清原和博はなぜ号泣したのか。離れたはずの家族、友人との絆。

清原和博はなぜ号泣したのか。離れたはずの家族、友人との絆。

 暦を師走へとまたいだ肌寒い週末、清原和博は2日間で、16時間も稼働した。

 ユニホームに袖を通し、バットを手にして、ファンの前に立って挨拶し、メディアに向けてコメントし、自分を支援してくれる、もしくは見守ってくれる人たちに帽子をとって丸刈り頭を下げた。

 2016年2月、覚せい剤取締法違反の容疑で逮捕された直後から清原を心身両面でサポートしてきた紳士はかつてのスターが人々の前に戻ってくる様子を見つめながら、表情を曇らせた。

「いきなりこうなると、擦り切れちゃうんじゃないかって、また元に戻っちゃうんじゃないかって、不安になるよねえ」

 関係者によれば、医師からは「急激に仕事を入れないでください」と言われているという。そうした身からすれば、明らかにドクター・ストップのレベルだったかもしれない。

清原に降り注ぐファンの声援。

 11月30日。冷え込んだ土曜日の朝、清原は8時30分過ぎには都心の真ん中、神宮球場の正面に着いた。

 この日は「ワールドトライアウト2019」の監督を務めることになっていた。すでにその時間から集まっていたファンが黒いダウンコートの清原に声をかける。

 キヨー! キヨ、おかえりー!

 かつてナイター前の西武球場や、東京ドームで繰り広げられていた光景がよみがえる。

 午前9時、一塁側のダッグアウト裏でユニホームに着替え、「監督」としてベンチへ。ネクストチャンスを求めてやってきた所属のない選手たち全員と握手を交わす。そこから2試合、計6時間、投手なら15球ごと、打者なら数打席ごとにベンチを出て、審判に選手交代を告げるという役割を続けた。

「トライアウト」と銘打たれてはいるが、あくまで一企業のイベントである。日米スカウトがやってくるという触れ込みだったが、スタジアムにやってきたスカウトは米大リーグ関係者5人、日本プロ野球からはゼロ(いずれも主催者発表)だったことを考えてもNPBへの強制力はもちろんない。例えば、MVPに選ばれた元巨人の高木勇人がプロ野球界に返り咲く保証はないのだ。

 観衆の入りから考えても、まだまだ発展途上の催しであるという印象は拭えなかった。

この日は清原にとってのトライアウトだった。

 ただ、そんな中でこの日もっとも“トライアウト”という呼び名にふさわしかった人物がいた。

 清原である。

 神宮のスタンドにいたのはほとんどが40代〜50代、いわゆるKK世代の人たちだった。

 肌寒いバックネット裏に肩を寄せ合って座っていた中年3人組がどこかはしゃいでいた。

「みんな息子が野球をやっていて、来年高校3年生ということもありますし、やっぱり、清原くんがくるってことで……、みんなで行ってみようぜとなったんです」

 おそらく、ほとんどの人が清原を見にきていたのだろう。今の清原を。

長い一日を終え、疲れているはずが……。

 終了後、このイベントを主催した会社の代表が語った言葉が腑に落ちた。

「我々が次のチャンスをめざす人を支援する事業をやろうと思ったとき、今、球界でもっともそれを望んでいる人は誰だろうと考えたら、真っ先に浮かんだのが清原さんでした。だからこれを機に清原さんには次のステージに進んでいただきたい。このトライアウトに何年もいるようなことは望んでいません」

 つまり野球界に再び戻りたいと願うかつてのスターはこの日“トライアウト”を受けて、そして少なくとも、神宮にやってきた人たちからは受け入れられた。

 さいごに清原は報道陣と向き合った。

「僕は事件を起こしてグラウンドに帰ってきたんですけど、そこで声援をいただいて現役時代の横断幕が見えたりして、嬉しかったです。まだ薬物の治療もありますし、執行猶予もあけてませんし、一歩一歩なんですけど、野球というものを大切にしてやっていきたいです」

 長い一日を終えたばかりのはずなのに、その顔が妙に艶々と光り、言葉は冴え冴えとしていた。

観客を笑わせる、清原節の復活。

 翌朝、清原はまだ東の空に日がのぼるかのぼらないかの、午前6時に起きた。

 車で八王子へ。

 待っていたのは現役の文部科学大臣と、かつての仲間たちと、そしてファンと野球だった。

「レジェンド・ベースボール・フェス」

 到着するやユニホームをまとい、テレビ番組の対談収録をこなすと、バットを持ってグラウンドへ向かう。

「まだ道半ばですけど、必ず約束を守ってくれると信じています」

 萩生田大臣のエールで幕を開けたイベントのなか、グラウンドに設けられたステージではPL学園の後輩・野村弘樹とトークを繰り広げた。

野村 初めて清原さんと対戦したのは、浜スタでのオールスターだったと思うんです。

清原 そうだったかあ。

野村 2回の表、先頭打者で清原さんが打席に立たれて、僕は思い切ってフルカウントからインコースの真っすぐを投げたんです。手応え十分でストライクだと思ったのに……、なぜかボールと判定されたんです。

 司会者が「清原さん、覚えていますか?」

 ここで待ってましたとばかりに間をとった清原はにやりと笑ってオチをつけた。

清原 いえ、まったく覚えてません。

 スタンドを埋めた人たちからいっせいに笑いが起こった。清原節の復活である。多くの人が認識している、らしさが戻っていく。

「大丈夫やから、気持ちを強く持って」

 なかでも、もっとも清原らしさがあったのは、身の丈半分くらいの子どもたちにバッティングを教えているときではなかっただろうか。

「バットと一緒に顔までボールに近づいていかないように、距離を取りながらこうやってバットを出していく。足は投手のモーションに合わせて上げて、親指から踏み出していく」

 基本を何度も繰り返す。並んだ子供たちひとりひとりにボールを差し出し、打たせてみる。その列の中に、どうしてもバットを途中で止めてしまう子がいた。

「大丈夫やから、気持ちを強く持って、思い切って振ってみろ! もう1回!」

 何度めだったろうか。少年はなんとかバットを振り切った。ハイタッチした清原がなぜか本人よりもうれしそうに見えた。

人に見られることで元気になる人種。

 気がつけば、日が西に傾いていた。清原はずっとグラウンドにいた。医学的見地に立てば、稼働限界はとうに超えていたのかもしれない。

 ただ、清原は嬉々としてグラウンドにいる。

 冒頭の紳士はそれを眺めながら、何かに気づいたようにこう言った。

「自分も含めて普通なら疲れてしまうんじゃないかと思うんだけど、大勢の人に見られたり、声援を送られたり、そういう中にいるほうが元気になれるんだろうなあ、あの人は……」

 その通りかもしれない。

 歓声の中に、視線の中に、バットと白球が触れ合う音の中にいればいるほど、清原はよみがえっていく。それらを喰って生きている。

 きっと、そういう人種なのだろう。

2人の息子からのメッセージに。

 そして最後に飛びっきりの「声援」が清原の胸を射抜いた。

 協賛企業を探しては断られ、協力メディアを探しては断られ、それならばと自費を投じてイベントを実現させた「グリーンシードベースボール財団」の顧問・西貴志をはじめとした、このイベントを企画した仲間たちがサプライズで渡したものがある。

 白いTシャツ。

 そこに2つの見慣れた字体があった。

「まだまだ若々しく元気でいろよ 絶対負けんな」

「いつもバッティングを教えてくれてありがとう これからも元気でいてね」

 ふたりの息子からのメッセージだった。

 しばし絶句した強面の大男は、こらえきれずに人目をはばからず号泣した。

「一生、忘れることができない……。まだまだ薬物との戦いは続きますが、応援してくれる人たちのために、息子たちのために頑張っていこうと思います」

 清原を囲んだメディアの人間も泣いていた。

医学でも科学でもなく、人の影響力。

 そういえば、清原の顔に艶が戻りはじめ、かつてのように言葉が出てくるようになったのは、今年の春からだ。

 まだ野球を続けている次男から代理人を通してバッティングに悩んでいるという相談がきた。切れたはずの絆がつながった裏には、長男と、そして元妻の存在がある。

 清原にとって、それ以上の救いはなかった。

 それからというもの、通算525本塁打の名スラッガーは打撃についての動画サイトを四六時中、見ていたという。

 劇的な変化はそこから始まっている。

 そこから連なり、次第に大きくなっていく歓声と球音が、清原を清原らしく引き戻していく。

 鬱病、薬物依存症に苛まれる患者のイメージを薄くしていく。

 医学でも、科学でもない。

 人が人に与える影響について、ただただ驚くばかりである。

文=鈴木忠平

photograph by Kyodo News


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