巨人「一軍昇格拒否事件」に見る阿部慎之助二軍監督の使命。

巨人「一軍昇格拒否事件」に見る阿部慎之助二軍監督の使命。

 一軍の監督と二軍の監督が選手の昇格を巡って“ケンカ”をする。そんなことが昭和の時代にはあった。

 1989年の巨人は前年オフに王貞治監督(現ソフトバンクホークス球団会長)が解任されて、後任として藤田元司さんが監督に就任したシーズンだった。

 この年はエースの斎藤雅樹投手に槙原寛己投手、桑田真澄投手の3本柱を軸に盤石な投手力でペナントレースを制したが、シーズンも終盤に差し掛かった8月にある事件が起こった。

 一軍の藤田さんと当時、二軍監督だった須藤豊さんが吉村禎章外野手の昇格を巡りぶつかったのである。

昇格指令を二軍監督が拒絶。

 吉村は前年の'88年7月6日の中日戦で守備中に味方選手と激突し、左膝の靭帯を断裂。厳しいリハビリを乗り越えて、この年は二軍で試合復帰するまでになっていた。

 守備にはまだ問題はあったが、打つ方は持ち前の打撃センスを発揮。代打要員としては一軍への準備は万端整った状態だった。

 そこで藤田さんは吉村の一軍復帰を起爆剤に一気にチームの優勝ムードを作り上げようと、お盆を過ぎた頃に昇格指令を出したのである。ところがそれに猛反対したのが須藤さんだった。

 もちろん須藤さんには須藤さんの「復帰させるなら攻守に十分、やれる状態にして」という思いがあった。

 ただ、当時の巨人の二軍はイースタン・リーグ3連覇を達成し、前人未到の4連覇に挑むシーズンだった。その中で復帰した吉村が大きな存在感を示していたことも、また確かだった。そうした思惑もあっての昇格拒否……。

 いずれにしても一軍監督の昇格指令を、特に理由もないままに二軍監督が拒絶するというのは前代未聞だ。

「須藤は二軍が勝つことしか考えていない」

 最終的には9月2日に吉村は代打で一軍復帰を果たすが、その間にも藤田さんと須藤さんの確執は深まるばかりで、このシーズンを最後に須藤さんは大洋(現DeNA)の一軍監督に転身することになる。

 後に藤田さんが「須藤は二軍が勝つことしか考えていない」と語っていたのを覚えている。ただ、二軍で勝ち続けたことが須藤さんの評価を高め、その結果、大洋から監督として招請される道を開いた。

 それもまた事実である。

新しい指導者としての道。

 前置きがちょっと長くなったが、そこで考えるのが、このオフに就任した巨人・阿部慎之助二軍監督のことだった。

 今季限りで現役を引退し、指導者としての第一歩に選んだのが一軍のコーチではなく、二軍の監督だった。

 これは将来の一軍監督就任を想定した原辰徳監督のアイデアだったようだが、阿部自身も即決で快諾。巨人としてはこれまでにないファームから叩き上げた一軍監督像という、新しい指導者としての道を歩むことになった。

 秋季練習から始動した阿部監督は、現役時代同様に選手とのコミュニケーションを大事にする印象だ。初めて会う若手選手にも積極的に声をかけ、まずはチームを掌握することからスタートした。

 また11月には水野雄仁巡回投手コーチとともにドミニカ共和国で球団主催のトライアウト、プエルトリコのウインターリーグを視察。トライアウトでは投手と野手2選手の獲得にも関わるなど精力的な動きを見せている。

もともとがアイデアマン。

 一方で先日行われたテレビ番組の収録では「期待できる若手はいない。それぐらいレベルが低いと(選手に)分かって欲しい」と語り「(投手が)二軍で抑えているから一軍で抑えられるわけじゃない。二軍で打たれても一軍で抑えちゃうかもしれない。課題を与えて、どれだけできたかを評価の対象にしていきたい」と選手育成への阿部流の考え方も披露している。

 もともとがアイデアマンで新しい考えには貪欲だ。

 現役時代から練習でも積極的に新しいことにトライしていただけに、指導者としてもキャンプのあり方から練習方法など、これまでにはない新風を吹き込んでくれることも大いに期待できそうである。

役割を意識していると感じさせた言葉。

 そしてもう一つ、二軍監督として阿部慎之助がしっかりとその役割を意識していると感じさせた言葉がある。

「アワードで自信をつけるのもいいけど、変な過信はして欲しくない。とにかく一軍でやるんだ、と思って欲しい。(タイトルよりも)そっちの方が嬉しいかな」

 これはNPBアワードで功労賞を受賞した際の阿部監督の言葉だ。

 今季の巨人ファームは山下航汰外野手(健大高崎、1年目)が首位打者、北村拓己内野手(亜大、2年目)が最高出塁率とイースタンのタイトルを獲得。アワードで表彰されたが、そんな彼らに送った発言だった。

 ファームの選手にとって最大の目標は一軍に昇格して、そこで結果を残し、レギュラーとして定着していくことである。

 その手助けをすることが二軍の首脳陣の仕事であり、そういう選手を一軍にどれだけ送り込めるか。それが一軍が二軍に求める役割でもある。

一軍が勝つための選手をどれだけ送り出せるか。

「二軍の高田(誠)監督との連係が非常にうまく機能したことも1つのポイントでしたし、それが育成という点でも成果だった」

 原監督もこう振り返るように、今季の巨人は増田大輝内野手、戸郷翔征投手など一軍初昇格の選手の活躍も5年ぶりのペナント奪回の1つの力となった。

 その一方で二軍では成績を残しながら一軍ではなかなか結果を出せなかった高田萌生投手、大江竜聖投手などもいた。

 そうした選手たちをいかに育て切れるか。一軍が勝つための選手をどれだけ送り出せるか。そこが阿部監督の最大の使命であり、そのことを阿部監督自身がしっかりと意識している。アワードでの発言は、そのことがしっかり伝わってくる言葉だったのである。

育成のためには勝つことを犠牲に。

 二軍に求められるのは勝利ではない。ある意味、ファームは勝たなくてもいい。必要とあらば勝てない投手でも経験を積ませるために起用しなければならないし、スランプの打者でも、将来に結びつくのであればしっかり打たせて経験を積ませなければならない。

「だから今年は先取点を取るために1回からいきなり送りバントとかはさせずに、できるだけ選手に打席数を与えるようにしました」

 高田前二軍監督(現ファームディレクター)の言葉である。

 育成のためには勝つことを犠牲にしなければならない場面はある。むしろその方が多いのかもしれない。だからファームの監督は勝つことで評価をしてはならないのである。

 もちろん阿部監督が二軍でどんな結果を残すかは未知数だ。ひょっとしたらぶっちぎりで優勝するかもしれないし、今年の4位という成績以下に終わるかもしれない。

 ただ、確実に言えるのはたとえイースタン・リーグで優勝しても、逆に最下位になっても、そこが評価基準ではないということだ。

 そこが分かっていない人が、特に評価する側の関係者に多いことが、これまで巨人が育成面で停滞してきた1つの原因でもある。

成績を求める必要はない。

 阿部監督にしても、もし2年、3年と二軍で勝たないと、そのことで監督の采配力、資質を計ってしまう後づけの評価がまことしやかに語られることになる。

 そうして必ず「監督の資質が……」という声が出てくるはずだ。

 しかしここではっきり伝えたいことは、そんな評価は関係ないということである。

 阿部監督はそんな声に振り回されて、成績を求める必要もない。むしろ自身が語ったように一軍で活躍する選手がどんどん出てきて、ファームが戦力ダウンした方がチームにとっても、阿部監督自身にとっても「嬉しい」ということだ。

 そうはならなくとも、ファームが勝つことより、地道に選手を育てるチーム運営をいかにできるか。二軍監督を評価する側も、二軍の使命は絶対に忘れてはならないのである。

 選手・阿部慎之助は間違いなく球団史に残るスター選手だった。だが、二軍監督とはまさに脇役のポジションだ。

 ただ、そこで指導者の立ち居振る舞いを学び、敗れてもチームを動かすマネジメントを会得するチャンスは十分にある。そしていつの日か、今度はスター監督として一軍を率いる日が来るのだろう。そのときのために選手を育て、監督術を学ぶことである。

 我々はそのときの監督・阿部慎之助に夢を託したいのだ。

文=鷲田康

photograph by KYODO


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