子」だったが、一緒にゴルフをすると、能力の高さに驚かされた。

「最初に一緒にラウンドしたとき、渋野さんは5アンダーで回ったんです。当時は高校1年か2年でしたが、ドライバーがよく飛ぶし、アイアンもうまい。『すごい子だな』と思ったのを、はっきり覚えています」

 その後も何度か一緒にラウンドした桑田社長は、軽い気持ちで「高校を卒業したら『SUNDAYスマイルGOLF』に出演してよ」「プロになったらウチに所属してね」などと話していた。卒業初年度、2017年のプロテストは不合格だったが、人づてに「キャディーをしながら練習を頑張っている」と聞いた桑田社長は、静かに動向を見守った。

契約当時は社内でも無名の存在。

 翌'18年、渋野はプロテストに合格。『SUNDAYスマイルGOLF』出演が実現し、今年2月には所属契約を結ぶことになったが、当時は社内でも渋野のことを知る人は少なかったと桑田社長は振り返る。

「多くの社員が『どんな選手ですか?』と言っていました。もっとも、所属契約とはいえ、微力ながら応援したいと思ってのことです。ケガをせず、堂々とプレーしてほしいという思いだけでした」

 契約を結び、桑田社長との2ショット写真とともに喜びのコメントをインスタグラムにアップした渋野は、5月にツアー初優勝、7月には2勝目を挙げる。

「自分のことのようにうれしかったですね。数多くのプロがいる中で、デビューした年に優勝するとは」

 桑田社長は快進撃を喜びつつ、渋野の実力にあらためて驚いた。

全英に足を運んだ桑田社長。

 所属選手になったとはいえ、気を遣わせてしまうのではないかという思いもあり、プロになってから会場で応援したことはなかった。AIG全英女子オープンへの出場が決まったときも、最初は躊躇したが、やはり応援したい思いが募り、同じく渋野をサポートしている岡山県の企業関係者とともに現地へ。

「初日のスタート前に会って、少しだけ話をしました。『緊張してる?』と聞いたら『そうでもないです』と言っていましたね」

 初日と2日目を2位で終えた渋野は、3日目には首位に立つ。

「どんどんスコアを伸ばしていくので、『ひょっとしたら』という思いは私だけじゃなく、応援に行った全員が持っていたと思います」

 現地時間8月4日、最終日。渋野は17アンダーの首位タイで最終18番ホールを迎えた。ティーショットを見届けた桑田社長が早めにグリーン周りへ向かうと、すでに二重三重の人だかり。何とか隙間を見つけて待っているところに、渋野は2打目を約5mの距離に乗せてきた。

優勝の瞬間は「見えなかった」

 決めれば優勝のバーディーパット。桑田社長から見て、右から左へとボールが転がる。
「打った瞬間は見えましたが、その後は人の陰になって見えなかったんです」

 カコン、という音に続いて周囲が総立ちになり、歓声が響きわたった。

「鳥肌が立ちました。表彰式も見ていましたが、あまりにも興奮していて、どれくらいの長さだったのか、よく覚えていません」

 優勝トロフィーにキスをする渋野の左肩と、キャップの左側に「RSK」のロゴが輝いていた。

空港には300人、公式HPもダウン。

 翌日、桑田社長は渋野と同じ便で帰国の途に就いた。到着した羽田空港で渋野の少し後に到着ロビーに出ると、そこには300人ものファンと、大勢の報道陣が。出発時は「あの人、誰?」だった渋野は、誰もが知るスーパーヒロインになっていた。

 AIG全英女子オープンで優勝したとき、RSK山陽放送の公式HPはアクセスが集中し、サーバーがダウンしたという。同局の知名度アップをうかがわせるエピソードだが、「広告塔になってほしいという考えは一切ない」と桑田社長は言う。

「地元の放送局として、どのような応援ができるのか。十分にできていないこともあるのかもしれませんが、我々の姿勢は変わりません。スポンサーとは違う立場で、みんなが応援しているよ、という岡山県民の思いを渋野プロに伝えたい。両者の間にRSK山陽放送がいる、という構図でしょうか」

「岡山県の宝、日本の宝ですから」

 RSK山陽放送は今年9月に「スポーツ事業部」を立ち上げた。

 前述の小橋と渋野、2人の所属選手のサポート体制の充実を図るとともに、他にも地元出身のスポーツ選手をサポートすることを検討中だ。「スポーツ振興を陰ながら応援できれば」という桑田社長の思いは、渋野の優勝を1つのきっかけに、さらなる広がりを見せつつある。

 渋野とRSK山陽放送の契約は来年2月までの1年間。桑田社長は「先のことは分からない」としながらも、「岡山県の宝、日本の宝ですから、所属選手として引き続き応援していければ、という思いがあります」と言葉に力を込めた。いずれにしても、どんな形であれ、地元の放送局として、岡山県のアスリートを応援していこうという熱い思いは変わらない。

 帰国後もツアーを転戦する合間を縫って、渋野は岡山に帰省した際、RSK山陽放送本社を訪問。桑田社長は体調を気遣いつつ、あらためて今後に向けてエールを送った。

「『少し疲れているけど、頑張ります』と言っていたので、手短に『これからも応援しているよ』と伝えました。コンディションを維持するのは大変だろうと思いますが、ケガなく、あの笑顔を忘れずに、これからも頑張ってほしいです」

文=石倉利英

photograph by RSK


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