2019年6月から7月にかけてフランスでサッカー女子ワールドカップ(W杯)が開催され、アメリカ対オランダの決勝戦には女子W杯でも屈指となる約5万8000人の大観衆が詰めかけた。

 アメリカが2大会連続4度目の優勝を飾ったが、アメリカ以外のベスト8はすべて欧州勢。2011年大会を制覇した日本、2007年大会で準優勝したブラジルは揃ってベスト16止まりだった。

 大会MVPに選ばれたアメリカ代表のミーガン・ラピノーは同性愛者であることをカミングアウトしており、女子選手への待遇を男子と同等にすることを訴え、「トランプ大統領(アメリカ)は、LGBTや有色人種などのマイノリティを排除している。ホワイトハウスに招かれても行かない」などの発言でも注目を集めた。

 過去、FIFA年間最優秀選手に6度選出されている史上最高の女子選手であるマルタは、スウェーデンとアメリカの強豪クラブでもプレーして欧米の女子フットボールを取り巻く状況にも詳しく、国連女性機関のアンバサダーとして女性の地位向上にも尽力するブラジル代表(セレソン)のエースである。

 そんな彼女に世界の女子フットボールの将来、日本代表への忌憚のない意見、そして自身とブラジル女子代表について尋ねた。

欧州の台頭は、日本とブラジルが……。

 今回のW杯では、アメリカはもちろんだけど、欧州勢がとても強かった。女子フットボールが盛んなフランスで開催されたこともあって、大会終盤はいつもスタンドがいっぱいだった(注:準決勝2試合でも平均5万人以上の観客を集めた)。

 素晴らしいことだし、欧州以外の地域ではこれほど人気があったり世間一般の注目を集めるわけではないから、とても羨ましかった。

 欧州各国がこれほど強くなり、また人気が高まっているのは、近年、男子で欧州各国の代表とクラブが優位に立っているのと同じ理由じゃないかしら。

 欧州連盟、加盟各国の協会、各地のクラブに経済力とマンパワーがあり、欧州CLや各国リーグ戦が適切に運営され、マーケッティングも優れている。競技力が向上し、試合が面白いから観衆が増え、テレビ放映料やスポンサー収入が増え、それが選手にも還元されて才能ある選手がもっと集まる、という好循環なのだと思う。

 欧州の国が台頭してきたもう1つの理由は、日本とブラジルの責任(笑)。

 ブラジルは、2004年アテネ五輪で銀メダル、2007年W杯で準優勝、そして2008年北京五輪でも銀メダルを獲得したけれど、その後、少し停滞している。

 国内リーグの運営も、欧州各国に比べるとかなり見劣りする。2013年にやっと全国リーグができて、州選手権も行なわれているけれど、観衆が少なく、活気が乏しいの。

 国内では多くの収入を得られないので、有力選手の多くは欧米やアジアでプレーする。

 それでも、最近はセレソンの試合ではかなりの観衆が集まるようになった。状況は、少しずつ好転している。

サワ、ミヤマたちが入れ替わって。

 日本は、偉大なサワ(澤穂希)、ミヤマ(宮間あや)たちがいた2011年W杯は素晴らしかったし、2012年ロンドン五輪、2015年W杯も頑張ったけれど(注:いずれも準優勝)、ブラジルと同様、選手が入れ替わって過渡期にあるようね。

 でも、国内リーグ(なでしこリーグ)はブラジルよりうまく運営されていると聞いたわ。

 日本選手は小柄だけど基本技術がしっかりしていて、チームの戦術を良く理解して忠実に実行する。練習量も多いとのこと。

 ただ、これはブラジルもそうだけど、アメリカだけでなく今や欧州勢も真剣に女子の強化に取り組み始めたから、これから世界大会で上位に食い込むのはますます困難になる。戦術にしろ技術にしろ、欧米の選手がやらないことを実践しないと、彼女たちに勝つのは大変と思う。

 日本は、来年の東京五輪に続いて、2023年女子W杯を招致しようとしているの? それは素晴らしいこと。W杯開催が実現したらさらに強化が進むだろうから、日本もまた強くなるわね。私たちも負けないようにしないと。

私を救ってくれたフットボール。

 日本では、ブラジルや南米のように女性がフットボールをすることに周囲からの拒絶反応がないようだから、その点は恵まれている。

 私はブラジル北東部の小さな町で生まれた。父親が1歳のときに家を出て行って、一家は困窮した。母は清掃員などをして4人の子供を育ててくれたけど、私たちも小さい頃から働いて家計を助けた。

 そんな厳しい暮らしの中で、私を救ってくれたのがフットボール。

 6歳のときに空き地でいとことボールを蹴って、その楽しさに夢中になった。でも、周りは男の子ばかり。「フットボールをするなんて女じゃない」とよく言われた。

 しかも、自分は気にしなくても、親や兄弟に「みっともないからやめさせろ」などと言う人が大勢いたの。だから、親に隠れて、こっそりボールを蹴っていた。

 女子チームなんてなかったから、男子チームに入れてもらって大会に出たら、別のチームの監督から「女子はプレーできないルールだ」と言われて締め出されたり……。つらい思い出は山ほどある。

王国でも偏見は根強かった。

「フットボール王国」ブラジルで、なぜそんなことが起きるのかって?

 それは、「フットボールは男のもの」という観念が強いから。女の子がやるべきスポーツはバレーボールやバスケットボールであって、フットボールじゃない。伝統的にそう思われていて、私が生まれ育ったような田舎では特に偏見が強かった。

 でも、ある日、神様が私に幸運を授けてくれた。

 14歳のとき、リオの女子チームの入団テストを受けて合格した。すぐにチームの中心選手になり、16歳でセレソンに初招集された。そして、2004年、スウェーデンの強豪クラブ(ウメオIK)へ移籍し、2003〜04シーズンの欧州CL決勝で2試合で3ゴールを決めて優勝したの。あれで、プロ選手としてやっていけるという自信がついた。

 2006年、初めてFIFA年間最優秀選手に選ばれたときは体がブルブル震え、嬉し涙が止まらなかった。その後、2010年まで5年連続、そして昨年も選ばれているけれど、嬉しさと感激は初めて受賞したときと全く変わらない。

 田舎の貧しい家庭に生まれ、空腹を抱え、周囲の偏見とも闘いながら毎日ボールを蹴っていた頃の私に「あなたは将来、こうなるよ」と言っても、絶対に信じなかったはず(笑)。

 ただ、念願のプロ選手になってからも、悔しいことがたくさんあった。その最たるものは、五輪で2回、W杯で1回、合計3回も決勝に出たのに一度も優勝できなかったこと。

 ブラジルでは「準優勝は最下位と同じ」と思う人が多く、優勝以外はほとんど評価してもらえない。国際大会で1回でも優勝していたら、女子フットボールがもっと注目され、組織が整い、レベルも向上して二度、三度と優勝していたかもしれない。そう思うと、本当に残念なの。

私にとってのベストゴール。

 私のこれまでのベストゴール? それは、2007年W杯準決勝アメリカ戦(ブラジルが4−0で圧勝)の4点目でしょう。

 左タッチライン沿いで大柄なDFを背負った状態でパスを受け、左足でボールをマーカーの左側に通しておいて自分は時計周りにターンし、ボールを拾ってドリブルを始め、さらに別の選手をかわして右足でニアサイドに決めた。

 正対するマーカーの片方にボールを通してその逆側を通り抜けるプレーをブラジルでは「ドリブレ・ダ・ヴァッカ」(牛のドリブル)って呼ぶんだけど、それを後ろ向きでやったというわけ。

 どうしてあんなプレーができたのか? それは私にもわからない(笑)。頭で考えたんじゃなくて、気がついたらやっていた。その後、同じプレーは二度としていない(笑)。

ラピーノーの主張は正しい。

 どうして意外性のあるプレー、創造的なプレーができるのか? それも答えようがないわ。子供の頃、空き地で、好き勝手にプレーしていた。色々なアイディアを試して、それがうまくいくと大喜びしていた。

 プロチームでは、監督が命じる戦術をよく理解し、それを実行しなければならない。でも、チームを勝たせるには個人能力が必要で、結果としてゴールにつながるのであれば、何をしてもいいと思うの。完全な自由。それがフットボールの素晴らしいところで、だからこそ子供の頃から現在まで、ずっとやってきたのだと思う。

 ミーガン・ラピーノーの色々な発言について?

 基本的には、彼女が言っていることは正しいと思う。私も、女性の地位向上のための活動をしている。

 ブラジルなり南米の女性が置かれている状況は、アメリカよりずっと厳しい。女性の大統領や大都市の首長も出たけど、男女平等とはほど遠いかな。

 私は、これからもプロ選手としてプレーするかたわら、ブラジル、南米、世界各国における女性の地位向上を手助けしたい。ただ、ラピーノーのような政治的な発言はしないと思うけど(笑)。

 来年の東京五輪? もちろん、出場したい。今、33歳だけど、まだトップレベルでプレーできると思っている。ブラジル代表にも優秀な若手が出てきているから、今度こそ金メダルを取りたい。

 私にとって最後の五輪になるかもしれないから、しっかり準備をして、最高の状態で臨むつもり!

黙々と戦い女王となったマルタ。

 「フットボール王国」ブラジルの国王がペレなら、女王はマルタだ。

 ただし、この女王は、プリンセスとして生まれてきたわけではない。極めて厳しい状況に置かれながら、決して絶望することなく黙々と闘い続け、人生を切り開いてきた。

 彼女のこれまでの人生が、世界中のすべての女性を、そしてすべての人を勇気づける。

 来年の東京五輪で、マルタの闘う姿を、その華麗なプレーを、日本のファンにもしかと見届けていただきたい。

文=沢田啓明

photograph by Hiroaki Sawada