世界の名騎手が次々と「ユタカ!!」。武豊が鞭1本で海外挑戦し続ける理由。

世界の名騎手が次々と「ユタカ!!」。武豊が鞭1本で海外挑戦し続ける理由。

 現地時間11月1、2日、アメリカの西海岸にあるサンタアニタパーク競馬場でブリーダーズカップが行われた。

 2日間に各カテゴリー別のGI、重賞を集約させて行うこのイベントに、今年は日本からマテラスカイ(牡5歳、栗東・森秀行厩舎)とフルフラット(牡2歳、栗東・森秀行厩舎)の2頭が挑戦した。

ブリーダーズカップでは苦戦も。

 1日の金曜日に行われたブリーダーズCジュベナイル(GI、2歳、牡馬せん馬限定、ダート1700メートル)に挑戦したのがフルフラット。日本での実績は3戦1勝。未勝利戦を勝っただけで、ダートも今回が初めてとなるため戦前から苦戦が予想され、実際、8頭立ての5着に敗れた。

 また、2日の土曜日に行われたブリーダーズCスプリント(GI、3歳以上、ダート1200メートル)に出走したのがマテラスカイ。日本での実績はプロキオンS(GIII)勝ちがあるくらいで、GI勝ちはない。

 しかし、今春のドバイではドバイゴールデンシャヒーン(GI、ダート1200メートル)でアメリカを始めとした世界中から集まった快速馬を相手に2着に健闘。そんな実績があった事から、現地の関係者の中にもこの日本馬をダークホース視する声が囁かれた。

 結果は甘くなかった。激しい先行争いを演じた結果、最下位8着に沈んでしまったのだ。

 さて、この森秀行厩舎の2頭の手綱をとったのが、ご存知、武豊騎手である。

 日本が誇る天才ジョッキーは、今回のブリーダーズカップが開催された(このイベントは毎年、持ち回りで競馬場が変更される)サンタアニタパーク競馬場を主戦場とした過去があった。2000年の話である。

米国の関係者も「なんで来たの?」

 その前年には8年連続10度目となる全国リーディングジョッキーの座を獲得した武豊騎手。1999年に記録した178勝という勝利数は1人のジョッキーが1年間で記録した勝ち数としては当時のJRA新記録にあたり、しかもその時点で、自身が築き上げた記録を4年連続で更新する勝利数でもあった。

 そんな円熟期に、彼は勇躍、アメリカへ飛び立った。

 ロサンゼルス市内から北東にあるパサディナという街に家を借り、そこから真東に位置するサンタアニタパーク競馬場を主戦場としてアメリカ競馬に挑戦したのだ。

 野球におけるメジャーリーグや、サッカー選手の海外挑戦も今では当たり前になっているが、当時はまだ珍しい存在。まして競馬のジョッキーとなると、ほとんど稀有といって良い存在である。

 他のスポーツと違い、競馬の場合、世界のどこよりも賞金が高く、ゆえに稼げる国が日本なのだから、それも当然の事だった。当時を述懐して、武豊騎手は語る。

「よく現地の関係者に『なんで来たの?』と言われました。日本にいれば稼げるのに、って不思議そうな顔をされました」

「鞭1本あれば世界中で乗れるわけです」

 しかし、日本のナンバー1ジョッキーはお金ではない“何か”を掴みたかったのだ。

「鞭1本あれば世界中で乗れるわけですからね。経験を増やせば自分のスキル向上につながるし、せっかくなら世界のあちこちで乗ってみたいという気持ちはずっと持っていましたので、それを行動に移しただけ。自分としては何も不思議な事をしているつもりはありませんでした」

 さらに続ける。

「日本ではない場所に行って様々な面白い経験をする事で、騎手としてだけではなく、人間としても大きくなれると思います。そういう意味でも、海外挑戦はすべきだと考えていました」

 2000年にアメリカの西海岸をベースとした彼は、翌年からの2年間、つまり2001、2002年、今度はフランスに腰を据えて乗り続けた。そういった積み重ねが彼を世界レベルのジョッキーへと昇華させたのは疑いようがない。

 今回のブリーダーズカップでも、L・デットーリ騎手やM・スミス騎手、R・ムーア騎手といった世界的な名騎手達が「ユタカ!!」と言って握手を求めてきた。

 また期間中、アイルランドのエイダン・オブライエン調教師やイギリスでエネイブルを管理するジョン・ゴスデン調教師にインタビューさせていただく機会もあったのだが、彼らも一様に「ユタカ・タケ」の名前を挙げた。

「ユタカ・タケ」に続く存在を!

 今回のブリーダーズカップでは結果を残せなかったものの、武豊騎手が世界的にどれほど認知されているかを改めて目の当たりにして、こちらとしても嬉しい気持ちになった。

 と同時に、今後の日本の競馬界を考えると、第二、第三の武豊騎手が出てくる事を強く願わずにはいられなかった。

 武豊騎手は2000年から2002年にかけた海外遠征の後、年間200勝以上を3度もマークし、今年はついに通算4100勝を達成してみせたが「これらは海外での経験を抜きには考えられない」と本人も口にしている。

 武豊騎手に続き、世界中の誰に聞いても名前が挙がるような日本人ジョッキーが近いうちに出て来る事を願いたい。

文=平松さとし

photograph by Satoshi Hiramatsu


関連記事

おすすめ情報

Number Webの他の記事もみる

あわせて読む

主要なニュースをもっと見る
社会のニュースをもっと見る
経済のニュースをもっと見る
政治のニュースをもっと見る
国際・科学のニュースをもっと見る
エンタメのニュースをもっと見る
スポーツのニュースをもっと見る
トレンドのニュースをもっと見る
生活術のニュースをもっと見る
地域のニュースをもっと見る

スポーツ アクセスランキング

ランキングの続きを見る

スポーツ 新着ニュース

新着ニュース一覧へ

総合 アクセスランキング

ランキングの続きを見る

東京 新着ニュース

東京の新着ニュースをもっと見る

東京 コラム・街ネタ

東京のコラム・街ネタをもっと見る

特集

特集一覧を見る 動画一覧を見る

記事検索

トップへ戻る