10万人弱のキャパシティーを誇るカンプノウでの試合前には、たくさんの子供達が綺麗に整えられ、緑に輝くピッチの上でバルサの選手たちと一緒に集合写真を撮る事ができる。

 メッシを間近にした子供達の目の輝きには何度見てもカメラを向けてしまう。

 中にはメッシと肩を組むことになり、緊張で硬直してしまう子もいるが、そりゃそうだよねと、うなずきながらシャッターを押している。

 誰に何と言われても生涯通じてのサポーターになっちゃうよなと思う。

スマホの無い時に訪れたカンプノウ。

 初めてバルセロナを訪れたのは15年近く前、観光でだった。サグラダ・ファミリアやグエル公園、カサ・ミラなどはもちろんだが、バルサの本拠地カンプノウを訪れることが一番の目的だった。

 パエージャやサングリアよりもカンプノウだった。

 まだスマホは無く、紙のガイドブックを片手にメトロを乗り継ぎ、住宅街を通り抜けたどり着いたのは小さな古びたスタジアムだった。

 カンプノウに通りを挟んで隣接するミニ・エスタディに到着してしまっていた。改めて向かったバルサのホームスタジアムは、やはり巨大で、当時の僕には威圧的でもあった。

 当時は夢にも思っていなかったが、カンプノウで行われるほとんどの試合の撮影を10年近く続けてきた今、威圧感は微塵も感じず、自分のオフィスのようになった。良いところも悪いところも大体知ることができた。

住宅地にあるのに馴染んでいる。

 最上段からの夕日が最高に綺麗だなとか、天気が良いから、早めに行ってピッチ脇で読書でもしようとか。

 大雨が降るとカメラマンがピッチに出るための通路が水浸しになってしまうとか。

 そしてヨーロッパ各地のスタジアムを訪れるようになり気づいたのは、10万人近い収容人数を誇るスタジアムが住宅地にあるにも関わらず見事に馴染んでいること。

 周りにはあまり高い建物がないにも関わらず、スタジアムから1本道を外れるだけで、スタジアムが見えなくなってしまう。

 大きく3階層に分かれているスタジアムの半分近くが地下に掘り下げて作られているからだ。

 そのためカメラマンは重い荷物を背負って、階段を上り下りすることになるのだが、この景観を守るためなら文句は言わない。なお最上部にある記者席にはエレベーターで行けるらしいのだが……。

日建設計の人々もサッカー好きだ。

 こんなカンプノウも、コンペの末に選ばれた日本の設計事務所、日建設計によって、改修の時を迎えている。

 公開されている完成予想図には、壁面がなく大きなコンコースに取り囲まれ、大きく姿を変えたスタジアムが描かれている。

 それでもあまり地元の人たちからも反対の声を聞かないのは、新しく生まれ変わったイメージの中にも、しっかりと引き継がれるカンプノウの根幹を感じ、これからも生活に溶け込んだイメージができるからだろう。

 何度か日建設計のスタッフとフットサルをしたことがある。

 日本人もスペイン人のスタッフもみんなサッカーが大好きだ。そんな彼らだからこそ日本の設計事務所ながらコンペを勝ち抜くことができた。

 きっと彼らはカメラマンルームも刷新し、エレベーターも取り付けるだろう。

 惜しむらくは、新しいスタジアムの客席上部は大きな屋根によって上空を囲まれる。バルセロナで一番バルセロナらしい夕焼けスポット(個人調べ)が見られなくなってしまうかもしれない。

クラシコ試合開始15分前は……。

 10万人のファンが一番待ち望み、興奮し、声を張り上げるのは「El Clasico」――伝統の一戦――で間違いない。

 宿敵レアル・マドリーとの一戦は、選手だけでなくファンの一戦でもある。

 カンプ・ノウの最上段に登る。

 隣に座るスペイン人カメラマンが、「満席になると思う?」と聞いてくる。

「ちょっと怪しくない!?」と答える。

 この大一番でもキックオフ15分前だというのに、7割くらいしか埋まっていないように見える。このままではクラブが用意しているモザイクも不発に終わってしまう。

「こんなところまで登ってきたのに、綺麗な写真が撮れないかもねー」なんて、言葉を交わす。スペイン人でさえ、間に合わないかもしれないと思っている。

 キックオフ8分前、不思議なことにバルサのイムノが流れ始める頃、ちゃんと客席は埋まり、綺麗なモザイクアートが完成する。

 スペイン人のアバウトなようでサッカーに関してはギリギリ間に合わせてくる辺り、ちょっと感心する。「スペイン人じゃない、カタランだ」と怒られるかもしれないが。

独立運動の影響で無観客の一戦。

 一度だけ、10万人のファンの居ない試合が行われたことがある。

 2017年10月1日に行われたリーガのラスパルマス戦。

 カタルーニャの独立運動の影響によるものだった。

 おとなしいと言われるカンプノウのお客さんとはいえ、ひとりもいないとなると、普段聞こえない選手の声や審判の叫び声、ピッチ上空に吊り下げられたカメラが動くときのワイヤーの音から、キーパーがスパイクの裏でポストを叩く音、最上段からのラジオアナウンサーの馬鹿みたいな実況まで聞こえてきて、カメラマンたちも談笑しながらの撮影だった。

オフサイドに対してスアレスが。

 それもつかの間、オフサイドの判定に対してのスアレスの副審に対する雄叫びには圧倒されてしまい、しばしの沈黙。

 このスアレスに対して審判はいつも毅然とした態度を取っているのか! ちょっと尊敬に値する。

 ある意味、とても新鮮な経験になった。

 ファンの居ないサッカーなんてもう撮りたいとは思わないけど。

延期開催のクラシコにくすぶるもの。

 2019年12月18日、現地時間20時からバルサvs.マドリーの試合が行われる。

 それに合わせるように、カタルーニャ州分離独立派団体がカンプ・ノウ周辺でデモを実施する声明を出している。

 このクラシコ、本来は10月26日に行われる予定だった。

 その際もバルセロナ内での大規模デモが予定されたため、治安の確保が難しいと延期された経緯がある。

 前述したラスパルマス戦での無観客試合が決定されたのはキックオフの直前だった。すでにスタジアムの周りにはたくさんのファンが訪れていた中、客席への扉が開くことはなかったのだ。

 この世界中から注目を浴びる一戦を利用したい独立派団体、そしてラ・リーガの一員であり、またカタルーニャの象徴として板挟みの立ち位置にいるバルサ。

 無事キックオフの笛が鳴らされるまで予断を許さない。

 目の前で繰り広げられる光景だけに一喜一憂するエル・クラシコであって欲しい。

文=中島大介

photograph by Daisuke Nakashima