心臓手術を乗り越えた武田英二郎。横浜FCの中間管理職が感じる恩義。

心臓手術を乗り越えた武田英二郎。横浜FCの中間管理職が感じる恩義。

 プロ9年目。1988年7月11日生まれの31歳。

 横浜FCのDF武田英二郎はプロサッカー選手で言うとベテランの域に差し掛かっている。

 J2第36節、横浜FCvs.ツエーゲン金沢の一戦。左サイドバックとしてスタメンに名を連ねた武田は、ふと両チームのメンバー表を見てあることに気づいた。

「ツエーゲンのスタメンを見たら、最年長がMF清原翔平さんで32歳、次が僕と同じ歳のGK白井裕人さんだった。ベンチを見ても1学年上のDF作田裕次さん。それ以外は、全員僕より年下だったんです。『あ、俺ってやっぱりベテランなんだ』と思ったんです」

 対する横浜FCのスタメンは、40歳のGK南雄太が最年長、次いでMFレアンドロ・ドミンゲス(36歳)、さらにFWイバ、DF伊野波雅彦(共に34歳)、カルフィン・ヨン・ア・ピン(33歳)、横浜F・マリノスユースからの同級生であるDF田代真一とベテランぞろいだ。ベンチに目を向ければ、言わずと知れたスーパースターのFW三浦知良(52歳)。また、この試合はベンチ外となったが、MF中村俊輔(41歳)、松井大輔(38歳)もまだまだ健在である。

「この歳で上がこんなにもいるって凄いことですよね」

攻撃陣には有望株が揃う横浜FC。

 その一方で、攻撃陣は多くの若手選手が揃うのが横浜FCの特徴だ。MF齋藤功佑(22歳)、大卒ルーキーのMF中山克広(23歳)、仙台大学4年生の特別指定選手であるMF松尾佑介(22歳)らはすでにスタメンに名を連ね、ベンチでは下部組織の最高傑作と呼ばれる18歳のFW斉藤光毅が出番を待つ。

「ここでは本当にお手本になるような偉大な年上の選手たちがたくさんいるので、下に示すよりは、上を見て学ぶという気持ちの方が強い。だからか、自分がベテランという意識はあまりなかった。でも、今日のメンバー表を見て、改めて自分も先輩たちのように背中で示していかないといけないんだなと、ふと思ったんです。

 自分には何ができるか。僕はいろんなチームを経験している分、どうすればチームに貢献できるかを考えながら過ごしてきた。毎日のトレーニングに100%の気持ちで挑む姿を持ち続けること、積極的にコミュニケーションをとることで、プレー的にも精神的にもサポートできるのかなと。僕はいわばこのクラブでは会社で言う『中間管理職』の役割だなと気づいたんです」

松尾、斉藤のコースを生み出す動き。

 先輩から学び、後輩をサポートする。こういった武田の姿勢は今季のプレーに現れている。

 金沢戦、キックオフ直後は左サイドハーフの松尾を後方から支えつつ、ヨン・ア・ピンと伊野波のベテランCBコンビと積極的に話し合って、最終ラインの連携に気を配った。

 ボールを持ったときは斜めに仕掛け、相手の右サイドバックやボランチ、CBをひきつけてからワイドに開く松尾に預ける。さらにそのままペナルティーエリア脇に潜り込んでDFラインを引き下げて松尾のドリブルコースを作る。

 それは60分に松尾に代わって斉藤が投入されても変わらない。1−2とリードを許す状況で入った18歳に対し、何度も声をかけて相手の状況を伝え、また斉藤の意見にも耳を傾けた。

 結果、武田のいる左サイドの連係は活性化し、チームにも勢いを与えていく。

 65分、金沢GK白井のファインセーブにあった齋藤功佑のシュートを放った場面でも武田は起点となる。中央左寄りでDFを背負いながらボールキープしたイバにスッと寄り、落としを受けると、すぐに大外でフリーになった斉藤にボールを預けた。武田は相手のDFを押し下げ、斉藤が得意とする中へのドリブルコースを空けると、斉藤は空いたコースに沿うように細かいステップでボールを運んだ。

 このプレーで試合の流れは大きく変わった。ブロックを敷いて守りを固めてきた金沢に対し、横浜FCはさらに攻勢に出る。81分にも左サイドでフリーとなった斉藤に1対1の局面を作り出し、得意の切り返しを引き出した。結果的にその斉藤が上げたクロに途中出場のFW草野侑己が押し込み、同点。さらにチームは後半アディショナルタイムにPKを獲得し、またも草野が決めて、3−2の逆転勝利に貢献した。暫定ながら自動昇格圏内の2位に浮上した。

2人とは「しつこいぐらい話をする」。

「松尾と光毅のドリブルはチームにとって大きな武器。だからこそ、僕はこの2人の特徴を最大限に生かすためにどう自分がプレーをするか。2人がいい状態でボールを受けられるよう、時間とスペースを作って、ボールを預けてからもドリブルしやすいようにコースを作る。これを意識しています。それに俺がドリブルするより、あいつらがドリブルをした方がいいし(笑)。2人がストロングを出せるような環境を整えることが自分の役割の1つ。それがチームとしても大きなプラスになるので」。

 さらに2人とのコミュニケーションに話が及ぶと、彼はこう続けた。

「松尾と光毅とは試合中に本当によく話します。多いのは守備面でのこと。僕はDFなので左サイドから失点をしたくないし、連係のミスからピンチを招きたくない。それを解決するためには徹底的に話をするしかない。だから、2人にはしつこいくらい話をしに行きますね。どこを切るのか、ボールに行くのか行かないのか、ワイドを見るのか、内側を見るのか。特に崩された後はすぐに話をして『次はこうしよう』と話している。

 僕は経験こそ積んでいますが、正解を持っているわけではありません。でも、できるだけ正解に近いものを共有できればいいと思っている。彼らの良いところはしっかりと自分の意見も言い返してくれること。意見をすり合わせながら、話を建設的にできるので、いい関係ができていると思う」

 こう話す彼は立派なベテラン選手だった。若い力を尊重し、チームのために自分がやるべきことをこなす。武田が自然とこの意識を持てたのは、ただ年齢を重ねただけではない。それは彼がこの4年間で味わってきた「激動の日々」にあったように思う。

武田を襲った突然の病。

 今から4年前の2016年、武田は湘南ベルマーレで2年目のシーズンを迎えていた。この時、彼に大きな異変が起こった。4月6日のナビスコカップ(当時)の大宮アルディージャ戦、開始5分で呼吸が早くなり、徐々に動けなくなった。

「1回スプリントしただけなのに、まるで10〜20本のダッシュをやった後のような状態になったんです」

 この試合は何とか55分までプレーをしたが、4月20日のナビスコカップのジュビロ磐田戦では、35分での交代を余儀なくされている。

「ジュビロ戦の直後に病院で検査をしたのですが、何も異常がなかった。でもそれ以降、たまにこの動悸が発作のように起こるようになって……。そのシーズンは何とか乗り切ったのですが、翌シーズンは頻度が増して発作が起こるようになったんです」

 '16年、'17年はともにリーグ戦1試合出場のみに止まり、'17年の唯一の出場とリーグ戦では「ラストチャンスと思って出場した」が、開始10分で息が上がった。84分までプレーはしたが、ミスを連発。ベストとは程遠い出来だった。

 より精密な検査を受けると、不整脈があることが判明した。

復帰を支援してくれた古巣ベルマーレ。

「心房細動、心房粗動の2つの病気があって、それによって運動誘発性不整脈が出ていたんです。それを治すには手術しかないと。2017年は契約の最終年。(当時の湘南は)若い選手も多いし、自分は試合に出ていないので、今年が最後だと思っていた。その中で病気がわかったので、『ああ、今年までだな』と覚悟しました」

 引退の2文字も頭をよぎりながら、彼は8月に心臓カテーテル手術を行った。手術は無事に成功、10月には復帰をしたが、そのまま出番は訪れず、チームからは契約満了が告げられた。

「チームに貢献できていない僕が契約満了になるのはプロとして当然のこと。でも、ベルマーレは治療費の面倒も見てくれて、『もし次のクラブが決まらなかったら、決まるまで練習に参加をしてもいいよ』とも声をかけてくれた。本当に心から感謝している」

 そんな彼に真っ先にオファーを出したのが横浜FCだった。横浜FCは武田に対して、'17年シーズン終了後に、若手の練習試合に参加をさせてくれただけでなく、彼がトライアウトを受ける時も熱心に追いかけてくれていたのだった。

「29歳で戦力外になって、かつ心臓を手術して、ほとんど試合に出場していない。そんな選手は誰も見向きもしないはずなのに、横浜FCは僕を拾ってくれた。引退も考えていたけど、練習試合とトライアウトは人生を懸けてプレーした。それを見てくれていたことが本当に嬉しかったし、プロとしてプレーを続けさせてくれるクラブには感謝しかなかった」

どん底から見たベテランたちの姿。

どん底から救い上げてくれたクラブで見たものは、そこで躍動する大ベテランたちの姿だった。

「横浜FCは珍しいクラブだと思う。カズさんのように、とてつもない経歴を持ったスター選手が多い。そのスター選手たちが全然偉ぶっていないというか、誰よりも一生懸命に練習に取り組んでいる。人間的にも凄く魅力的なんです。クラブハウスに忘れ物を取りに戻ったら、カズさんはまだお風呂で交代浴をしていたり、(南)雄太さんも練習後に毎日アイシングを10個くらい足に巻いて、アフターケアしている。

 俊さん(中村俊輔)もチームに加入してばかりのころから、『英二郎、このチームはこういうボール回しをするから、もうちょっと内側にポジションを取ったらプレーしやすくなるよ』とアドバイスをくれた。

 みんな見えているところが深いし、毎日の努力を当たり前のようにやっている。努力することを楽しみながら、まるで呼吸するように自然にやる。どんなに経歴を重ねても、どれだけ名誉を得ても、サッカーを大事にして、真剣に向き合っている。そういうのはこのチームでしか感じられないこと。この環境に感謝しながら毎日取り組めています」

 昨シーズンはリーグ32試合に出場、J1昇格プレーオフ進出に貢献。今季も開幕スタメンを飾り、一時怪我で離脱することがあったものの、第19節以降はスタメンに復帰。第26節のアビスパ福岡戦から金沢戦まで11試合連続スタメン(第29節から8試合連続フル出場)。リーグ戦18試合負けなし(12勝6分)のチームの快進撃に大きく貢献している。

「背中を見ろ」なんて1ミリも思っていない。

「たぶん、僕がベテランの空気を出そうとしたら、無理してることやカッコつけていることが伝わると思う。だから、年下の選手たちには自然体でフランクに接しようと思っています。後輩たちがサッカーを楽しくできるように話しかけたり、ご飯にも連れて行く。サッカー面でも偉そうに指示を出したり、こうしろ、ああしろと言うのではなくて、同じ目線で議論をする。技術的にはみんな僕より上手いわけですから。僕が持っているものと言ったら、いろんなクラブを渡り歩いて、いろんな監督の下でサッカーをしたこと。経験だけは無駄にあるので(笑)

 それに横浜FCには拾ってもらった恩義があるし、自分のような選手は毎日練習に100%で向き合わないと生き延びていけないことは十分にわかっている。年下の選手たちには『俺の背中を見ろ』とは1ミリも思っていないけど、『こういう選手もいるんだな』と思ってもらえるだけでいいのかな」

 こう語る彼を見て、将来有望な選手にとって「最高のお手本」の1人になっているのだと確信できた。

「今、J1に上がるチャンスだと思うし、その力もあると信じているので、その一員としてやりきりたい。チームとしても、個人としても、このチャンスは絶対に逃したくない。ここからは総力戦。チーム一丸となって、年上も年下も僕らのような『中間管理職』も一枚岩になってやりたい。それができるチームが横浜FCですから」

文=安藤隆人

photograph by Takahito Ando


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